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10:唐突に現れた強大な魔法使いの平民

 鬱蒼(うっそう)と茂る深い森の奥、睨みあう二つの影があった。片方はローブを羽織った小柄な黒髪の女性。もう片方は、金色の体毛を持つ巨大な狼だった。


 いや、よく見ると睨みあっているのではない。狼の方は耳を垂れ、尻尾を腹の下に巻き、まるで怯えた犬のような動作を取っているが、黒髪の女性の方は冷めた表情でそれを眺めている。


『な、なあ……! 許してくれ! 俺は別にお前に危害を加えたりなんかしない!』

「知ってるわ。でも、あなたには実験台になってもらうわ。さようなら」


 金色の狼が念話で命乞いをするが、女性は聞こえていないように平然と火球を飛ばす。金色の狼――魔狼ダイアーウルフとよばれる魔獣の中でも上位種だが、狼は悲鳴すら上げることなく一瞬で消し炭になった。


「素晴らしい魔力です。さすがはエリコ様」

「うん。素晴らしい魔力伝導率だわ。やっぱり空の器に魂を移したのは大正解だったわね」


 炭と化した魔狼だったものの残骸を眺めながら、黒髪の女性――エリコは満足げに笑う。エリアーデと身体を交換した彼女は、新しい身体の試運転をしている最中だった。


 そのために、最近この辺りに出没する謎の魔獣退治という討伐隊に参加をしたのだ。あいにくその魔獣とはまだ出くわしていないが、代わりに何頭か魔狼ダイアーウルフを始末していた。


「ダイアーウルフは魔力耐性もかなりのものだし、こいつを一撃で始末出来る魔法使いは国でも数える程度でしょうね」


 エリコがそう言うと、周りにいた四名ほどの男性達が拍手をする。皆、エリアーデをこの世界に呼び寄せた時にいた面子だった。エリコの魔導に対する執着心に従う、いわば狂信者たちだ。


 表向きは冒険者ギルドのメンバーという事で登録されているが、当然、まともに冒険をする気など無い。今回限りの性能テストだ。


「しかし、異世界から器を呼びだすとは……発想もそうですが、よく試そうと思ったものですね」

「仕方ないじゃない。この世界の人間で条件を満たすのは難しいし、あまりうまく入れ替えが出来ないんだもの。前の身体は見てくれはよかったけど、ろくに魔力を使えなかったし」


 男の一人の呟きに、エリコはそう返す。自分と他者を入れ替える魔術の発動は、お互いが嘘偽りなく完全に同意するというだけでも割と難しいが、さらに難しいのは身体の相性だ。


 たとえ精神的に同意したとしても、持っている魔力の相性が悪いと、入れ替え自体は出来ても完全に力を発揮出来ない。例えると、飲み残しの紅茶にコーヒーを混ぜるようなもので、とても飲めたものではなくなってしまう。


「異界に干渉するのは私一人じゃ無理だったから。あなた達の協力には本当に感謝しているわ」

「いえ、我々も魔導を極めたいと思っておりますので、どのようなことでも仰ってください」


 ここにいる皆は、並々ならぬ魔力に対する探求心を持っていた。前のエリコ一人の力で異界に干渉するのは厳しかったので、仲間達に協力してもらって現在に至る。


 半分は博打だったが、エリコは見事博打に勝った。もともと魔力の素養が高い上に、その力を完全に移しかえる術を手に入れた。


「どのようなことでも……ねぇ。じゃあ、ここで死んでくれるかしら?」

「……は?」


 突然のエリコの発言に、男達は目を丸くする。だが、エリコは酷薄な笑みを浮かべながら、歌うように言葉を続ける。


「異世界の身体を手に入れた以上、後は同じ事を繰り返せばいいだけよ。もうあなた達の役目は終わったわ。ご協力ありがとう。そしてさようなら、永遠に」


 男達はある者は逃げようとし、ある者は防壁を張って防ごうとし、またある者は反撃を試みた。だが、全ては無駄だった。


 耳をつんざく轟音の後、静寂の森の中、エリコの狂気じみた笑い声だけが響いていた。



 ◆ ◆ ◆


 それから数時間後、エリコは冒険者たちの魔獣討伐隊の拠点となっている村に一人で戻ってきた。既に夕暮れ時になっており、他の派遣された冒険者達も今日の探索を終え、夕餉(ゆうげ)の準備をしていた。


「調査から帰ったのか。あれ? 他のメンバーはどうした?」

「私も探したけど見当たらなかったわ。もしかしたら、魔狼か、あるいは調査中の謎の怪物にやられたのかもしれない」

「……そうか。まあ気を落とすな。生きている可能性だってある」

「ありがとうね。でも、冒険者っていうのはそういう職業だから」


 エリコは苦渋に満ちた表情を浮かべる。無論演技だが、強面の冒険者の一人は心配そうに肩を叩いた。


「しばらくは俺の所に来てもいいぞ。いくらお前が優秀な魔法使いとはいえ、未知の魔物やダイアーウルフのうろつく森で一人は無謀すぎる」

「平気よ。それに、今は一人になりたい気分なの」

「そうか……だが、くれぐれも無理はするなよ。俺たちは常に危険と隣り合わせだが、同業者が無駄死にするのは見たくないからな」


 エリコに声を掛けてくれた男性以外にも、他の冒険者達も遠巻きにエリコの事を心配しているようだった。エリコは日本人女性らしく童顔なのでまだ十代に見えたし、一気に五人もの仲間を失ったのだ。


 しかも、エリコほどではないが、皆、かなりの魔法の使い手だった。それが謎の化け物によって一日で全滅させられたなら、次は我が身かもしれない。


 そう考え、他の調査隊の冒険者たちは、エリコに同情しつつ気を引き締めた。


(バーカ、あんたたちみたいな凡人と一緒にしないでくれる)


 エリコはローブをかぶって下を向き、さも打ちひしがれていると見えるようにとぼとぼ歩きながら、内心で馬鹿共をあざ笑っていた。ダイアーウルフごときにびびっている冒険者に、自分の何が分かるというのか。


(もう試運転は充分ね。この身体でどれくらいの破壊が出来るか……今からうずうずするわ)


 エリコは笑いだしたい気持ちを必死に抑え、村で用意されている宿へと向かった。今のエリコなら中心都市を壊滅させるくらいの事は容易に出来るだろう。とりあえずあの都市さえ潰してしまえば、後は劣化にすぎない。


 さすがに一瞬で壊滅というのは難しいかもしれないが、その場合は一度引き、再び異世界から新しい身体を手に入れればいい。方法は既に分かっている。


 公爵令嬢という立場をちらつかせれば、他者……特に平民の女性は割と簡単に釣る事が出来る。身体の交換に嘘偽りが混じっていては無理というのは本当だが、上書き自体は可能だ。エリコが公爵令嬢エリアーデであったのは三年前の話だ。そして、亜麻色の髪を持った元自分は、その場で始末した。


 それから何度か身体の入れ替わりを試したが、現地の人間では魔力は蓄積するものの、どうしても放出するのが難しかった。だが今は違う。空の器は異世界にいくらでもある。


「おかえりエリコさん。調査、大変だったみたいだね。お仲間も失って気の毒に……」

「仕方ないわよ」


 冒険者ギルドから手配された宿に辿り着くと、女将のおばさんがエリコを労わる言葉を掛けた。歩き回ってそれなりに疲れているし、いい加減うっとうしくなってきたエリコは適当に流す。


 エリコは女将の前を素通りしようとするが、女将はそれをとがめなかった。あまり触れられたくないと思ったのかもしれない。だが、一言だけ呟いた。


「でもねえ、やっぱり若い女の子が一人で出歩くのは、私は不安だよ。最近も公爵令嬢とかいう子が大騒ぎしてたけど、あの子、やっぱり家から放逐されたのかねぇ」


 階段を昇りかけていたエリコがぴたりと止まる。そして、踵を返して女将のおばさんの元へ戻ってきた。


「その話、詳しく聞かせてもらっていいかしら?」

「え、ええ、いいけど。自分は公爵令嬢エリアーデだー! とか叫びながら、街中の人間に自分を知らないかって聞いて回ってたんだよ。それからはどこからかお金を用意してきて、しばらくうちに泊まってたのよ」

「その女、金髪碧眼でドレスを着ていなかった?」

「よく知ってるわね。あの子の知り合いかい?」

「……まあ、そんなところよ。それで、その女は今どこに行ったか知ってる?」

「さぁ……あ、そういえば都会に行くとかなんとか言ってたような」

「…………まさか生きていたとはね」

「ん? 何の話かしら?」

「何でもないわ。疲れたから今日はもう休むわ」


 女将のおばさんは首を傾げるか、エリコはさっさと二階の部屋に引っ込んでしまった。部屋に戻ったエリコは、ベッドの上に身を投げ出す。


「……あきれた生命力ね。どうやってあの森から抜けだしたのかしら」


 特徴と名前からして間違いなく異世界人のあの女だろう。自分の存在を知っている人間がこの世界に生き残っているのは非常にまずい。


「冒険者ごっこは止めね。中心都市に戻らなきゃ」


 その翌日、エリコは魔獣討伐隊のまとめ役に、調査を辞退させてほしいと頼み込んだ。仲間を一気に失い、自分はこれ以上戦えないと涙ながらに訴えたのだ。


 心情的にも状況的にも、咎めるものは誰もいなかった。こうしてエリコはやすやすと冒険者の討伐隊から抜けだし、急いで中心都市へと身を(ひるがえ)す。恐るべき破壊の力と悪意をそのうちに抱きながら。

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