7:街へいこうよ公爵令嬢
エリアーデは盗賊達から巻き上げた金を使いつつ、二週間ほど掛かって中心都市リートと呼ばれる街へ到着した。途中、様々な村などに立ち寄って情報を得た所、エリアーデのいる大陸では一番大きな都市らしい。
「うん! やっぱり人の活気が尋常じゃないわね。やっぱり時代はあつまれよ。飛び出して街へ行こうとして正解だったわ」
エリアーデは城下町の雑踏を見て、満足げに頷いた。鱒の押し寿司になっていた頃と比べたら若干密度は低いが。それでも三つの密を充分に守らないくらいの人口密度に好感が持てる。
『俺はもう、人間が多すぎてうんざりするぜ。俺達も若い頃は群れを作るけどよ、人間ってなんでこんな馬鹿みたいに集まりたがるんだ』
「ぐだぐだ文句言わないの。さあ、情報収集よ! やっぱりこういう時は酒場よね」
人間形態になったモッフィーは人酔いしているようだったが、エリアーデは構わず腕をつかんで人ごみをごりごり押しのけていく。この華奢な身体のどこにそんなパワーがあるのかと、モッフィーが感心するくらいだった。
「まったく……公爵令嬢が歩くのに道を開けないなんて不敬極まりないわね」
『だからお前、公爵令嬢じゃねぇだろ』
「そうかもしれないけど、少なくともそれに近しい立場かもしれないじゃない。さ、とっとと入るわよ」
さすがに田舎とは違い、一人ひとりに自分が何者か聞いて回る余裕が無い。とりあえず道端にたむろしていた暇そうな商人から酒場の情報を聞き、二人は無事辿り着いた。
両開きの扉の先には、食事をしている人たちの姿が見えた。どうやら昼は酒は出さず、普通の飲食店として機能しているらしい。旅人や冒険者と呼ばれる人々もよく利用しているとのことで、昼時というのもあって中はかなり活気づいている。
「たのもー! 公爵令嬢の登場よ!」
エリアーデは道場破りのように勢いよく両開きの扉を開く。エリアーデが一歩踏み込むと、食事をしていた全員が彼女を注視する。
「ほら、私の威光にみんな注目してるわ。私ってほら、美人だし」
『単に困惑してるだけだと思うぞ』
モッフィーの突っ込みは的を射ていたが、エリアーデは無視してカウンターの店主らしき男性に向かったずんずん歩いていく。そしてカウンターに両手を付き、ずいと顔を出す。
「い、いらっしゃい……何にします?」
「あなた、公爵令嬢エリアーデについて何か知らない?」
店主の注文を無視し、エリアーデは単刀直入に切り出す。せめて飲み物くらい注文して欲しい。
「エリアーデ? ああ、フランベルジュ公爵の娘さんですか」
「えぇっ!? やっぱり公爵令嬢なの!?」
「そりゃ、フランベルジュ公爵家は最も古い家柄ですからね。この都市に住んでる人間で知らない人はいないですよ」
「おおお……! おおお……!」
「ど、どうしたんですか!? 急に泣き出して!?」
店主はうろたえる。そりゃ、目の前で突然、若い女が滂沱の涙を流したら誰だってそうなるだろう。エリアーデは泣きながら満面の笑みを浮かべる器用な顔芸を披露しながら、後ろにいたモッフィーに思わず抱きつく。
「やったわ! やっぱりエリアーデは公爵令嬢だったのよ! これで私の人生はバラ色よ! あんたの黄金像を街の中心部に建ててあげられるわ」
『そうか、そりゃめでたい」
モッフィーはため息交じりに返事した。黄金像はもうどうでもいいが、これでようやくこのめんどくさい女から離れられる。モッフィーの溜め息は、呆れよりも安堵の色が濃かった。
「あんた、エリアーデ様の知り合いなのかい?」
「知り合いも何も、私がエリアーデよ。ひょっとして顔を見た事が無いのかしら」
完全体公爵令嬢と化したエリアーデには、もはや怖いものなどない。あとはこの身体の持ち主の館に戻り、公爵令嬢として麗しの貴族生活を送り、家柄に見合った優しくて金持ちで強くて背が高くて、温めてない冷たいご飯を出しても笑顔で食べてくれる伴侶を見つけるだけの消化試合をこなせばいい。
だが、この世の春を謳歌しているエリアーデに対し、店主は怪訝な表情を見せる。
「いや、エリアーデ様は三年前に亡くなったはずですよ」
「えっ」
いきなり冷や水をぶっかけられ、エリアーデは天にも昇る気持ちから地面に叩き落とされた。
「え? え!? え!?!? だ、だって私は生きてるわよ!?」
「そりゃあなたは確かに生きてますが、エリアーデ様は病気で三年前に亡くなられていますよ。一市民の俺は詳しくは無いですが、国葬でしたし間違いないですよ。第一、エリアーデ様の髪と瞳は亜麻色。あなたのように金髪碧眼じゃないですよ」
「ば、馬鹿なぁ……この私が……公爵令嬢じゃない!? じゃあ私は一体何なの!?」
「俺に聞かれましても」
エリアーデは店主の胸倉を掴んで詰め寄るが、店主は困った表情でかぶりを振る。助け船を出したのはモッフィーだった。エリアーデの首根っこを掴み、暴れまわるだだっ子みたいに手足を滅茶苦茶に振り回すエリアーデを店から引きずり出す。
「エリコの野郎……やっぱり私を騙したのね!」
『残念だったな。公爵令嬢になれなくてよ』
希望を与えられた直後に絶望を叩きつけられるほどきつい事はない。エリアーデは地面に突っ伏し、悔し涙を流した。周りの人間が何事かと遠巻きに見ているが、気にしている余裕すら無さそうだ。
しばらくそうしていたが、エリアーデはドレスの裾で涙を拭い。立ち上がった。そして、再び前に拾った棒きれを強く握る。
「こうなったら……また盗賊狩りをするわよ……確か武勲を上げれば貴族の爵位を貰えたりするはず。悪党どもを片っ端らから根絶やしにして、私自身の力で上流階級に殴りこむ!」
『いい加減諦めて普通の街娘として暮らせばいいだろ! そんくらいの金はあるだろ!』
中心都市リートに来るまでにかなりの野盗を潰してきたので、家一軒買えるくらいの金は持っている。だが、現実的なモッフィーの提案にエリアーデは断固反対する。
「駄目よ! 私がこの世界に来たのは、貴族として上流階級のぬるい生活をするためなのよ! なんで異世界で街娘なんかにならなきゃならないのよ! 私は……私は……貴族でありたい!」
こいつはもう駄目だ。とにかく一時的にでも貴族っぽくしてやらない限り絶対に諦めないだろう。途中で死ぬかもしれないが、自分の立てた目標を死ぬまで貫く姿勢はある意味で潔い。
『わかった。わかったよ。ここまで来たらもうしばらく付きあってやるよ』
「本当!? さすがはモッフィー! アニマルの森で人気な狼種族だけはあるわ!」
『その例えの意味が分からんが、お前、マジで冒険者になるのかよ』
「冒険者なんて汗臭い仕事やるわけないじゃない。あくまで私は正義の公爵令嬢を目指すのよ? 盗賊狩りは実利と公益を兼ねた仮のバイトみたいなものよ」
へこたれたと思ったら一瞬で方向転換したエリアーデは、酒場を後にして街の別の場所に向かう事にした。街の中心から少し離れた場所にはギルドというものがあり、冒険者専門ではないが、街の相談窓口のような役割らしかった。
「そこにいけば、きっと盗賊の被害にあって困ってる人の相談なんかもあるはずよ。盗賊をぶちのめして名声を得て、ついでに生活費も得るわ!」
エリアーデは棒きれを固く固く握りしめ、決意を新たにした。