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第一章 この故に我々は戦う⑥

 ひとしきり弱音を少女に吐き続けた情けない男はその少女と共に路地の奥で膝を抱えていた。そしてそんな彼の目の前にはあまり見た目はよくないが握り飯が一つ置かれていた。

 レンはその食べ物を、苦虫を嚙み潰したように見つめていた。


「食べなよ。もしかして汚くて食べられない?」

「もっと酷いもの食って生活したことあるから大丈夫。……自分の無能に腹が立っているんだよ」


 本来であれば逆の立場であるべきはずだった。腕力があって体も大きいレンが食べ物を持ってこなければならないはずだった。しかし今彼は少女が今日物乞いで得た成果の半分で食いつなぐことになっていた。そのあまりにも情けない醜態に言葉も出なかった。


「探せば君の働ける場所なんていくらでもあるよ。私と違って」

「……この状況じゃ慰めにもなりゃしないよ」


 心のどこかで、レンは自分が彼女よりもずっと恵まれていて優れていると思い込んでいた。少女は生きていくにはあまりにも弱すぎると思っていた。鬼の子という特殊な出生に子供の非力があるからだ。

 しかし彼女はどこまでも逞しくて強かだった。

 彼女は物乞いで殴られるのを恐れなかった。声を掛けては罵声罵倒を浴びせられ、殴られようともめげなかった。むしろその哀れでみすぼらしい姿を見せることで同情を買い、見事レンの分の食料まで手に入れて見せたのだ。

 それに引き換え自分のなんと不甲斐ないことか……。


「……いただきます!」


 レンは無理やり手を合わせてご飯を口に詰め込んだ。土と砂利の味がした。これは彼にとって、生涯を通しての『無念と後悔の味』となった。


「……君、名前は?」

「レン。お前は?」

「私は……ソラ」

「ソラ、か。今日の恩、俺は決して忘れない」

「私は、気にしていないから。それに、鬼の子と関わるとろくでもない目に合うから、私と関わるのもこれっきりにしたほうがいい」


 と、少女——ソラは言う。しかしレンは首を横に振った。


「恩は恩だ。それに、鬼の子とか俺には関係ない。むしろ、俺のほうがろくでもないかもな」

「え? それはどういうこと?」

「……何でもない。とにかく、お前は遠慮するかもしれないが、俺はこのままでは終われない。それに今の俺は行く当てもないし生きていく知恵もない。だから恥を承知でお願いしたいんだが……、俺の、その、えっと、そ、そうだ、そうそう! 同志になってほしい! 辛い境遇同士、助け合おう!」


 本当は友達になってほしいと言いたかったレンだが、急に恥ずかしくなったのと厚かましいような気がして咄嗟にその言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。その代わりに飛び出てきたのはお互いに苦笑いを浮かべてしまうような言葉だった。


「同志? 私が?」

「あ、ああ。その、変か? ……頼む!」


 レンは頭を下げる。ソラはやはりというか、困惑した様子だった。しかしすぐに表情を和らげると今度は彼女の方から頭を下げてきた。


「……素直に言えばいいのに。……こちらこそ、私に好意的な人は家族以外で初めて。それに追い出されたとはいえ元々徒桜隊を目指していた人が友達なら心強いよ! よろしくね!」

「と、友達……。ああ、そうだな」


 レンは視線を上げ、その太陽のような笑みと青空の瞳を見つめた。自分は恥ずかしがって言えなかったのに、彼女は友達と言ってくれた。それが無性に嬉しかった。真っ暗で先の見えない場所に光が差し込み、やがて果てしない青空が広がり始めた。

 ——彼女は、ソラだった。


「……ありがとう」


 この日、誰かのために生きることをしてこなかった自己中心的な少年は自分以外の生きる目標を得たのだった。


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