表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Flag Of Spirits ~刻まれた使命と異能の紋章~  作者: まとりーる
第一章 人形悲劇が幕を開ける
4/12

第四話 精霊、チェインとシール

更新は毎日16時です。一章は十一話まで、短い「こぼれ話」を入れて十二話までです。その分までは予約投稿済みです。

 深い青の長髪は大河のよう。礼服と言われても疑いようのない、白と青を基調とした華美な衣装だが、イクスの記憶には一致するものがない。無論ラッグにも。突然現れたことを考えても、この世界の人間かどうかも疑わしい。


「だ、誰? どこから? って、旗手? 俺が?」


 「失礼、話は後だ。見たところ状況は切迫している。ここは私の力を存分に振るわせてもらうが、構わないな?」


 「あ、うん。よろしく」


 「では……『拘束』!」


 女、チェインの周囲に十を超える青白い光の球が現れた。それが命中するやいなや、球は細長い形状に変わり、人形の手足を雁字搦めにした。イクスはその技の正体にすぐ思い当たった。異能だ。

 

 「残りもすぐに捕えよう」


 宣言通り、全ての人形が縛られるまでに時間はかからなかった。

 だが、安心するのも束の間。兵士が動けない人形に槍を突き刺そうとする。


 「や、やめろ!」


 「こちらに引き寄せる」


 チェインが手の指を曲げると縛られた人形が宙に浮き、ラッグたちの背後で着地した。

 それを見た兵士が叫ぶ。


 「貴様ら、その化け物共を庇うつもりか!」


 「違う! この人たちは化け物なんかじゃない! 操られているだけなんだ!」


 「それがどうした! こいつらに何人殺されたと思っている!」


 ラッグの言葉は兵士の心に響かなかった。彼らは油断なく武器を構え、こちらへの攻撃も辞さない覚悟だ。イクスも戦闘に備えて剣を引き抜いた。


 (どうする……?)


 この一触即発の空気をどう乗り切るか。どれだけ考えてもラッグには思いつかない。

代わりに口火を切ったのはチェインだった。彼女は先ほどから微動だにしていない。


「兵士よ、武器を下ろせ。我々が望むのは平和的な対話だ」


 「……なら、敵でないことを証明しろ」


 「言葉が足りなかったようだな。そちらは我々に何かを要求できる立場ではない。対話を行うのは確定事項で、それが平和的かどうかはそちら次第だ。……対話をするのは貴様らを縛り上げた後でも、我々は構わないのだぞ?」


 また、チェインの周囲に光球が浮かぶ。兵士たちは後ずさり、互いに顔を見合わせている。

しばらくひそひそと話した後、一際大柄な男が一歩前に出た。


 「貴殿が長か?」


 「いかにも。我らはお前らの要求を呑み、対話に応じることにする。だが信じたわけではない。お前らの出方によってはこの槍が身を貫くと思え」


 「ふむ……まあいいだろう。奮戦に免じて、その強情さには目を瞑る」


 チェインは緩慢な動作で振り向いて、誇らしげに目配せをした。


 「ふふ、見たか? 私の巧みな交渉術によって対話の席を設けることができたぞ」


 「いや交渉っていうか、ただの脅し……」


 「さて、ここからは旗手の出番だ」


 チェインの言う通りだ。ラッグは頭を切り替えた。当初の目的を果たすには町の協力が必要不可欠なのだから。

彼は全てを話した。町を襲ったのは村の人間だということ。けれど彼ら自身の意思ではなく、何者かに操られていること。妹のことも包み隠さず、全て。


 「村一つ丸ごと操られただと? 信じられるはずがない。第一、お前の妹が真実を語った証拠もないだろう」


 「てめえは馬鹿か」


 強い拒絶を受けて言葉を失ったラッグに代わり、今度はイクスが口を開く。


 「お、おいイクス! そんな言い方……」


 「『信じられるはずがない』? さっきまで何と戦ってたんだ? てめえが知ってる人間は、手足が吹き飛んでも戦えるのか? 心臓がなくても? 頭がなくても? 俺には無理だが、てめえにはできるのか? すごいな。試してもいいか?」


 隊長は思わずたじろいだ。イクスはまだ、剣を収めていない。


 「根性とか気合の問題じゃねえんだよ。こいつらは操られてる。心じゃなく、体をな。むしろ操られてなきゃ説明がつかねえ。……まだ納得できねえなら、ほら、見ろよ」


 イクスは倒れている人形を起こし、露出している胸部を剣で指し示した。


 「この赤い模様。これは血じゃねえ。調べればわかると思うが、おそらく全部の人形にこの模様があるぜ。何かは知らねえが、いかにもって感じだろ?」


 チェインによる交渉の間、イクスは縛られた人形を調べていた。そして気付いたのだ。彼らの胸にある模様に。五角形と、頂点から伸びる線に結ばれた円。それはラッグのものとは違い、赤い線で描かれている。

 リーズの体を調べていれば、ラッグもこれに気付いていただろう。

 

 「俺たちはこれを刻んだ黒幕を探していて、お前らにも協力してほしい。こっちが言いたいのはそれで全部だ。だろ、ラッグ?」


 「あ、うん……」


 「で、どうだ?」


 まさか断るなんて言わねえよな? イクスの顔にはそんな言葉がくっきりと浮かび上がっていた。

 少しの逡巡を終えた隊長は頷き、ラッグたちへの協力を約束した。イクスの高圧的な態度に思うところがないわけではないが、早急に事態を収束させたいのも事実だった。


 (むむ……あの男、中々の交渉術の使い手だな……)


 「ラッグ、といったか。協力するとは言ったが、その前にまず他の隊と合流したい」


 「他の?」


 「ああ。避難用の地下壕は町の周辺に三か所ある。襲撃の際に市民と兵士を三つに分け、散らしておいた。結果として一番近いここに奴らが集中したがな」


 「なるほど……。確かに、ひとまず安全になったことは伝えておいた方がいい、よな?」


 「……安全ってお前、本気で言ってるのか?」


 「え?」


 「見ろよ、あれ」


 イクスが気怠そうに指差す先に、こちらに向かって走る人の群れがいた。


 「あれは……別の地下壕に逃げた人? そうか、向こうもこっちと合流しようとしてるんだ」


 「違う。よく考えろ。なんであいつらは外に出てる?」


 「え? だってチェインがみんなを捕まえてくれたから、とりあえずは安全に──」


 「なんで、それを、この場にいなかった、あいつらが、知ってるんだ? 誰かが教えたのか? いつ? どうやって?」


 「あっ……」


 「まあ、安全ってのはあながち間違いでもねえ。あいつらが外に出たのは襲われる心配がなくなったからだ。少なくとも、操られた人間には」


 ラッグはここでイクスの言いたいことを理解した。リーズの発言を思い出したのだ。

進路上にいる生き物は、仲間以外皆殺しにしろ。人形はそう命令されている。


 「あの人たちは襲われない……。それは、仲間だから。仲間に、なったから……」


 「幸いさっきより数は少ねえ。おいお前。あいつらがここに来たら縛れ」


 「私の名前はチェインだ。そして無理だ」


 「え!?」


 チェインの言葉の意味がラッグにはわからなかった。イクスにもだ。わかりたくなかった、が正しいかもしれない。無理。無理とは、どういうことなのか。


 「私の異能は対象の自由を封じることができる。複数を相手取ることも可能だ。だが、『拘束』された者と同じだけの重量を、私が一身で背負わなければならないという制限がある」


 「つ、つまり……?」


 「今私が捕えているのは百二十八人なのだが、私もそれだけの重量となると、なんだ、その……もう、指先を動かすだけで限界なのだ」


 「さっきからずっと動いてないのってそういう理由!?」


 「ああ。動いてないのではなく、動けない。頑丈さに自信はあるがな、これ以上負担が増えると、私は自分の重さに耐えられず死んでしまうぞ!」


 わなわなと震えて黙っていたイクスが吠える。


 「じゃあ死ね! 誇らしげにしてんじゃねえぞ役立たず!」


 「なっ……! 撤回しろ貴様! 私はさっき役に立っただろう!」


 大声で不平を列挙するチェインだが、イクスはすでに彼女への興味を失っていた。


 「ラッグ、俺は今からあいつらの中に飛び込んでくる」


 「そ、そんなことして大丈夫なのか?」


 「この状況なら仕方ないだろ。お前は兵士と協力して、首がなくなったあいつらの相手をしろ」


 「え? く、首がなくなった? どういうこと?」


 「俺があいつらの首を切るってことだ。それで動きを鈍らせる。あとは上手いこと取り押さえて手足を潰せ」


 「そ、そんなことしたらあの人たちは死んじゃうじゃないか!」


 「いいだろ別に。あれはお前の村の人間じゃないんだから」


 「いいわけないだろ! その作戦は却下!」


 「じゃあどうするつもりだてめえ!」


 「チェインみたいに手伝ってくれる人を俺が呼ぶ!」


 「できるのか?」


 「できるぞ! 『招集』は、三体まで同時に精霊を実体化できる!」


 答えたのはチェインだった。


 「せ、精霊?」


 「後で説明する! 早く助けを呼んでくれ! あ、私と同じ異能を持つ精霊はいないぞ!」


 みるみるうちに大きくなる人形の群れを見て、ラッグはすぐに思考を巡らせた。


 (縛る以外で、あの人たちを傷付けずに止めるには……壁か何かで囲って、閉じ込めればいい!)


 ラッグの意思が固まると同時、胸の模様が輝き始める。『招集』の異能が発動した。光は一面を埋め尽くし、やがて消えた。

 引き換えに、女を残して。


 「お? ……お~、実体化だ~」


 その声があまりに間の抜けたものだったから、ラッグたちは思わず脱力してしまう。

背の低い、のほほんとした印象の女だった。自分の短い金髪と緑の貫頭衣を興味深そうに撫でる様は、まるで新しい玩具を与えられた子供のようだ。


 「あなたが旗手~? あたし、シール~。よろしくね~」


 「う、うん……。よろしく」


 「それで、何すればいいの~?」


 「ええっと、あの人たちを止めてほしいんだけど」


 「どの人たち~?」


 「ほら、あそこの、こっちに走ってきてる……」


 「お、あれか~。任せて~。『幽閉』」


 『ゆうへ~い』といった発音だったが、異能は正しく発動している。金色に輝く半球状の壁が人形たちを完全に閉じ込めた。殴られ、蹴られ、体当たりされるが、壁には傷一つ付かない。


 「こういう感じ~?」


 「すごい、完璧だ! ありがとう!」


 「ずるいぞ!」


ラッグの言葉を聞くやいなや、チェインが抗議の声を上げた。


 「旗手! 私にはお礼を言わなかったじゃないか!」


 「それ、今じゃないと駄目かな!?」


 「駄目だ!」


 「ええ……。じゃあその、ありがとう、チェイン」


 「どういたしましてだ、旗手よ!」


 (くだらねえ)


 その本音は心に隠しつつ、イクスは異能の壁の中に目を向けた。

人形の数はおよそ四十。程度に差異はあれど、そのことごとくが負傷していた。だが、服や体に付着している血で、返り血としか思えないものもある。彼らがいた地下壕に生存者はいないだろう。


 「おいお前……シール、だったよな」


 「うん。あなたは~?」


 「俺はイクス。お前に聞きたいことが──」


 「イクス、よろしくね~」


 「お前に──」


 「よろしくね~」


 「……よろしく」


 調子が狂う。


 「お前に聞きたいことがある。あの異能……『幽閉』には、どんな制限があるんだ?」


 「えーっと、中から出られない代わりに外から入り放題なのと~、囲える広さには限界があるのと~、広さに関係なく一か所しか囲えないのと~、地面の中には壁がないのと~、あ、そうそう。あたしの異能って、あたしが寝ると消えちゃうんだ~」


 シールの異能の詳細。それは重要な情報だった。だからこそ口を挟まずに記憶に努めていたのだが、最後は聞き捨てならない。


 「寝ると、消える?」


 「そうだよ~」


 「……お前、何日までなら徹夜できる?」


 「え~、一日でも無理無理~。もう今眠いからね~」


 実体化は体力を消費するのだという。慣れないことするのは大変だね~、とシールがわらった。

つまり、人形を長期的に閉じ込めるのは不可能だということだ。今はいい。だが、チェインも限界を訴えている中、夜が来たらどうすればいいのか。


 「ラッグ」


 「な、なに?」


 「精霊を呼べ。操られてる人間をまとめて潰せる奴だ」


 「だから、その方向性は絶対に駄目だって!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ