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3:自分が公爵令嬢なのか分からない公爵令嬢

「あぁ~、このもふもふした背中、いいわぁ……癒されるわぁ」


 襲ってきた魔狼を逆に脅迫したエリアーデは、魔狼の背中の上でだらりとうつ伏せになっていた。金色の毛皮は見た目よりもずっと滑らかで、まるでベルベットのじゅうたんの上にいるようだ。


『うぜぇ! 俺の背中の上ではしゃぐんじゃねぇ!』

「褒めてあげたのに。そうだ! あなたが死んだら、毛皮を剥いで私の屋敷に飾ってあげるわ」

『猟奇的な事を笑顔で言うな』


 ぶつくさ文句を言いながら、魔狼は夜の森を歩いていく。彼にとってこの森は庭も同然であり、夜でも昼と変わらずに見える視力と優れた五感を持っており、我が物顔で歩く事が出来る。唯一、背中に乗っかっている異物だけが脅威である。


『大体、なんで公爵令嬢とやらがこんな森の奥にいるんだよ。ここは迷いこむ人間すらほとんど見かけねえぞ』

「そう、そこなのよ。よくぞ聞いてくれたわ」


 魔狼の背中に半身を埋めていたエリアーデが身を起こし、これまでの現象をかいつまんで話した。


『ふーん。異世界から身体を交換ねぇ……あんまり信じられねえ話だな』

「なんかそういうの心当たり無いの? 魔狼って事は魔法に関して詳しいんでしょ?」

『別に詳しくはねぇよ。俺たちは人間と違って、天性の素質があると魔獣になるからな。俺だって元はただの狼だよ』

「そっか。まあいいわ。いずれにせよあなたはラッキーよ。だって、この公爵令嬢エリアーデの最初の従僕として歴史に名を刻めるんだもの」

『ん? お前、元の姿に戻りたいとか思わないのか? 騙されたんだろ?』

「なんで?」

『いや、なんでって言われても……』


 魔狼は歩みを止め、困惑した表情で背中のほうに頭を向けてエリアーデを見た。エリアーデは不思議そうに首を傾げるだけで、強がりや嘘を言っているようには見えない。


「そりゃ騙されたし、ボコボコにされて崖から突き落とされたのはムカつくわ。もし今度会ったらひっぱたくけど、それはそれとして公爵令嬢になれたんだから、戻る必要なんてないじゃない」

『お前、幸せ者なんだな』

「えへへ、そう褒めなくていいのよ」

『いや、別に褒めてはないが……』


 魔狼がそんな目にあったら、故郷に帰りたいとか、元の姿に戻りたいと思う。だが、エリアーデは平然としている。もしかしたら人間と狼では感覚が違うのかもしれない。魔狼はそう考えた。


 だが、残念ながら魔狼のほうがエリアーデより常識的な感覚を持っていた。


「今の目標は元のエリアーデの領地に戻って。現代日本人としての知識と現地の公爵令嬢のハイブリッド貴族として、みんなに愛されながら優雅に暮らすことなのよ」

『まあ俺にメリットがあるならいいけどよ……ちょっと寄り道するぜ』


 そう言うと、魔狼は歩いていたルートを少し外れ、茂みの方へ入っていった。エリアーデは絡みつく(つた)や枝を払うのに必死で、道を変えた魔狼に文句を言っている余裕すら無かった。


「ちょっと! いきなり変な道に入らな……わお!」


 茂みを抜けて真っ先に怒鳴ろうとしたが、エリアーデは目の前に広がる光景に言葉を失った。目の前には開けた小川だった。森の木々が途切れているお陰で、月光で充分に辺りが見渡せるほどだ。


 清らかな清流の音と緑あふれる清流は、昼間だったらより一層輝いてみえるだろう。


『俺の足でも人のいるところまで一昼夜掛かるからな。俺はまだしも、お前は飲み食いしないままってわけにも行かないだろ?』

「あらやだ。意外と紳士」

『俺だって夜中に叩き起こされて眠いんだよ。出発は明日にするから今日はここで休む。それでいいだろ』

「そうね。別に焦る旅じゃないし……って! 焦って確認する事があったわ!」


 言うが早いか、エリアーデは魔狼の背中から飛び降り、慌てて小川の方に駆けていった。そして、辺りを見回し、水たまりになっている部分を覗きこむ。


「あら、私ったら美人!」


 エリアーデは水面に映った顔を見て、大きな瞳を瞬かせる。そう、エリアーデになってから、自分の姿を確認していなかったのだ。月明かりのみ、かつ鏡代わりの水面に映る姿だけでも、エリアーデが相当な美貌を持っている。


 金髪碧眼。髪は少し短めのボブカット。(すみれ)色のドレス。どれもこれまでの成り行きで泥と土で汚れているが、それを差し引いても並外れて端正な顔立ちなのがよく分かる。


 それを確認し、エリアーデは安堵の溜め息を吐いた。


「よかったぁ……ピザマンみたいな外見だったらどうしようかと思ったけど、これならザ・公爵令嬢って感じね。王子様とか貴族のご令嬢でも、見た目が麗しいとは限らないし」

『何をわめいてんだ。ほれ、食いモン捕ってきてやったぞ』


 エリアーデが己の外見に執着している間に、魔狼は大きな魚を加えてエリアーデの前に投げ出した。


「意外と甲斐甲斐しいのね。でも私、生魚は食べないのよ。冷たいご飯を食べるのは彼クンの役割だから……」

『だったら煮るなり焼くなりしろよ。火ぐらい起こせるだろ?』

「自慢じゃないけど、ガスコンロでもないと火は起こせないわ!」

『がすこんろって何だ……ったく、本当に何も知らねえんだな。じゃあ、乾いた枝を大量に拾ってこい。そんくらい出来んだろ』


 魔狼の指示に従い、エリアーデは小川から少し離れた場所で枝を拾い始める。


「もー、公爵令嬢なのにこんな事するなんて……」


 文句を言いながらも、ある程度の量を集めてエリアーデは魔狼の所に持っていった。それを一か所に集め、魔狼は紅い目を少しだけ輝かせる。すると、突如として火柱が上がる。


「わぁ!? 火事!?」

『ちょっと火を起こしただけだ。こんくらい人間でも出来るだろ』

「出来ないわよ。だって私、この世界の事、何にも知らないからね!」

『なぜ偉そうに胸を張る……』


 なぜか堂々と無能宣言をするエリアーデをよそに、魔狼はもう一匹取ってきていた魚を頭からバリバリ食べている。さすがに魔狼のように温めてない冷たいままのご飯を食べるわけにもいかないので、エリアーデは手近にあった薄い石をナイフ代わりにして、なんとか魚の内臓を取り出した。


「はぁ……まさか公爵令嬢になって最初の生活が生魚を捌くなんて……この屈辱、近いうちに必ず晴らして見せるわ」


 多少不格好ではあるが、なんとか捌いた魚を焚き火で焼きながら、エリアーデは体育座りで暖を取る。魔狼の方も腹が満ちたのか、火の前で伏せをしながら休憩している。


『んで、お前が住んでる領地……ってのは縄張りだろ? 早くそこに行けよ。俺を称えるんだろ?』

「もちろんよ。領地の場所はね……えーと……あれ?」


 ここでエリアーデは致命的なミスを犯している事に今さら気がついた。エリアーデは、どこの公爵令嬢なのか自分でも分からない!


「しまったぁ! 私がどこの公爵令嬢なのか、私には分からない!」

『アホかお前は!』

「だ、大丈夫よ! 人里に出ればどうとでもなるわ! 何せ公爵令嬢ですもの。私が街を歩いていれば、必ずや誰かが私の事を知ってるはずよ!」


 公爵令嬢ともなれば、それなりに顔も知られているだろう。ならば、街に出てしまえば自分が何者かきっと分かるだろう。そういう事にしておくことにした。


「そうだ! もう一つ大事な事を思い出したわ。あなた、名前は何ていうの? いつまでも魔狼じゃ仰々しいじゃない」

『俺? 俺に名前なんかねぇよ。俺たちは匂いや魔力の波長とかでお互いを識別できるからな。名前ってのは人間の文化だろ?』

「でも、呼び名が無いと不便だわ。そうね……私がいい名前を考えてあげる」

『まあ、いいけどよ……』


 魔狼としては別に名前なんかあっても無くてもいいし、そもそもこの変な女とはそれほど長く付き合う気はないのだが。断る理由も特にない。


「じゃあ、今日からあなたはモッフィーね!」

『は?』


 いきなり変な響きの名前を付けられ、魔狼は思わず間抜けな声を漏らす。別に名前にこだわりは無いが、なんかこう、響きがダサい。


「私の好きなマスコットと、あなたのモフモフ度を加味したいい名前でしょ」

『いや、なんかこう……別の名前がいいんだが』

「モッフィー山下」

『いや、それはちょっと』

「うーん、じゃあ大田原モッフィー」

『モッフィーから離れろよ!』

「嫌よ! モッフィー可愛いでしょ(・x・)」

『……もうモッフィーでも何でも好きに呼んでくれ』

「よろしい。じゃあ、これからもよろしくね、モッフィー」


 魔狼改めモッフィーはしぶしぶ承諾した。まあ、この女を人里まで送り届ければ、もう二度と会う事もあるまい。


 ――この時、魔狼モッフィーは己の認識が甘い事をまだ知らなかった。

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[良い点] >冷たいままのご飯を食べるわけにもいかないので  自分だけなに言ってんのっ?!!(笑) [気になる点] >「嫌よ! モッフィー可愛いでしょ(・x・)」  たしかに(・x・)は某…
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