第一章 この故に我々は戦う⑦
レンの最初の仕事は仕事を見つけることだった。最初の一週間くらいは怒鳴られたりぶっ飛ばされたりして全く見つからなかった。そしてレンはあの路地に帰るたびに新しい傷を体に作ったソラが貰ってきたご飯を食べる日々が続いていた。
現界霊が現れてから町の郊外は格段に危険な場所となってしまったため、今では薬草やら山菜やらがとても高値で取引されている。そのため彼が現界霊を倒せるほど強ければそうやって稼ぐ方法もあったのだろうが、残念なことに訓練所の成績最下位の彼では手の届かない方法であった。
しかし何度も仕事探しに行っているうちについにレンにも出来る仕事を何とか見つけることが出来たのだった。
そこは店主とその娘の二人が経営する小さい小売店だった。レンはそこで雑用として働くことになったのだった。
「——ってわけで、仕事を見つけました。これ、その給与で買ってきたご飯だ」
レンは誇らしげにソラの目の前に真っ白い握り飯を差し出した。すると彼女はそれをレンの顔を交互に見た後、涎を垂らしながら縋るように見つめてきた。レンは苦笑いを浮かべながら指で丸を作って見せた。
「いいんだぞ。それはお前の分だ。俺の分もあるから、遠慮せずに食え」
「で、でも、私なんかが食べてほんとにいいの?」
「そのために買ってきたんだ。食わないならこれは捨てる!」
レンがそういうとソラは何度も頷いた。そして喉を鳴らしながらそれを手に取った。
「う、うん! ありがとう!」
ソラはその握り飯をじっと見つめた後、意を決したようにかぶりついた。彼女の口の中に白米と何やら酸っぱい味が広がった。ソラはたまらず言葉にならない声を上げた。
「んんッ!? う、梅干しが入ってるよ!」
「そうだ! どうだ豪華だろう!」
「うん、うん! 久しぶりに食べた。……お母さんの、味がする」
それはそう呟くと、今までに抱えていたものが全て漏れ出てくるようにポロポロと涙を流し始めた。
——レンは胸に火が灯ったような気がした。
ぎゅっと心が締め付けられる。息が熱い。レンは理解不能だった。
「……熱い」
「え? 寒いと思うけど……」
「そう、なんだけどな……」
レンは曇る空を見上げた。体が凍るように世界は冷たい。レンも先ほどまではそう思っていた。世界は冷たく、どこまでもどこまでも暗い。
でも今は、そんな冷たい世界に日が照りだしたように熱く感じた。
あの子供を見たとき、体や心が凍るような気持ちだった。
ソラと出会って、少しだけ温かくなったかもしれない。でもまだ寒い。
「俺、今熱いんだ」
「風邪、引いたんじゃない?」
「違う。風邪とかじゃなくて、その、なんというか……」
彼女の涙を見たとき、心の中に言葉にならない温かさとか、ぬくもりとか、熱さとか、とにかく、熱を感じた。
「……ソラ、俺、頑張るよ。俺頑張るから」
「唐突に、どうしたの?」
「お前がいい意味で泣けるように頑張るよ」
「なにそれ? 変なの」
ソラはおかしそうに笑いながらご飯を頬張った。するとまた熱い。自分の赤い瞳が本当に燃えているのではないかと思えるほどに。
この熱さのためなら、レンは頑張れる気がした。どこまでもやれる気がした。
レンとソラが出会って、二週間が経とうとしていた日の出来事であった……。