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The Flag Of Spirits ~刻まれた使命と異能の紋章~  作者: まとりーる
第一章 人形悲劇が幕を開ける
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第八話 人形劇の終わり

大量の出血の描写があります。苦手な方はご注意ください。

 「あ──」


 ぬかるんだ道に物を落としたような音がした。

 飛び散ったのは、赤、赤、赤。

 同時に飛び散った白い固体を骨だと認識したところでラッグの思考は完全に停止した。

 人形がすべて破裂した。今のラッグはその事実を受け止められるような状態ではない。


 「チェイン! てめえ何しやがった!」


 「ち、違う! 私ではない! 私の異能では何も殺せないのだ! 縛った者を潰すような力など、とても……」


 「だろうな! クソッ!」


 イクスもわかっていた。人形は破裂する直前、不自然に膨らんだ。ラッグが気付いた異変に気付かない彼ではない。人形は内側からの力で壊れたのだ。それも、すべて同時に。

 

 「人形遣いだ……!」


 悪魔の所業としか思えなかった。


 「だが、もうわかった。おい、ラッグ」


 「…………」


 「ラッグ! おい!」


 「…………」


 イクスの声はラッグに届いていなかった。彼の思考はようやく動き出したところだった。

 さっきの音はなんだろう?

 これはなんの臭いだろう?

 転がっている赤いものは?

 飛び散ってるあかいものは?

 さっきまでここにあったのは?

 さっきまでここにいたのは?


 「み……みんなが……」


 現実がラッグの膝を折った。盾は手から滑り落ちた。肉片が浮く血だまりに両手をついて、その色と、臭いと、手触りで、我に返る。

 地下壕の中、ラッグの視界に映る生命はイクスを除いて他にない。振り返ればチェインもいるだろうが、それだけだ。見える範囲の人形は個人の区別さえつかないほど粉々になり、動き出す気配はなかった。

 昨日のうちに、人形はすべてこの地下壕に移動させた。村人の全員と、町人の一部。助けるべき人々を無残に失った事実。

だが、これを超える絶望が、深い闇が、ラッグの心を捕らえて放さない。


 「……リーズ!!!」


 「待て! ラッグ!」


 「どうしたのだラッぐむぅ!」


 イクスの制止も聞かず、チェインを躊躇なく踏み付け、ラッグは出口を目指す。


 「あれ~。ラッグどうしたの~?」


 入口で待機していたシールにも答えない。ラッグはがむしゃらに西を目指す。彼の家がある方角だ。


 「シール! ラッグを止めろ! 『異能』を使え!」


 「え~、無理だよ~」


 「いいからやれ!」


 「はいはい~。『幽閉』」


 ラッグを中心にして、半球状の金色の壁が現れる。気付いているのか、いないのか。ラッグは脇目も振らず走っている。

 すぐに壁にたどり着き、人形がどれだけ殴ろうと壊れなかったそれを、ラッグは通過した。まるで何もないかのように、速度を変えず、それどころかさらに上げて走り抜けたのだ。

 目を疑ったイクスだが、すぐに理由に思い当たった。


 「『異能の影響を受けない』ってのはああいうことか!」


 「だから言ったのに~」


 悪態をつく時間も惜しいと言わんばかりにイクスは駆け出した。少し遅れてシールとチェインが続く。


 「中で何があったの~?」


 「後で話す! ラッグ、止まれ!」


 (リーズ……!)


 町に来た人形、加えて新たに町で生まれた人形はすべてあの地下壕に閉じ込められていた。だが、すべての人形を閉じ込めたわけではない。

 町を目指すよう命令された人形の中に、唯一の例外が存在した。ラッグによって四肢を縛られ、行動を封じられたリーズだ。ラッグの最愛の妹は、あの場にはいなかった。

 イクスの言葉を聞き入れるはずもない。ラッグは確かめなければならなかった。壊れたのは地下壕の中の人形だけなのか、それともすべての人形なのか。


 最悪の答えに対する心の備えもできないままラッグは山を越える。人形たちが町へ向かったときのような、なりふり構わない全力疾走だ。

 家にたどり着く頃には、すっかり空が明るくなっていた。

 ラッグは扉に手をかける。動機が、汗が止まらないのもここまで走ったせいだと言い聞かせる。じっとりと付きまとう絶望をありえないと振り払う。それでも手の震えは収まらない。


 (様子を見るだけ、見るだけだ……。リーズと話して、ご飯が足りないようなら用意して、それで、町に戻る。それだけのことなんだ……)

 

 重大なことなど何もないと脳内で反芻したラッグは目を閉じたまま、震えが少し弱くなった手で扉を開けた。イクスが蹴破ったのを直したせいか、手ごたえは重い。


 ラッグを迎える声はない。聞こえるのは、自分の呼吸と鼓動だけだった。

一歩、踏み入る。住み慣れた家のはずなのにそうと思えない。理由は明らかだった。血の臭いが充満しているからだ。

 もう一歩、進む。足元で水音がした。

 ラッグは過呼吸を起こしていた。固く閉じた瞼がもたらす暗闇が、彼にとって最後の希望であり、心の支えだった。

 だが、目を開けなければならない。制止を振り切ってここに来た以上、確かめなければならなかった。


 「あ……」


 そしてラッグは見た。一面に広がる赤い染みと、転がる細かな肉片を。


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