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The Flag Of Spirits ~刻まれた使命と異能の紋章~  作者: まとりーる
第一章 人形悲劇が幕を開ける
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第五話 『招集』と『旗手』



 ラッグ一行の活躍により、事態はひとまず収束した。

 三か所あった地下壕のうち一か所は壊滅した。一部が人形と化し、残りは彼らに殺された。それでも、全体で見れば七割近い町人が生き残っている。

人々は自分の家に帰り、町の復旧に着手し始めた。ラッグ、チェイン、シールも協力していた。死者を弔う余裕さえないほど町は荒らされている。生きていることを除けば、希望と呼べるものは存在していなかった。

 

 夜。ラッグたち四人は町の役所の一室に集まっている。

 まず、ラッグの胸の模様についてチェインが語り始めた。


 「ラッグの胸にあるもの。それは『招集』の『異能紋』だ」


 「異能紋?」


 「異能を使える証のことだ。『招集』は精霊を実体化させ、現世に呼び出すことができる。それが旗手としての役割だ」


 「『招集』の異能紋は精霊が集まる目印で~、それを持ってるラッグが旗手ってこと~」


 「旗手に、精霊……。単なる伝説じゃなかったのか……」


 「イクス、何か知ってるのか?」


 「ああ。『精霊の御旗』……まあ、おとぎ話だ。その中に同じ言葉が出てくる。精霊を引き連れた男が悪魔を倒す旅に出るっていう、ありがちな話だ」


 「おとぎ話ではないぞ。遥か昔ではあるが、実際に起きたことだ」


 「そのとき呼ばれたのは別の精霊だけどね~」


 「へえ……。でも意外だな。イクスがおとぎ話に詳しいなんて」


 「……まあ、少し、な」


 イクスはそれきり口を閉じた。不自然に思ったラッグだったが、追及はしない。今はチェインの話が大事だ。


 「精霊は人智を超えた力、つまり異能を持つ。私の『拘束』や、シールの『幽閉』がまさにそれだ」

 

 「っていうことは、チェインとシールにも異能紋が?」


 「いかにも。見るか?」


 ラッグの返事を待たず、チェインは服を脱ぎ始めた。蝋燭の薄暗い灯りを反射する絹のような肌。

思わず見惚れるラッグだったが、チェインが最後の一枚に手をかけた瞬間、正気に戻る。


 「ちょ、ちょっと待って! 待ってって!」


 「どうした?」


 「いや『どうした』じゃなくて……何やってんの!?」


 「何と言われても。異能紋は胸にあるのだ。服を脱がなければ見せられないだろう?」


 「それにしたって、全部脱ぐことはないじゃないか!」


 「なんだラッグ、照れているのか? 旗手とあろう者が初心とは、格好がつかないぞ? ほれほれ、好きなだけ見るといい」


 「精霊の品位が疑われるからやめてよ~」


 シールの言葉とイクスの「とっとと話を進めろ」と言わんばかりの視線を受け、チェインは渋々服を着た。

 ラッグの頬はまだ赤みを帯びている。リーズ以外の異性と触れ合った経験が彼にはなかった。


 「本来、精霊は現世にいない。『狭間』と呼ばれる場所で世界を維持しているのだ。精霊は現世への干渉を禁じられている。世界とはそこに住む者のためにあるのだから、私たちの意思で歪めるなどあってはならない」


 「緊急時は別だよ~」


 「緊急時とは、『悪魔』が現世に現れることだ。奴らは精霊と同様に異能を使い、その力で現世をかき乱そうとしている」


 「狭間って何もなくて退屈だから、気持ちはわかる~。ふわふわしてて、自分のこともよくわからないし~」


 「悪魔を放置すれば、世界の在り方が大きく変わってしまう。それを防ぐため、早急に対処する必要があったのだ」


 「そのために『招集』が?」


 「そうだ。本来は精霊だけで成すべきことだが、いざ現世に降臨して過干渉を起こしたのでは無意味だろう? そこで、善良な魂の人間に『招集』を与え、精霊を率いさせることにしたのだ。同時に実体化できる精霊は三体。そんな制限を設けたのも、世界の均衡を崩さないためだ」


 チェインはすっかりぬるくなった紅茶を飲み干した。不味いな、と呟く。


 「現世に来た悪魔を発見し、倒す。それが我々精霊と、旗手であるラッグの使命だ」


 「俺の、使命……」


 ラッグは胸に当てた手を見つめる。異能紋は、真の力を発揮して以来ほんのりと熱を帯びていた。

 いったん会話が途切れ、沈黙が訪れる。

それを破ったのはイクスだ。


 「旗手とやらは悪魔と戦うのが使命か。相手が異能を使うなら、『招集』の異能紋には、他の異能を打ち消す力があるんじゃないか?」


 「ご明察だ。旗手となった者は異能の影響を受けないぞ」


 「なるほど、よくわかったぜ。それが、ラッグがあの村で唯一生き残った理由だったわけだ」

 

 イクスは組んでいた腕を解き、左ひじを机に置いた。


 「今の話でわかった。犯人……『人形遣い』は悪魔と見て間違いない。異能紋も持ってるだろう」


 「あの赤いやつか? 五角形の」


 「いや、あれは異能で操られてる目印だ。本物は黒い」


 「なんでそんなことがわかるんだ?」


 「……ただの予想だ。『招集』の異能紋だって黒いだろ」

 

 「正解だイクス。異能紋は黒い」


 「じゃあ、その持ち主を見つけるのが今後の目標か……」


 「たいへんそ~」


 「大変かどうかは……ラッグ、お前次第だ」


 「え、俺?」


 「お前、村人の顔と名前をどの程度知っている?」


 「多分全員わかると思うけど……」


 「……すごいな」


 百人を超える人間の顔と名前を一致させるなど、イクスには想像もできないことだった。

ラッグの村とは山を挟んで反対側の町に住んでいるが、顔見知りなど数える程度しかいない。


 「それなら都合がいい。人形遣いはお前の村の住人だ。まだこの町にいるなら、すぐに見つかるだろ」


 「ちょ、ちょっと待ってくれよ! みんなを操った奴が俺の村に!? ど、どうしてそう言い切れるんだ?」


 「今日のことを思い出せ。シールを呼んだのは、新たにこの町の人間が操られたからだ。兵士に話を聞いたが、人間が集団で暴れだすなんて事件は今日まで起きてない。つまりあいつらが『人形』になったのは今日だ。人形遣いは村人より先にこの町に来て、町の人間と一緒に地下壕に避難した。その中で異能を使って手駒を増やしたわけだ」


 「同じ地下壕に逃げた人、運がなかったね~」


 「イクスよ、話はわかったが、人形遣いはこの町に残っているのか?」


 「知るか」


 「なっ、なんという無責任な!」


 「人間を操って町を襲わせ、その混乱に乗じてさらに手駒を増やす。おそらくそれが奴の目的だ。多くの人間が無事だった以上、まだこの町を狙っている可能性はある。だが、攻撃を食い止めた俺たちを警戒して町を離れた可能性だってある。人形遣いがどっちを選ぶかなんて、知るか」


 「……村のみんなを全員操ったくらいだ、きっと執念深い奴だと思う。まだ諦めてないんじゃないか?」


 「私はそうは思わないな。全員を操ったのは慎重さの表れだ。すでに別の町に行き、何も知らない相手を狙っていることだろう!」


 「意見、割れたね~」


 「この議論は無意味だ。ラッグ、明日の朝に町人を全員集める。顔を見て村人がいないか確かめろ」


 「よし、わかった」


 「他に話がある奴は?」


 イクスが全員を見渡す。答える者はなく、その沈黙と共に空気が弛緩した。

 シールは大きなあくびをして、座ったまま体を伸ばした。


 「じゃ、今日は解散だ~」


 「解散と言っても、全員この部屋で寝るわけだがな……」


 「眠れるだけマシだよ~。みんなおやすみ~」


 そう言って立ち上がろうとしたシールの頭を、イクスが左手で掴んだ。


 「寝かせるわけねえだろ馬鹿かてめえ」


 「え?」


 「質問するぞ。今、操られた人間はどこにいる?」


 「……町に一番近い地下壕~」


 「どうやって閉じ込めてる?」


 「……あたしの異能で~」


 「じゃあ、お前が寝たらどうなるんだ?」


 「……その人たちが自由になる~」


 「というわけで人形遣いを見つけるまでお前は徹夜だ」


 「ええ~!?」


 シールは初めて大声を出した。悲壮感に満ちた、聞く者に憐憫の情を抱かせる声だった。

 仕方のないことだとわかっているラッグは黙っていたが、チェインはまんまと乗せられてしまう。


 「イクス、それは酷だろう!」


 「じゃあお前が代われ」


 「うっ……しかし、あの人数を『拘束』するとなると私の負担が……」


 「ああ、それなら大丈夫だ。お前、川に入れ」


 「……なんだと?」


 「重さが問題なんだろ? 水の中なら多少はマシになる。人形遣いが見つかるまで川に入ってろ。池でもいいぜ。確かここの庭にもあったはずだ」


 「何を言うか貴様! 息が続くはずないだろう! 重くなれば水に浮かべなくなるのだぞ!」


 「長い筒を使えば息はできる。片方を咥えて、もう片方を水面から出せばいい。これで問題解決だ。よかったなシール、寝ていいぞ」


 「待て待て! イクス、待て!」


 待て、以外に言葉が出てこない。とんだ藪蛇だ。チェインは話し合いの様子を見てイクスを見直していたのだが、やはり最悪な男だと評価を改めていた。彼女は「役立たず」の件を未だに根に持っている。


 「そもそも、私たちに任せる前に貴様がどうにかしたらどうだ!」


 「わかった、任せろ。今から人形の手足と首を全部切り落としてくる」


 「それは駄目だって!」


 「……だ、そうだ」


ラッグが仲裁に入り、チェインは苦しげな表情を浮かべた。


 (この男、こうなることがわかっていたのか……!)


 「で、どうするチェイン。お前か、シールか。俺はどっちでもいい」


 「ぎゃあ~」


 イクスが手の力を強めたのか、シールが間の抜けた悲鳴を上げた。このままだとシールは一晩中痛みに苛まれることになる。だが、水。水に沈められるとなると……。


 「……日ごとに交代しないか? 今日はシール、明日は私がやるということで……」


 「チェイン~!」


 シールの怒りの声は、やはり間が抜けていた。


「決まりだな」


イクスは力を緩めずに話をまとめた。どっちでもいいという言葉は紛れもない本心だ。


 「ほら、お前らは寝ろ。明日も忙しいぞ」


 「寝かせて~! 寝かせて~!」


 シールの叫びに罪悪感を刺激されつつも、明日中に事件が解決することを願わずにはいられない。チェインは耳を塞ぎ、シールから目を背けるようにして眠りに就いた。

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