第六話 人形遣いは何処へ
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朝。兵士の協力により、生き残った町の人が全員広場に集められた。
顔を出すよう言われた彼らの顔を、ラッグが一人一人確かめていく。村にいたはずの悪魔、人形遣いを見つけるために。ラッグは注意深く町人の顔を自分の記憶と照らし合わせる。人の顔を覚えるのには自信があった。
そんな彼が広場を一周して出した結論は、望んだものではなかった。
「あの中に人形遣いはいない。村人は、いなかったよ」
「間違いないんだな?」
「うん。村にいたとき、この町にはたまに来てたんだ。そのときの顔見知りはいたけど……」
「村との接点は薄い、と。逆に町から村に来ていた人間はいないのか?」
「マーチさん……あ、町の商店の次男なんだけど、村との取引はその人がしてたんだ」
「そいつは?」
「殺された、って。店を守ろうとして、一人で立ち向かって……」
ラッグは俯いて、何も言えなくなってしまった。
どうしてこんなことになったのか。その問いが改めて頭を駆け巡る。人形遣いだけが答えを知っている。だがその影は捉えようとしたところで消えてしまった。そう思うと、ラッグの胸に重苦しいものがこみ上げてくる。
「いないということがわかったのだから、そう落ち込むなラッグ! 早く町を出発して、悪魔を追いかけなければ!」
「いや、まだこの町でやることはある」
ラッグのために空気を変えようとしたチェインだが、イクスに妨げられてしまった。
「ほう……イクス貴様、その『やること』とはなんだ? 言ってみるがいい」
「俺も知りたい。できることがあるなら、やらないと」
「人形遣いが留まっていると仮定して、誰もいない場所に隠れているか、逆に人混みに紛れるかの二択だ」
「なら、前者だな」
「理由は?」
「当たり前だろう。生き残った者の中に人形遣いはいなかったのだぞ」
「そうだな。だが、まだ紛れられる人混みはある。そこを調べてからでも、町を出るのは遅くない」
「人混みって、操られてる人たちのこと~?」
シールがいち早く気付いた。異能を発動し続けている彼女は、常に人形たちの存在を意識していたのだ。彼女の頬は赤く腫れていた。イクスにつねられた跡だ。
イクスが頷く。その行為が与えた衝撃は小さくなかった。
「何を馬鹿な! そんなことをすれば、自分が襲われてしまうではないか!」
「……いや、待ってくれチェイン。操られた人は仲間以外を襲うように命令されているんだ。その『仲間』に人形遣い本人が含まれていないはずがない。多分だけど、あの模様がある人が仲間として扱われるんじゃないかな。人形遣いも色違いの同じ模様が胸にあるはずなんだろ?」
「それは、そうだが……。……言われてみれば、その可能性も十分あり得る。操られた者として一括りに捕まっていれば、疑いの目を向けられる恐れもない!」
「納得したならいい。人形遣いがその中に紛れ込んでなければ、兵士と協力してこの辺りを徹底的に探す。それでも見つからなかったら……逃げたってことになる。その可能性はあまり考えたくないけどな」
「しかし、操られた者を見たところで人形遣いがわかるのか? 奴の手掛かりは、ラッグの村の人間という一点だけなのだぞ?」
「そうだな。だから考えろ、ラッグ。お前の村で、村人全員と接する機会があったのは誰だ?」
「そ、そう言われても、小さい村だから……」
「異能には条件や制限がある。よく考えろラッグ。人形遣いは、村人全員と接点があった。人間を操るくらいだ。一言二言話す程度じゃない、それなりに深い関係だったはずだ」
ラッグは思い出していた。妹と、心優しい村人と過ごした過去の日々を。貧しくも美しかった毎日を。
その日常は悲劇のための礎でしかなかったのかもしれないと思うと、宝物を汚された気分になる。人形遣いへの怒りは留まるところを知らない。それが親しかった村人のうちの誰かだとしても、怒りを燃え上がらせる薪にしかならない。ラッグは必死に、イクスが挙げた条件に一致する者を探す。
見つけた選択肢は、多くなかった。
「……村長か、お医者さんか、神父さんだ」
「そうか。なら、今から例の地下壕に行く。ラッグ、そいつらがいたら教えろ。胸に黒い異能紋があるかどうか確認する」
「もし、人形遣いを見つけたら?」
「決まってるだろ。殺す」
「……殺せば、みんなは元に戻るのか?」
問われたイクスがチェインに目を向ける。視線の意味を理解した彼女は、ラッグの言葉に答えた。
「使用者を殺せば異能の影響は消える。人形遣いを説得して異能を解除させるという手もあるが、こちらには取引できる材料がない。となると力で屈服させるしか道はないのだ。殺さないとしても、間違いなく戦うことになる」
敵は悪魔。世界の均衡を歪ませかねない存在。旗手である以上、戦わなければならない。
それが、ラッグの胸に刻まれた使命だった。