6:『公爵令嬢』と噂される公爵令嬢
エリアーデの立ち寄った村の付近には、整備された街道がある。高低差の無い平地で川も流れており、野宿にも適しているので旅人達のほとんどはそちらを使う。
あえて険しい山に向かうのは、街道を迂回する時間すら惜しい人々、山賊討伐のために派遣された兵士。この辺りに山賊がいると知らない遠方の行商人。そしてエリアーデくらいである。
「いい感じに険しい山道にやってきたわ。この正義の公爵令嬢が来た以上、今日が山賊どもの命日となるのよ」
『命日って……殺す気かよ』
「命日って言うのはたとえよ。まあ、山賊稼業から足を洗わせるって意味では悪党としての人生は終わりだけどね」
などと言いながら、エリアーデはあえて道の険しい方へ突っ込んでいく。もちろんエリアーデとて無策ではない。エリアーデの後方では、魔狼形態に戻ったモッフィーが、常に辺りの気配に気を払っている。
鋭敏な五感を持ったモッフィーは、山賊がどこにいようが簡単に感知する事が出来る。
『本当にお前、山賊狩りなんてするのかよ。山賊って言っても人間……つまり、お前と同族だろ?』
「そんなゲスと同族扱いしないでくれる? 山賊っていうのは、真面目に働いた人たちの糧を暴力で奪うクズよ。そんな奴らには正義の鉄槌が必要なの。山賊は駆除されて平和になり、私たちは山賊のお宝を貰う。みんなが幸せになる素晴らしい仕組よ」
『まあ、やるのは俺だけどな』
「モッフィーが歩き回ってたら山賊が逃げちゃうでしょ。そこでこのかよわい乙女である私が危険に身を晒して餌になるのよ。分担作業ね」
『かよわい乙女って強いんだな……』
普通に会話しているように見えるが、モッフィーは念話のように魔力を飛ばして会話しているため、100メートルくらい離れていてもエリアーデと意思疎通が出来る。
これを利用し、エリアーデは一人で先に歩き、モッフィーは巧みに身を隠し、いざとなったら飛びだすという戦術を取ることにした。
「おーい! 私はここよー! 麗しの公爵令嬢はここよー!」
エリアーデは棒きれで邪魔な蔦を払いながら、大声で叫んでいた。先ほど村で錯乱していたが、冷静に考えたら田舎だったのでみんな知らなかっただけかもしれない。つまり、まだ公爵令嬢である可能性はゼロではない。よって再びエリアーデは公爵令嬢を名乗ることにした。
こうしてしばらく山道をうろついていると、哀れな山賊一味が最初の犠牲になった。黙っていればエリアーデは迷子になった世間知らずのお嬢様で、森の中で無防備に助けを呼んで叫んでいるように見えたからだ。
「へへ、どうしたんだお嬢さん。お付きの従者とでもはぐれたかい? 俺たちがいい所に連れってやろうか?」
盗賊達は粗野を絵に描いたような無骨な五人組の男で、誰もが無精ひげを伸ばし放題。見るからにカタギには見えない連中だった。
「もしかして、あなた達、山賊?」
「だったらどうすんだいお嬢さん? 周りに助けてくれる奴は誰もいないみたいだぜ」
「ようやく出てきたわね! 歩き疲れて足が棒になるところだったわ! 登場が遅いのよ!」
「……あぁ?」
自分達が山賊だと分かっているはずなのに、目の前の貴族らしき女はキラキラと目を輝かせている。ひょっとしたら、ちょっと頭がアレなのかもしれない。でも見てくれはかなりの美貌だし、山の中だというのに着ているドレスは一級品に見えた。手に持っている棒きれは謎だが。
「私は公爵令嬢エリアーデ! 山賊ども! ここが貴様らの墓場よ!」
エリアーデはそう言うと、棒きれを槍のように構え、シュッ、シュッと突きを繰り出すポーズを取る。へっぴり腰だし、そもそも握っているのはただの樹の枝だ。
「ボス、どうするんすかこの女。俺は何かめんどくさい感じがしますがね」
「知るかよ。見てくれはいいんだ。ドレスはひんむいて、本体は売り飛ばす。俺達と出会った不運を後悔するんだな」
「フフ、それはこっちのセリフよ。ヘイ! モッフィー! カモン!」
『へいへい』
エリアーデがパチンと指を鳴らすと、やる気なさげに茂みの奥からモッフィーが姿を現した。威風堂々とした金色の魔獣が突如現れ、山賊達は度肝を抜かれる。
「魔狼!? なんでこんなところに!?」
「悪党ども! 年貢の納め時よ! 命が惜しかったら命以外の全てを置いていくのよ!」
状況はまったく分からないが、変な女の後ろに巨大な魔狼が突っ立っているのは事実だ。女を襲う気配は無い。ということは、この女、魔狼を使役しているということになる。
魔狼はとてつもない化け物だ。山賊討伐の兵士を日々警戒している連中が、化け物に勝てるわけが無い。そして、それを従えている得体の知れない異常女にもだ。
「わ、わかった! 降伏するから命だけは助けてくれぇ!」
「有り金全部置いて、盗賊稼業もやめるなら見逃してあげてもいいわよ。その場しのぎではいと言っても無駄よ。もし、あんた達がもう一度悪事に身を染めるなら、地の果てまでも追い詰めて断罪するわよ!」
「ひいぃぃ!! わかった! 分かったから助けてくれぇ!」
「あともう一つ! 山賊を盗伐したのは公爵令嬢エリアーデって世間に名を広めるのよ! いい? あんた達が行く先々で私が正義の令嬢であることをアピールするのよ! いいわねっ!」
山賊達は半泣きになりながら、放り捨てるようにして持っていた荷物を全部置き、蜘蛛の子を散らすように森の中へ消えていった。
「あっはっは! 異世界のダニが一つ消えたわ! 早く帰ってお宝の物色をするわよ!」
『お前、やってる事あいつらと変わらないんじゃ……』
「何を言ってるのよ。私たちは山賊退治をしつつ、ちょっと手数料を貰うだけよ。もちろん、過剰な分は貧しい人に配るわ。ノーブレスオブリージュってやつね」
そう言って、エリアーデは用意して来た麻袋に盗賊達が置いていった荷物をぱんぱんになるまで詰め込み、モッフィーに背負わせ、一旦山を降りた。
どれくらいの価値があるのか分からないので、一度あの村に戻ってこの物品を換金する。そして宿を取り、路銀が貯まったら街を目指すという計画だった。もちろん村人には内緒だ。
エリアーデはこれを繰り返し、山賊という山賊を狩って狩って狩りまくった! 結果、この辺りに潜む山賊は軒並み絶滅し、山は平和を取り戻した。
充分な資金が溜まると、エリアーデとモッフィーは街を目指した。それと入れ替わりに、ある旅人が村へやってきた。どうやら彼も街を目指す途中らしかった。
「あんた、街に向かうなら山道は絶対に通らない方がいい。最近山賊は出ないが『公爵令嬢』が出るからな」
「公爵令嬢? 何ですかそれ?」
なぜ山の中に公爵令嬢が? その疑問に答えるように、宿の店主が旅人に告げる。
「自分は公爵令嬢と叫びながら襲い掛かってくる化け物が現れるらしいんだ。手には禍々しい槍を持っていて、全身が黄金の体毛に覆われた巨大な化け物らしい。そいつが暴れたせいで山賊すら逃げ出したとか……」
「なんて恐ろしい……そんな怪物が山の中に……」
旅人はごくりと唾を呑む。どうやらエリアーデとモッフィーの特徴がごちゃまぜになって村で噂されているようだった。だが幸い、当のエリアーデとモッフィーは街へ向かっていたし、その噂が広まって山に潜む盗賊は一人も居なくなった。
結果的に、エリアーデの行為は、ひとつの地域に平穏をもたらす事になったが、そんな事は本人すら知らなかったそうだ。めでたしめでたし。