11:愛すべき自国を蹂躙されて激怒する公爵令嬢
エリアーデが山賊狩りからミトラを救出して二週間。エリアーデとモッフィーは、聖霊教会のボランティアというポジションで教会の宿舎に転がり込んでいた。
実際にボランティア活動はしていない。とりあえず今の魔獣騒ぎが収まるまで待機して欲しいとの事だ。モッフィーも人間形態を解き、二人は宿舎前の広場でのんびりと日向ぼっこをしていた。
エリアーデがミトラを聖霊教会本部に連れて行った際、ミトラは自分の身に起こった事を全て報告した。報告を受けた教会側はエリアーデに深く感謝しつつ、可能なら聖霊教会に留まって欲しいと伝えてきたのだ。
聖霊教会とは文字通り教会として機能もしているが、治安維持という点でも活動している組織らしい。だから少しでも人手が欲しいのだとか。
「やっぱり人助けって大事ね。ミトラを助けてくれたお礼に是非住んで欲しいなんて」
『あいつら猫の手も借りたいみたいだったからな』
エリアーデとしても冒険者になる気は無いし、当面タダで過ごさせてもらえるのならありがたい。ミトラの件もあってか、あまり若い者を一人で調査に出したりはしなくなったらしい。
『お前、騒ぎの元凶の一員なんだろ? ここに居たらまずくね?』
「エリコの方はなんか世界征服に夢中みたいだし、私の事なんかもう眼中にないでしょ。黙ってればバレないわよ。それにあの情報も悪い内容ばかりじゃないわ」
ミトラに犯罪者ルートに誘われそうになったが、すんでの所で回避出来た。それに、ミトラがもたらした情報はエリアーデにとって朗報もあった。
嘘偽りが混じっていては身体の交換が出来ないと言う事は、やはりエリコは公爵令嬢だったのだ。どこの馬の骨とも分からない村娘と落胆していたが、これで堂々と公爵令嬢を名乗れる。
『いや、そうは言っても、その身体がそうとは限らないだろ。交換の交換とかしてるかもしれんぞ』
「それでも公爵令嬢だった事は確かよ。これで私は真の公爵令嬢として名をとどろかせる事が出来る」
『お前、本当にポジティブだよな……』
「でも、聖女ルートってのも悪くないわね。せっかく聖霊教会なんて場所にコネが出来たんだし、いっそのこと聖女の称号もいただこうかしら。ハンバーグカレーのように」
『意味が分からん』
聖女にして公爵令嬢。まさに最強に相応しい称号だ。そもそもそんな考え方をする時点で聖女としてどうなんだというツッコミは入れてはいけない。
「エリアーデ様! モッフィー様!」
くだらない話をしていると、血相を変えたミトラが走ってくるのが見えた。ミトラは荒い息を吐きながら、エリアーデの前に駆け寄ってくる。
「大変です! 街中で魔法使いが暴れています! それもただの魔法使いじゃありません! 信じられないほどの魔力を持った女性です!」
「ええっ!? 暴動!?」
「一人です。でも、本当にすごい力の持ち主で……聖霊教会やギルド、それに軍も出動していますが止められないんです!」
いきなり物騒な話をされ、エリアーデは顔をしかめる。軍隊も止められない魔法使い。そういうチート能力者になりたい気持ちも無いわけではないが、蹂躙される側にはなりたくない。
「エリアーデ様! 早く出撃の準備を!」
「分かったわ! 今すぐ避難の準備を……って、え? 今なんて?」
「エリアーデ様とモッフィー様は魔法使いの討伐を! 早く!」
「早くと言われましても」
なんでそんな怪物相手に戦わなければならないのか。そもそも、軍隊だの冒険者だのが出撃しているではないか。
「通常の人間では相手にならないんです。魔獣ダイアーウルフを使役するエリアーデ様しかいないんです!」
『別に使役されてるわけじゃねえんだが……どうするよ?』
「どうって言われても……」
ミトラは目に涙を浮かべて懇願するが、懇願された所でそんな怪物魔法使いにどうしろというのか。
「このままでは国自体があの魔法使いに蹂躙されてしまいます! 街も人も城もみんな……! お願いします!」
「よし! 出撃よ!」
『マジかよ』
「だって国が滅んだら、私が安心して暮らせる場所が無くなるでしょ! どうせ死ぬなら前のめりよ!」
このまま指をくわえて待っていたら、エリアーデのいる聖霊教会も破壊されるだろう。今から急いで逃げれば他の国にいけるかもしれないが、中心都市に比べたらどれも劣化に過ぎない。
名誉公爵令嬢としてブルジョワに暮らすためにも、この都市は死守せねばならないのだ。そうでなければ異世界に来た意味が無い。
『面倒くせえな……俺はお前を置いて逃げるぞ? そこまでする義理はねえからな』
「えっ……もしかして人間の魔法使い一人にビビってるの?」
『ビビってねえよ! ただ面倒くさいだけだ!』
「そんな事言って、本当は勝てる見込みが無いから逃げたいんじゃない?」
『できらぁ!』
「今、なんて言ったの?」
『魔法使い一人くらい簡単にぶっ飛ばせるって言ったんだよ!』
「それじゃ、なんとしても魔法使いと戦闘して貰わないと」
『えっ!? 俺が魔法使いと戦闘を!?』
「お二人とも何してるんですか!? 早く!」
エリアーデの挑発に乗る形で、モッフィーはしぶしぶ出撃する羽目になった。エリアーデと案内役のミトラは足が遅いので、モッフィーが二人を乗せて現地に向かう。
街は至る所が崩壊しており、にぎやかだった繁華街は悲鳴と狂乱に満ちている。遠くの方に黒煙が見え、巨大な建物が次々と倒れていく。まるでパニック映画のワンシーンだ。
「ひどい事をするわね! 私の将来の国を蹂躙するのは許さないわ!」
エリアーデはもう完全にこの国を手中に収めた気になっていたので、自国を破壊される様を見て激怒している。ミトラは恐怖と不安でエリアーデにしがみついているので、突っ込む余力が無いらしい。
逃げ惑う住民たちを器用に避けながら、大地を飛ぶように走る勇壮なダイアーウルフ。その背中に跨るのはドレスを着た金髪碧眼の女性。遠目から見れば美しい光景だ。
「ダイアーウルフだ! あれが噂の『山賊狩り』か!」
街の人間の誰かがそう叫んだ。最近、聖霊教会でダイアーウルフを使役する者を傭兵として雇ったという噂が流れていた。ミトラが情報収集をする際に話していたせいで、街では『山賊狩りのエリアーデ』という通り名で呼ばれていた。
つまり、聖霊教会はいざというときの戦力としてエリアーデをキープしておいたのだ。もっとも、エリアーデはボランティアとして呼ばれたと思っているが。
『こいつはマジでやばいかもしれないな。ここからでも魔力の波動がビンビン伝わってくる』
「は、はい……ですが、放置しておくわけにはいきません」
「え? 私は別に何ともないわよ?」
『オメーがにぶいんだよ!』
モッフィーとミトラは、遠くからでも感じる圧倒的魔力量に警戒しているが、エリアーデはきょとんとした表情でモッフィーに乗っている。エリアーデの身体にほとんど魔力が残っていないので、感知することも出来ないらしい。
エリアーデとミトラを乗せたモッフィーは、ついにその魔法使いの所に辿り着いた。周辺は隕石でも落ちたようなクレーターになっており、ほとんどの建物は黒こげのひどい有様だ。
応戦していた者たち、意識を失ったり、恐怖で蒼ざめていたり、まともに戦える者は残っていない。その中心部に、まるでそこだけ別の場所から切り抜いたみたいに傷一つない女性が立っていた。
「あ、あんたは!?」
「あら? まさか本当に生きていたとはね。面倒だからこの街ごと吹き飛ばす予定だったのに。まあいいわ……せっかくだしここで完全に殺しておこうかしら」
邪悪なる魔法使い――エリコはエリアーデを見ると、サディスティックな笑みを浮かべた。




