割引券がなくても
「なにィ!!」
俺は、寝坊した。
ーーーーー
学校に到着したのは8時25分。結論を言えばセーフだ。良かった良かった。しかし明日からゴールデンウィークだって言うのに、ラスト1日でこんなことになったのは悔しい。
教室に入ると、すでにお喋りに興じる生徒たちで満たされ、賑やかだ。いつもとは違う空気に、少しムズマズしてしまう。
「おうコウスケ、今日遅いじゃん」
「ちょっと寝坊した……ギリギリで焦った」
ドアの近くにいた友達に話しかけられたので、事情を説明する。言っておくが、男友達、いるからな。石坂としか話してないわけじゃあないからな。
自分の席に鞄を置くと、教室のど真ん中でトークしている石坂と目が合った。……ただ、目が合っただけだった。いや、何か期待していたわけではないけれども。
実は駅から学校まで走って来て疲れたので、そのまま自席に座って何もせず時を過ごした。
やがて、時計の長針が6を指すと、ホームルーム前の予鈴が鳴る。皆、がやがやと各々の席へ戻っていく。
ちなみに、この時点で予鈴を無視して喋り続ける奴はあんまり好きじゃない。時間をみて行動しろよー。
「えいっ」
「ひょっ!?」
「わ、変な声ー」
「石坂……急になんだよ」
ちゃんと予鈴に従って戻って来た石坂に、「ほっぺツン」された。おかげで右頬がむずがゆい。
石坂は俺の後ろを通って席に着く。
「今日遅かったねコースケ。どしたの?」
「ちと寝坊した……」
「おー、睡眠は大事だ」
寝坊賛成みたいなフォローをいれられた。
「いや、つってもなあ」
「いーじゃんいーじゃん。間に合ってるんだからさ。逆に普段早めに起きてさっさと学校来てるのすごいと思うし、たまにはゆっくりでもいーじゃない」
「うーん、まあそうか。でもさ、石坂も早くね?俺より早いよな?何時に来てるの?」
「え!?コースケが来る5分くらい前かな。ほとんどおんなじだよ……?」
「へー」
じゃあ俺が来るまでの5分、一人で遊んでるのか?なにしてるんだ?
そうこうしている間に、チャイムが鳴る。ホームルーム開始時刻だ。
ーーーーー
1日と言うのはあっという間で、気づいたら授業は全部終わっている。あとは帰りのホームルームが終われば、もう放課後。一年生は、4月の内は部活もないので、帰宅するのみだ。
教科書を鞄に詰めたりと、帰る支度をしていると、石坂が話しかけてきた。
「ねえコースケ」
「ん?」
「その……このあと暇?」
「暇だよ?」
「じゃあさ、ちょっと付き合ってくれない?」
「……は?」
ーーーーー
王浜。言わずと知れた大都会。もちろん首都トウキョーには負けるだろうが、夜景のキレイな港町だ。俺の高校は王浜の駅から徒歩15分の所にある。放課後にここで遊んでいく生徒も多い。
そして、石坂と俺も、王浜に向かっていた。
「いやあ、突然ごめんねー。王浜って、一人で歩くのは怖いからさ。怪しい人に絡まれたら嫌でしょ?」
「そりゃそうだ」
JKが一人で歩いていたら良くない奴に狙われる可能性は高そうだ。そればかりか、男の俺だって一人だったらカツアゲとかありえる。都会での単独行動は危険だ。
「でも、なんで俺なんだ?普通に女子と行けばよかったじゃん」
「それがさー、メイちゃんもサトちゃんも塾だってー」
知ってる前提で進んでるけどメイちゃんサトちゃんとは誰だ。まだクラスメートの名前は把握しきれてない。
「あ、私がいつもつるんでる2人ね」
「つるんでるって……そーいや3人でよくいるな」
「メイちゃんの行ってる塾にサトちゃんが説明聞きにいくんだって。皆勉強してて偉いねえ」
それは……大丈夫なのか?石坂ハブられてないよな?女子の友達事情はよくわからないが、いやだからこそ無駄に心配になってしまう。
「そーゆーわけだからコースケ誘ったんだ」
「ほー」
正直嬉しい。
「で、何しに行くの?」
「化粧水がなくなっちゃったから買い足しー!」
「化粧水!?」
なにそれ、化粧品か。え、俺知らないよ?キラキラした店連れてかれるのか?
と、思っていたが。
「到着〜」
たどり着いたのはドラッグストアだった。
「ここに売ってるのか」
「うん。コースケ、化粧水ってわかる?」
「いや、わからん」
「だからソワソワしてたのか〜!」
俺たちは店内へ入っていく。
「化粧水はお肌をキレイに保つものなのだよ!」
「ふーん」
「乳液とセットで使うんだぞー」
「乳液……」
2段階だと!?女子って大変だな。
「あったあった」
石坂が手に取ったのは、白いシンプルなパッケージのものだった。青い文字で「化粧水」とプリントされている。隣には、同じメーカーの「乳液」が陳列されていた。こっちはピンク色のプリントだ。
「コースケ、これオススメね」
石坂は手に持っている化粧水を俺に見せつけてくる。
「いや、俺は別に……」
「男子だし、って思ってる?ちっちっちっ〜、できるオトコはそれくらいやってるんだなぁこれが」
まじかよ。モデルとかじゃなくて?
「お肌スベスベの方がぁ、好印象なんだよー?」
「……どんくらいすんだよ」
「お!お客さん、興味ありやすー?化粧水と乳液セットで1500円!!」
「高い!!」
「あぁ〜ん、でもでも、一回買えば結構長い間使えるよ!」
「むむむ」
俺には気になっていることがあった。朝、石坂に頬を触られたことを思い出したのだ。もしかしてあの時、「こいつ肌汚っ」って思われたのでは?自覚無いけど。もっといえば、毎日そう思われていた?明るく話しかけてくれていたが、内心不快な気分だったとか!?それは非常によくない。石坂に申し訳ない。
「しかしコースケにはこれをあげよう!!」
石坂は突然、財布から何か紙を取り出す。
「このドラッグストアの割引券100円分が3枚!300円も安くなるよ!!」
「まじ!?ってそれはさすがに悪いよ」
「いいよいいよ、これお母さんが定期的にくれるからさ」
お母さん。このドラッグストアを極めし者かよ。
「あ、でもやっぱり高いし強要はしないよ、勝手に盛り……」
「買うよ」
「え」
「買う」
「うぇーい!!さすがコースケ!じゃあこれはあげます!」
3枚割引券を受け取る。
「ありがとな」
「平気ー。あと5枚持ってるから」
「ガチ勢ッ!!」
薬局を出ると、西の空は眩しいオレンジ色に染まっていた。
「さ、帰ろうか」
「そうだな」
「コースケは何線?」
王浜の駅は大きい。電車が4本くらい通っている。
「俺はパープルラインだ」
「ホント!?私もパープルだよお!」
「まじかよ、どっち方面?」
「雛山ほうめーん」
「うん、俺もそっち」
「じゃあもう少し一緒だね!」
「おう」
今日はギリギリまで石坂と行動することになりそうだ。朝寝坊で話していない分にしては多すぎるくらいだ。
そういうわけで、俺らは同じ電車に乗った。車内は空いていたので、2人で並んで座ることができた。
「コースケ」
「ん?」
「デートだね」
「ぶっ!……なんだお前、からかってんのか」
「うっしっしっ、コースケ照れちゃってえ〜」
「ったく……」
考えないようにしてたのに、露骨にそんなこと言われたら、意識しちまうじゃあないか。
「コースケどこで降りるの?」
「平台。石坂は?」
「南沢田だから…私の方が先だね」
あと15分くらいで南沢田か。
その間石坂は化粧水レクチャーをしてくれた。
化粧水を塗ってから乳液を塗るとか。
お風呂上がりに塗るといいとか。
こりゃモテ男まっしぐらっすわ。……冗談だよ。
『次は、南沢田ー。南沢田ー。』
「明日からゴールデンウィークだね」
「ああ、そうだな」
「しばらく会えないねぇ」
「そりゃあな」
「私に会えなくて寂しーい?」
「はあ?別に寂しくないわ!」
「あっはは、だよねー!」
プシュウ。
『南沢田〜、南沢田〜』
「私はちょっと寂しいな」
「え?」
「じゃあね!」
石坂は、そそくさと降車して行ってしまった。
「……え?」