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The Flag Of Spirits ~刻まれた使命と異能の紋章~  作者: まとりーる
第一章 人形悲劇が幕を開ける
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第九話 喪失

 皿の上の食料は減っていないが、血で染まってしまった。もう、食べられない。


 「あ、あ……」


 真っ赤に染まった縄が落ちていた。縄には結び目があった。ラッグはその結び目に見覚えがあった。当然だ。彼が結んだのだから。


 「ああ……!」


 血だまりに黒い毛髪が浮いていた。リーズの髪は、ラッグと同じ黒だった。


 「あああああああああああああああ!!!!!!」


 ラッグの慟哭はイクスたちにも届いた。悲劇を想起させる悲痛な叫びだった。

 彼らが家に着いたとき、ラッグは血の海に崩れ落ちて大粒の涙を流していた。えずく声が泣き声の中に時折混ざる。猛烈な吐き気に襲われているが、昨日から何も喉を通っていない彼から出るのは声と胃液だけだった。


 「これは……」


 「妹さん……だよね~」


 ラッグの身の上についてはチェインとシールも聞いている。

 両親は魔物に殺された。ラッグは当時六歳で、それ以来兄妹は寄り添うように暮らしてきた。多くを望まず、境遇を嘆かず、他を妬まず。彼らは慎ましく生きてきた。多くの村人が兄妹に手を差し伸べ、温かく接した。華やかさこそ欠けていたものの、確かな幸せがそこにあった。

 それが、消えた。人形遣いによって奪われて、たった今消えた。村人はことごとく死に絶え、あの毎日は、あの思い出は、あの幸せは、もう二度と戻ってこない。

誰もいなくなった村の、小さな家で、ラッグが泣く声だけが聞こえる。

 どう声をかければいいのか、二体の精霊には見当も付かない。


 重い沈黙がしばらく続いた後、ラッグは立ち上がった。死人のような顔色だ。瞳に光はなく、焦点は定まらない。


 「ら、ラッグ……?」


 「どうしたの~?」


 困惑の声には答えず、ラッグは静かに呟いた。


 「……『招集』」


 チェインとシールのときのような光は現れない。異能が発動していないのだ。

 

 「『招集』『招集』……『招集』『招集』! 『招集』! 『招集』!!!」


 何度繰り返そうと結果は変わらなかった。しかし、ラッグは止まらない。叫ぶ。叫ぶ。狂ったように叫び続ける。


 「ラッグ、落ち着け! いったいどうしたのだ?」


 「呼ぶんだよ、精霊を! 生き返りか、時間を戻す異能が使える精霊を呼んで! リーズを生き返らせるんだ!!」


 実際、狂っているのかもしれない。再び叫び始めたラッグを前に、チェインは言葉を失った。


 「『招集』! 『招集』! 『招集』! ……なんで、なんで来てくれないんだ!! 早く!早く来い!! 『招集』!!」


 「ラッグ~……」


 「来い! 来いよ! 精霊は三体まで呼べるんだろ!? なら、来てくれ! 『招集』! リーズと約束したんだ! お兄ちゃんが助けるって! だから、助けないといけないんだ!! 『招集』! 『招集』!」


 「もうやめろラッグ。無駄だ」


 ラッグは叫ぶのをやめてイクスを見た。静かな表情の下に激しい怒りが燃え滾っていることは明らかだった。


 「……イクス、今なんて言った? 無駄? 無駄って言ったのか? どうしてそんなことがわかるんだよ! どうしてそんなことが言えるんだよ! チェインもシールも、すごい異能が使えるじゃないか! なら、きっと、リーズを生き返らせる異能だって……」


 「それだけ呼んで来ないってことは、いないってことだ。お前もわかってるだろ」


 「……そんなことない! そうだろ、チェイン!」


 「……死者の蘇生と時間の逆行は、どちらも世界の理に反するものだ。死者は蘇らず、時間は戻らない。いくら精霊とはいえ……いや、世界を維持する精霊だからこそ、その絶対の理に立ち向かうことはできない」


 「なんだよ、それ……。それじゃあ、リーズは……」


 「……もう、どうにもならないのだ」


 「そんな、そんな……」


 力を失い倒れたラッグをチェインが抱きとめる。


 「う、ぐ、うあああああああ!!!!」


 ラッグはチェインの胸の中で泣いた。シールが駆け寄り、ラッグの背中を優しく撫でる。チェインも、ラッグを抱く腕に自然と力が入った。


 ラッグはしばらく涙を流し続け、泣き疲れたのか、静かになった。


 「……ひとまず、別の場所で寝かせよう。目が覚めたときにこの光景が目に入れば、心が完全に壊れてしまうかもしれない」


 「そう、だね~……」


 チェインたちはラッグの家を離れ、村の別の家に入った。そこの寝台に、起こさないように慎重にラッグを寝かせる。無断で侵入し、あまつさえ寝台を勝手に使う彼女らを咎める者はもういない。


 「これからのことは、ラッグが目覚めてから決めよう。イクス、それでいいか?」


 「……ああ」


 「よし。では、私たちも休むとしようか。シール、仮眠を取った方がいい。昨夜は無理をさせてしまったからな」


 「うん……。でも、もう少し起きてる~」


 「そうか。……私もそうしよう」


 チェインとシールは椅子に座り、ラッグの寝顔を見ていた。はっきりと残る涙の跡は、十六歳の少年が背負うには重すぎるものだった。


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