ー何かー
タナトス。
解放政策最高責任者に選ばれた時に与えられた役職としての名前とはいえ、自分の名前を思い浮かべたタナトスはその名を今まで忘れていたような感覚と、思い出してなお自分の名前として認識できないような、不安定な感覚に揺られていた。
地上が平和だった頃の伝説に出てきたという死神の名前。それを背負う意味を考えてタナトスは目を閉じる。
解放政策と託けて、今までに何人の人を殺したのか。
39,761人だった。39,761人もの人間を、ただ自分の前を通ったん高齢者の中から適当に選んで殺した。
それは思い出すまでもなく覚えていた。いや忘れられなかったのだ。
そんな考えを幾度となく繰り返してきた少年は10歳になったその日から死神の名を背負った。
このシェルターで1年に生まれる子供は約5000人。
つまり39,761人を選抜したタナトスは死神になってから約8年間が経ち、年齢は18歳になっていた。
そうか、もう18才だったのかと、そんな事も思い出せないほどにタナトスは死神の名前に囚われていた。
全員のナンバーと顔は忘れられなかったにもかかわらず。
すると、タナトスの家の扉が叩かれた。
殺風景な狭い部屋の真ん中に座り込むタナトスは、扉の向こうにいる誰かに問いかける。
「……誰だ。」
しかしそう言いながらも答えは分かっていた。
周囲から死神と恐れられているタナトスの家にやってくるのは、〈スケール〉と呼ばれる、このシェルターを管理している統治団体から派遣された役員ぐらいだった。
するとタナトスにとっては聞き覚えのある少年の声で返事が帰ってきた。
「定例議会です。」
「すぐ行く。」
「タナトス。いつもすまないね。」
「お疲れ様。ゆっくりと休んでくれ。」
「大したことはできないが、何かあれば言ってくれよ。」
シェルター中央区に建つスケール管理棟に着くと、タナトスと対等に会話できる誰もがそう声をかける。
しかしタナトスにはその皆に安心と同情の目が見えていた。
「そんな慰めはいい。早く集まれ、さっさと終わらせたい。」
「では今からスケール第1256回報告議会を始める。」
薄暗い部屋の中央に置かれた長い机を囲んでタナトスような最高責任者、通称〈権利持ち〉が全員座ると、部屋の一番奥に座っていた、このシェルターで最も位の高い〈シェルター及びスケール最高責任者〉のガイアがいつもの挨拶をした。
その挨拶にガイアの隣に座るタナトスは「七面倒な……。」と心で呟く。
この議会では権利持ち達がシェルターの問題や活動の報告をする。と言ってもそれは大抵が問題だけだった。
次々と報告をしていく権利持ち達は机の上にぶら下がるライトに照らされる。しかしその権利持ちの後ろに立つ〈付き人〉達には身長や立ち位置によっては灯りが当たらず、姿が影に隠れていた。
「では次、タナトス。」
気付けばタナトスが報告する順番だった。
「先月の報告議会の後から4,691,030番、4,692,811番、4,693,682番、4,691,707番、4,693,634番、4,693,882番、4,693,941番、4,691,287番、4,693,970番、4,692,135番、4,691,918番、4,690,387番、4,692,271番、4,693,135番、4,693,057番、4,690,769番、4,692,885番、4,690,490番、4,691,896番、4,690,509番、4,690,800番、4,692,191番、4,690,454番、4,691,324番、4,693,136番、4,694,105番、4,693,108番、4,694,719番、4,693,128番、4,694,268番、4,692,980番、4,693,799番、4,694,844番、4,690,605番、4,692,371番、4,694,065番、4,693,164番、4,691,121番、4,691,130番、4,694,851番、4,693,323番、4,692,579番、4,694,118番、4,692,934番、4,693,144番、4,694,590番、4,692,919番、4,693,535番、4,693,776番、4,690,411番、4,692,987番、4,693,572番、4,691,489番、4,690,819番、4,692,054番、4,690,292番、4,690,677番、4,694,238番、4,692,610番、4,694,917番、4,691,395番、4,690,878番、4,692,743番、4,693,590番、4,692,384番、4,693,529番、4,692,762番、4,694,017番、4,691,786番、4,692,683番、4,692,719番、4,693,687番、4,693,631番、4,692,888番、4,693,580番、4,694,541番、4,692,318番、4,694,343番、4,691,133番、4,692,467番、4,694,151番、4,690,399番、4,690,741番、4,693,691番、4,693,078番、4,693,820番4,692,795番、4,691,598番、4,692,761番、4,690,857番、4,691,768番、4,693,556番、4,691,870番、4,690,048番、4,690,648番、4,694,589番、4,690,709番、4,692,294番、4,690,427番、4,691,998番、4,692,846番、4,692,307番、4,693,102番、4,693,093番、4,694,007番、4,692,186番、4,692,289番、4,693,658番、4,692,210番、4,693,827番、4,690,350番、4,694,269番、4,694,814番、4,690,581番、4,691,282番、4,691,227番、4,692,539番、4,690,089番、4,692,281番、4,691,828番、4,693,270番、4,694,433番、4,692,679番、4,691,344番、4,694,914番、4,692,983番、4,691,456番、4,692,497番、4,691,621番、4,692,851番、4,694,806番、4,694,054番、4,693,638番、4,693,436番、4,694,209番、4,691,921番、4,692,470番、4,694,285番、4,690,001番、4,692,527番、4,694,434番、4,690,556番、4,692,026番、4,691,081番、4,694,179番、4,691,745番、4,690,148番、4,692,324番、4,694,391番、4,690,028番、4,690,227番、4,691,150番、4,694,043番、4,694,948番、4,692,749番、4,692,071番、4,693,587番、4,691,706番、4,691,208番、4,692,506番、4,691,616番、4,690,263番、4,693,537番、4,693,301番、4,693,938番、4,691,350番、4,693,637番、4,694,089番、4,692,365番、4,692,009番、4,693,583番、4,690,999番、4,694,241番、4,691,399番、4,694,838番、4,692,468番、4,690,950番、4,694,875番、4,694,379番、4,692,626番、4,692,746番、4,693,559番、4,693,678番、4,694,622番、4,690,536番、4,693,724番、4,690,679番、4,694,809番、4,694,757番、4,691,284番、4,691,261番、4,694,709番、4,694,335番、4,693,440番、4,694,643番、4,691,512番、4,690,306番、4,693,183番、4,692,418番、4,691,859番、4,690,566番、4,692,391番、4,694,677番、4,692,409番、4,692,099番、4,694,441番、4,692,845番、4,693,646番、4,692,095番、4,693,481番、4,694,565番、4,691,825番、4,693,729番、4,692,545番、4,690,552番、4,690,040番、4,693,385番、4,694,248番、4,691,242番、4693,526番、4,693,213番、4,691,205番、4,694,390番、4,691,334番、4,693,284番、4,690,369番、4,693,454番、4,692,404番、4,692,303番、4,690,127番、4,691,785番、4,690,886番、4,690,199番、4,692,299番、4,691,908番、4,690,344番、4,693,379番、4,691,135番、4,694,843番、4,693,010番、4,694,375番、4,690,406番、4,693,457番、4,693,974番、4,691,788番、4,694,212番、4,691,729番、4,690,460番、4,690,541番、4,691,294番、4,690,145番、4,691,515番、4,692,523番、4,691,905番、4,691,612番、4,693,680番、4,692,623番、4,694,993番、4,693,119番、4,690,825番、4,691,723番、4,691,036番、4,690,920番、4,692,806番、4,691,894番、4,694,345番、4,691,114番、4,692,624番、4,692,552番、4,691,992番、4,691,358番、4,691,085番、4,690,970番、4,693,329番、4,690,917番、4,690,225番、4,694,544番、4,693,663番、4,691,583番、4,691,060番、4,690,158番、4,691,063番、4,693,760番、4,693,172番、4,691,760番、4,692,615番、4,691,089番、4,692,434番、4,692,915番、4,690,940番、4,692,464番、4,691,705番、4,691,802番、4,690,902番、4,693,220番、4,691,124番、4,691,865番、4,690,724番、4,691,272番、4,691,838番、4,692,723番、4,691,447番、4,694,580番、4,693,042番、4,692,227番、4,692,733番、4,690,914番、4,691,903番、4,691,494番、4,692,855番、4,691,559番、4,692,049番、4,694,159番、4,693,527番、4,694,419番、4,691,128番、4,693,259番、4,691,122番、4,691,973番、4,694,594番、4,694,940番、4,693,597番、4,691,037番、4,691,186番、4,691,027番、4,692,997番、4,693,837番、4,693,581番、4,692,309番、4,693,850番、4,692,581番、4,693,986番、4,692,444番、4,690,668番、4,691,689番、4,691,237番、4,694,743番、4,692,312番、4,691,418番、4,692,198番、4,692,015番、4,693,739番、4,693,305番、4,692,953番、4,690,267番、4,690,752番、4,693,611番、4,690,518番、4,691,169番、4,690,900番、4,694,032番、4,691,053番、4,691,230番、4,690,147番、4,693,507番、4,693,208番、4,690,619番、4,691,102番、4,692,399番、4,691,385番、4,693,615番、4,694,431番、4,691,079番、4,691,538番、4,694,486番、4,694,400番、4,693,948番、4,693,907番、4,691,364番、4,692,765番、4,691,487番、4,691,032番、4,693,060番、4,690,954番、4,691,330番、4,691,822番、4,691,098番、4,690,959番、4,692,282番、4,691,783番、4,691,440番、4,692,917番、4,694,729番、4.692,738番、4,690,389番、4,692,922番、4,690,289番、4,694,472番、4,693,441番、4,690,511番、4,694,445番、そして4,692,973番の計392人に解放命令を出した。今日解放命令を出した4,692,973番の家族の1人は抵抗したが本人は抵抗せず。場所、時間はいつも通り伝えたが、想定外の事が起きたため、もう一度伝えておいてくれ。後は解放門の鍵が少し錆付いていた。整備を頼む。以上。」
そう淡々と報告をすると部屋に静寂が流れた。
タナトスはその静寂に「人を殺したのになぜ落ち着いていられるのかなどと考えているのだろう。」と目を伏せる。
そしていつも通り議会が終わるのだろうとタナトスは立ち上がる。
するとガイアが手を叩いた。
「では最後に。」
その言葉に出口へと向かっていたタナトスは足を止めガイアに目を向ける。
「先に報告してもらった育児者の後継者に挨拶してもらおう。」
育児者、それは出産や新しく生まれた子供の育児の手助け、そして子供の教育を行う者達のこと。それは大まかに言えばタナトスと反対の立場だった。
ガイアの視線を追うと、付き人達の立つ影から1人の少女が現れた。
「初めまして……じゃない人もいるかもですが。育児者に選ばれたマリアと言います。よろしくお願いします。」
そう挨拶をしてお辞儀すると権利持ち達や付き人達はマリアに向けて拍手を送る。拍手の中、マリアは頭を上げるとはにかみ笑いを浮かべた。
夕陽だった。
タナトスが以前閲覧制限古書で見た黄金色に輝く夕陽。その黄金色に輝く髪と瞳にタナトスは目を奪われた。
年は……タナトスより1つ2つ下といったところだろう。
するとふとこちらを見たマリアと目が合う。しかしタナトスはすぐに目を逸らし解散の言葉を待った。
一つの命を育てる彼女は命を奪うタナトスを軽蔑し、同情し、安堵しているだろう。死神は死神らしく生きなければいけないのだと、タナトスは再認識した。
拍手が収まるとガイアがまた七面倒な挨拶をした。
「以上、スケール第1256回報告議会を終了する。解散。」
一番早く部屋を出たタナトスは薄暗い廊下を歩いて行く。
すると走る足音と共に服の裾が引っ張られた。
タナトスが振り返ると、そこには彼女がいた。美しいとしか言えない黄金の髪を揺らした彼女。マリアだった。
「あ、あの。タナトスさん!」
「……何だ?」
「す、少しいいでしょうか?」
タナトスを見上げるマリアは涙目だった。
「要件は?」
あまり人の通らない場所の硬い長椅子に座りタナトスはそう問いかける。
「………。」
一瞬何が起こったのか分からなかった。
タナトスは突然暗闇に包まれたのだ。暖かく、他人の匂いがする暗闇は、体の力が抜ける感覚を引き起こした。
そう、椅子に座るタナトスはその前に立つマリアに頭を抱えられるようにして抱きしめられていたのだ。
「どう言う事だ。」
一向に離す気配のないマリアに抱きしめられたまま問うと、マリアは小さく笑った。
「こう言う事です。貴方が少しお疲れのようでしたので。」
見当違いなマリアの言葉にタナトスは鼻で笑う。
「疲れる?俺が?一日中部屋にこもって、動きすらしない俺が?勘違いだ。俺の体は弱いが健康的だ。」
するとマリアはタナトスの髪を撫でた。
「確かに体は元気かも知れませんね。でも、疲れとは体だけではありませんよ?」
「体以外に何がある。」
「……辛かったのでしょう?」
………。
「……苦しかったのでしょう?」
………。
「……1人、寂しかっ」
「やめろ。」
タナトスはマリアの腕を払って、マリアの顔を見上げる。
「そんな同情がしたければ」
すると慣れない感触がタナトスの頬を伝う。
しかしその正体を確かめる間もなく、マリアがまた、しかしさっきよりも強く、大きく、優しく抱きしめたのだった。
「やめろ。」
タナトスは頭を抱えるマリアを無理やり引き剥がそうとしたが、マリアは意地でも離さなかった。
「貴方が泣き止んだらやめます。」
マリアの泣くという言葉に引っかかったタナトスはマリアとの隙間から目元に触れると、確かに涙が溢れていた。絶えることなく。
しかしその涙は感情ではなく、体の異常。そう自らに言い聞かせると同時に、マリアの言う疲れは心の疲れのだと理解したのだった。
「死神に心はない。」
そう先の言葉に答えるように呟くと、マリアは抱きしめる手をほどきタナトスの目を見た。
「そう、かもしれませんね。でも貴方は死神じゃない。1人の人間。優しい人間。」
初めて言われたその言葉にタナトスはマリアを強く睨みつけた。
「優しい?この人殺しが?」
するとマリアは、どこか寂しい表情を浮かべた。
「人殺し、ですか。確かに貴方は人殺しに似た行為をしたかも知れません。でも、本当にただの人殺しなら涙は出ませんよ。」
そう言って涙を拭おうとするマリアの手をタナトスは払い退けた。
「これは体の異常だ。感情ではない、俺に心はない。」
あってはいけない。仕事に支障が出てしま。
「仕事に忠実なのが正しい訳ではありませんよ?」
マリアはタナトスの心を読んだかのように否定言葉を口にした。
「貴方の事を心配する人もいると知ってください。」
そう言ってマリアは微笑みかけ、タナトスの目尻の涙を指で拭うと、「ごめんなさい時間がなくて。」と会釈をしてそそくさと何処かへ行ってしまった。
マリアが何処かに行ってから少しして、タナトスは長椅子の上で膝を立てた。
「なんなんだあいつは……。」
そう呟いたタナトスは、何故マリアはあんな事をしたのか、そして何故自分が泣いたのか。分からないままだった。
あれ以来、タナトスはよくマリアを見かけるようになった。解放者を選抜する時。食糧を貰いに行った先。そしてスケール報告会議。
この辺りに住んでいるのか。はたまたタナトスに何か用事があるのか知らなかったが「……まあ二つ目はないか。」と深く目を瞑った。
するといつもより速く強くタナトスの家の扉が叩かれた。
いつも通り、部屋の真ん中に座り込むタナトスは、扉の向こうにいる分かりきった誰かに問いかける。
「……誰だ。」
すると前回と同じく、いつもの声で返事が帰ってきた。
「スケールからの緊急招集です!」
しかしその声はいつものような静かな話し方ではなく、急いだ様子の早口だった。
その報告を聞いたタナトスは1人小さく首を傾げる。
緊急招集などは滅多にあることではなかった。せいぜい権利持ちが後継者もいないままに死んで、後継者の選抜を急ぐ時程度。それこそよほどの事がない限りは……。
「誰か死んだのか?」
いつも通り、タナトスは微動だにせず扉越しに会話を続ける。
「間違いではありませんが、死んだのは4,692,973番。先日の解放者です。」
しかしその言葉にタナトスは目を見開いた。
死んだ事は分かっていた。しかし解放門より外に行くことはタナトスが開放を命じない限り誰もするはずがなく、死んだ事は確認できないはず。つまりは4,692,973番は解放門から見える場所で死んだ事になる。
だが年間約5000人もの人間を送り出す中でそれに似た事はあれど、今回のように緊急招集された事などはなかった。
「何があった。」
そう問いかけると扉の奥から重たい声がタナトスに届いた。
「〈何か〉に殺されたようです。」
そう言われた次の瞬間、タナトスは壊す勢いで扉を開く。
そこにはタナトスよりもいくつか歳下だろう、幼さの残った少年が驚いた顔で立っていた。
「事故という可能性は?」
このシェルターには人間と牛、鶏、豚、魚などの家畜、稲、芋などの農作物しか生物はおらず、人間を意図的に殺せるのは人間しかいない。
「ありません。それよりも、殺した〈何か〉はこのシェルター内の生物ではない可能性も……。」
その言葉にタナトスは見開いた目をさらに見開き、閉じた瞳孔で空を見つめた。
そして数秒が経ち、タナトスは落ち着いた目で役員に目を向け直す。
「とにかく現場を見る。詳しい話は歩きながら聞かせろ。」
タナトスと役員はこのシェルターで1番多くの人が行き交う中央通りを人の間を縫いながら解放門に向かっていた。
「つまり人間の胴体を皮一枚にできる何かを持った生物がいるということか。」
タナトスが人波を進むと、2人に気が付いた人々が逃げるように距離を置き、道ができていった。
それはタナトスが恐れられているという証拠と、それだけの力を持っているという証明だった。
「そうとしか……切断面を見る限りでは一撃。人間の力では到底不可能です。いえ、例えスケールの管理をかいかいくぐって電力を盗めたとしても、一撃で人を切り裂く道具なんて………。」
シェルター(ここ)で唯一人間を殺せる人間にできないのなら、結果〈外〉の生物だと判断せざるを得なかったのだ。
「それも含めてスケールの方々に判断をと……。」
なのに何故、管理棟ではなく現場に向かうのかとでも言いたそうな役員にタナトスは目を向ける事なく答える。
「それはいいが、現場をみなければ会議も何も意味がない。」
そんなことを言って道を進んでいると、先に今際使われていない運搬路跡のとんねるが見えてきた。
しかしいつものように人気が無いことはなく、立ち入りを禁止した上でスケール役員が出入りしていた。
「タ!タナトス様!?」
立ち入り禁止と書かれた紙のついた紐の前に立つと一人の役員が驚きの声を上げた。
「現場を見せろ。」
そう言ってタナトスは返事を聞くよりも早く、紐を跨いで運搬路へと進んだ。
薄暗い運搬路跡に入ってから数十メートル進んだところにある開放門に近づくとその異常な全容が見えてきた。
慌ただしくスケール役員が作業をしている解放門は、運搬路の壁にある人一人がちょうど通れる出口に鉄格子を付けたいつもの姿では無かった。
「どうやったら、こうなる。」
そうタナトスが呟くと、家にきた役員が同じ言葉を繰り返した。
「ですから、外の生物だと判断せざるを。」
「違う。」
しかしタナトスは役員の言葉を遮る。
そんな事はすでにわかっていたのだ。
「今はその次の問題だ。」
タナトスは近くで作業をまとめていた役員に声をかける。
「外の生物やらを見た奴は?」
するとその役員は突然現れたタナトスに驚いた表情を見せたが、すぐに首を横に振った。
「いません。殺されたのは消灯後のようですし。何より解放門には誰も近づきません。」
当たり前か。
タナトスは「そうか。」と呟くともう一度解放門に目を向けた。
まるで紙のようにグシャグシャと曲がり、吹き飛ばされた鉄格子。
「もう、これをやったのは外内関係なく生物だろう。」
何か硬いものを擦り付けたような跡が残った壁。
「だとしても。どれだけの力と大きさがあれば……。」
そして、4,692,973番だけでは足りない量の血が。
「こうなる……。」
その全てを染めていた。