第七話 突入、地下壕へ
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唯一の出入り口をシールの異能で封鎖することにより、二百近い人形を地下壕に閉じ込めることができているのが現状だ。シールが寝ない限り人形が外に出る危険はないが、地下壕の中では人形たちが動き回っている。そんな空間に無策で飛び込めば、数で劣るラッグたちが無事でいられる保証はない。
「じゃあ、三つ数えたら異能を解除するから~」
張り詰めた空気の中に、シールの声がふわふわと浮かぶ。
「さん~」
先頭のチェインは沈痛な面持ちで前を見据えている。
「に~」
その後ろはラッグ。兵士から借り受けた盾の持ち手を、縋るように強く握りしめている。
「いち~」
最後尾に控えるイクスは、いつもの剣ではなく狩りの道具の一つである小刀を手に持っていた。
「解除~」
シールの声に合わせ、地下壕への入り口を覆っていた金色の壁が消えた。それと同時、シールを除いた三人が地下壕へ駆け込む。
内部の構造については事前に兵士から聞いていた。しばらく細い道が続き、突き当りに大人数が入れる空間がある。
「通路に操られた者はいないようだ!」
「なら全員奥だな。おいチェイン、しくじるんじゃねえぞ。お前の不手際一つでラッグが死ぬ」
「貴様も死ぬだろうイクス。だが心配するな。安心して私に命を預けるといい!」
「……この奥にみんなと、人形遣いがいるんだよな?」
「ああ。ラッグ、お前は焦るな。見落とさないように、確実に候補を見つけ出せ」
「私としては、できるだけ早い方がありがたいがな!」
「もう少し小さい声で話せ馬鹿」
直角の道を曲がると、ちょうど最奥の空間に出るところだった。
チェインの声に反応したかどうかは定かではないが、すでに数体の人形がラッグたちを補足している。
「では、手筈通りに!」
飛びかかろうとした三体の人形を『拘束』したチェインは、そのまま地面にうつ伏せに倒れこんだ。首だけを持ち上げて前に顔を向け、人形ひしめく広間を睨みつける。
地下を埋め尽くすほどの光球が浮かんだかと思うと、そのすべてが人形へ向かって飛ぶ。
ラッグが安全に人形遣いを探せるようにする。そのために人形をすべて無力化するのがチェインの役目だった。自分から倒れたのは、異能の反動による負荷を少しでも減らすためだ。
「ラッグ、イクス! 後は任せたぞ!」
自らの頭上を飛び越えていった二人を見届ける。昨日の反動よりはるかに大きなそれを受けたチェインは声を出すだけで精一杯だった。
「村長と医者と神父ってのは男か?」
「そうだ!」
「そりゃあいい。探す手間が一気に半分だ!」
倒れた人形の中をラッグとイクスが駆け巡る。
うつ伏せに倒れた人形を、イクスが蹴り転がして仰向けにさせる。女子供には目も向けなかった。
ラッグは目を皿のようにして人形たちを見る。チェインの異能が光源となり、地下壕の中は昼だと錯覚するほど明るい。照らされた人形の中には腕を失った者がいる。涙を流す者がいる。とうに息絶えた者がいる。
(違う、違う、違う)
だが探すべきは彼らではない。すべての元凶。倒すべき悪魔。人形遣いを見つけるのだ。
(違う)
早く。
(違う)
早く。
(違う)
一刻も早く。
「……見つけた!」
「どれだ?」
「少し太ってる赤い服の人! 村長だ!」
それを聞くやいなやイクスは目標に馬乗りになり、小刀で服に切れ目を入れる。
「ひっ……! た、頼む、殺さないでくれ! ラッグくん、助けてくれ!」
「騒ぐな!」
イクスはその切れ目から服を引き裂いた。露わになった村長の胸には──
「赤い異能紋! 外れだ!」
そう吐き捨てたイクスは立ち上がり、再び駆け出す。すでに村長など眼中にない。
「村長、必ず……必ず助けます!」
ラッグは安堵して、すぐに自らの態度を改めた。村長が人形遣いでなくてよかった。よかったが、ただ候補が絞れただけで事態が解決したわけではない。
「あとは神父と医者だ」
「どっちかが、人形遣い……!」
ラッグは血眼になって周囲を見回す。見つけるべき候補は減り、探すべき範囲も狭くなった。それでも油断はせずに人形たちに目を向ける。
怯えた目。震える体。助けを求める声。それらを無視して目標だけを探す。どれほどラッグの心が抉られただろう。人形の多くは顔見知りだというのに。
必死に心を殺している最中。ラッグはふと、違和感を覚えた。
(今、操られてる人が膨らまなかったか……?)
すでに見終えた範囲をもう一度見返し、違和感が確信に変わる。
縛られている人形の体積が増えている。革袋に水が入るように、膨らんでいく。
「イクス! なんだか様子が──」
おかしい。そう、言おうとした瞬間だった。