第一章 この故に我々は戦う③
レンは息を呑んだ。自分こそ世界で一番可哀そうだと先ほどまで思っていた考えが吹き飛ぶような光景だった。彼は確かに社会の底辺だったかもしれないが、少なくとも苦労はするだろうがこの先も何となく生きて行けるだろう。人から迫害されながらも生きていくのだろう。あらゆる才能には恵まれなかった。凡人以下の無能だ。そしてそんな可哀そうな俺は他人にいい様に扱われて、そしてゴミみたいに消えていくのだろう、とレンは漠然と考えていた。
——レンは一番可哀そうなんかじゃなかった。その子供を見下ろした瞬間、彼はゾッとした気持ちになった。
(子供か? 随分と、痩せこけてる。今にも、死にそうだ……)
その子供はゆっくりと顔を上げる。その瞳は、酷く濁っていた。彼はレンに手を伸ばした。いや正確には、レンの持っている食べ物に手を伸ばした。しかしその力ない手のひらはやがて枯れた花のように萎れて地に臥した。その子供の頭が、ゴトリと音を立てて地に横たわる。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
動悸が激しくなるのを感じた。この子は今、死んだのか? そしてその死は、俺が看取ってやらなければ、誰にも認められることもなかったのか?
レンは先ほどまで考えていたゴミのように死ぬという言葉の重みがのしかかってきたような気がした。
通行人が横切って行く。彼らはすれ違いざまに小さく吐き捨てた。
「きたねぇな」「くせぇ」「公安に連絡してよ!」「ゴミはゴミ箱にでも捨てとけよ……」
口々にそう罵った。レンに対してではない。この、物言わぬ子供だった『物』に、心無い言葉を掛けている。
気が付けば俺は無理やり口の中に握り飯を押し込み、飲み込むとその子供を担ぎ上げていた。暖かいかと思っていたその体はすでに冷たく重かった。
◇
町のはずれまで走った俺は知んだ子供を人目につかない場所に埋めた。人に見つかればあのような心無い言葉を掛けられると思ったからだ。
「……」
彼らはいったい何をしていたのだろうか。小さなおにぎり一つ、恵んでやることはしなかったのだろうか。遺体にはいくつも痣があった。暴力を振るわれたに違いない。
確かに彼らには助けてやる義理もないし義務もないかもしれない。だが、だからってこんなになっても無関心なんておかしい。しかも暴力まで振るうなんて……。
そして同時にレンは後悔した。もっと早くあの路地にたどり着いていれば、自分のおにぎりを分けてあげられたかもしれない。
(……いや嘘だ)
レンは心の中で否定する。手を差し出された時レンは何も出来なかった。しかもその後無意識にちゃっかり食べていた。きっと、取られるのが嫌だったんだ。哀れに思うのならお供えしてあげるくらいしてもよかったはずなのに、だ。
「俺は、体が動くから、訓練生として居られた。でもそうでないもっと小さい子や、体の弱い子は、こうなるしかないのか……」
俺は後ろ髪を引かれる思いで立ち上がり、その場を後にした。