8.神威
盗賊達の死体を森の中に隠した後、ガロとナガレは再び村の外から盗賊達の様子を探る。
盗賊の死体が見つからないためにはどうしたら良いかとナガレは考えていたがそれは拡張バックとナガレの身体能力が全ての問題を解決した。
ナガレの筋力なら死体二つ分の重さくらい簡単に運べる。
ナガレは盗賊の死体を態々森に隠さなくてもそのまま拡張バックに入れておけば良いと思ったが自分よりも対応力があるガロの指示に従って森の中に死体を隠した。
僅かなミスが原因で村人の救出が失敗するのだ
そのためガロは少しでもナガレの負担を無くすために拡張バックの重量を減らすことにしたのだ。
その後もこちらの行動を出来るだけ察知されないように二人以下で行動している盗賊に対して襲撃を行い戦力を削りつつも情報を集めてゆく。
情報収集の結果、盗賊の人数と強さの予測に加えて村人の収容場所を確認できた。
村人は全員無事であり盗賊は50人程度で盗賊の頭は強いが他はそれほどでもないことが分かった。
問題なのは捕まっている村人達だ。彼らを人質にされたら手を出せなくなる。
だからまずは村人を助け出さないといけない。
「焦ってもうまくいかん。とにかく盗賊の数を減らすぞ。」
村の中央広場にスキンヘッドで目付きの厳しい一人の男がイライラしていた。
道端で出会ったら思わず回れ右して別の道を探すことは確実だ。
「おい、ヒゲとチビは見回りから戻って来たのか。」
スキンヘッドの男、ナン村を襲撃した盗賊団の頭は近くにいた部下に確認する。
「いえ、戻ってないっす。どっかでサボってんっすかね。」
新入りのチビだけなら分かるが古参のヒゲがサボるってのは珍しいというか無い。
ヒゲはいい加減なヤツに見えるがそれはやるべきこととやらなくて良いことを判断しているだけだ。
だからサボるくらいなら元から仕事を拒否しているはずだ。やるべき仕事はキッチリ最後までやる男だ。
そして見回りはやるべきことだとヒゲは分かっている。
盗賊の頭は何かが起こっているとすぐ気がついた。
ナン村を襲った盗賊はとある邪教集団が邪教復活のために必要な資金と材料をあつめる手段の一つとして作り上げた盗賊なのだ。
そんな盗賊団の頭が無能なわけがない。
「全員を集めろ。」
「へ?」
ただ頭が有能だからと言ってすべての団員が優秀なわけではない。
どうしてそんなことを言うのか分からない団員は呆けた顔をさらしている。
「団員を全員集めろって言ってんだ!早くしろ!」
「は、はい!」
頭の怒声に団員の男は駆け出した。
「チッ、やっぱり相当やられているぜ。」
盗賊の頭も団員も村人全員を捕らえたと思って油断していた。
思い思いに行動していたので各個に討伐されていた。50人いた団員がすでに半数以下になっているのだ。
相当の手練が残っていることは明白だ。
盗賊の頭は敵を誘き出す作戦を実行する。
「いるのは分かっているぞ。隠れてないで出て来い。もし出てこなければと村人を一人づつ殺すぞ。良いのかぁ!」
盗賊の頭の野太い声が村中に響き渡った。
「ついに気付かれたか。しかし、ここまで敵を減らせれば上出来か。」
言葉とは裏腹にガロはもっと早く気づかれると思っていた。この幸運が村人を無事に助け出すまで続くことを願う。
「ガロさん、どうしますか。」
盗賊は半数以上始末したが今だに一人も村人を救出できていない。
なぜなら村人が集められている建物の周囲には盗賊の頭を含めて常に10人以上の盗賊がいたためにどうしても近づけなかったからだ。
隙を覗いながら少しずつ盗賊の数を減らしたが最後まで村人を救出できるような隙は見つけられなかった。
「俺が盗賊の注意を引く。お前はその間にみんなを助けてくれ。恐らく建物の中にいる敵は二人だけだから上手くやってくれ。」
盗賊の手下はハッキリ言って弱いが頭はそれなりに強い。
もちろんガロのほうが強いことはナガレも分かっているが数が多いというのはそれだけで脅威だ。
隠密行動が必要ないならガロではなく俺が行くべきなのではとナガレは考えている。
「心配するな。お前が村人を助け出してくれればヤツらを倒すのは簡単だ。ワシはそれまで時間を稼ぐだけだ。下手に追い詰めると村人が人質にされる危険性がある。お前には追い詰めないように相手するなんて器用なことはできないだろ?」
確かに身体能力に任せて盗賊を倒すことはナガレにもできるが相手を追い詰めることなく時間稼ぎをするとなるとガロのほうが適任だ。
「分かった。できるだけ早く村のみんなを助ける。だから無理しないでください。」
「うむ、頼むぞ。」
ガロの言葉に頷くとナガレは村人を救出すべく村人が捕まっている建物へと裏から回り込む。
ナガレの動きを確認した後ガロは盗賊達がいる広場へとゆっくりと歩いてゆく。
「ようやく出てきたか。ずいぶん俺の仲間を殺ってくれたらしいな。覚悟はできているだろうな。」
広場に堂々とした姿で現れたガロを盗賊達が取り囲む。
ガロは手下には視線を向けることなく盗賊の頭を睨み付けている。
「テメェ、無視してんじゃねぇぞ。」
囲まれているのに全く意に介さない上に自分達がいないかのように振る舞うガロに盗賊の一人が怒声を上げる。
手下の盗賊程度であればガロは気配を捉えるだけで視界に捉えなくても戦えるほど実力に差が有るのだからこの扱いも当然である。
ただ盗賊の頭との闘いの最中に割って入られると非常に厄介だ。
だから先走って手を出してくるのを狙ってガロはワザと手下を挑発している。
「フッ。」
怒らせるために鼻で笑ってさらに挑発する。
「テェッメェ!これだけの数に一人で勝てると思ってんのかぁ!」
「痛ぇ目にあいてぇらしいなぁ!」
「ボコボコにしてやるぜぇ!」
盗賊の手下達はガロの思惑通りにあっさりと挑発にのって怒りを露わにする。
だが盗賊の頭は目を細めて冷静にガロの思惑を探ろうとしているように見える。
冷静な盗賊の頭の様子にあまり挑発し過ぎると人質解放というこっちの真の目的を気づかれる可能性がありこれ以上の挑発は危険だとガロは判断した。
「おめぇら落ち着け!簡単に挑発に乗ってんじゃねぇぞ!」
冷静な頭は興奮する手下共を一喝する。
「でも頭ぁ。あんなクマ一匹に舐められたままなんて我慢ならねぇぜ。」
「そうですぜ。一度ギャフンと言わせねぇと気がすまねぇ。」
頭の言葉にガロに飛びかかることはなかったが怒りが収まることはない。
ガロと別れたナガレはと言うと村人が集められている建物の上に腹ばいになって身を隠していた。
もちろんガロはナガレがそこにいることは初めから気が付いている。
気がついても全く視線を向けないのはさすがは一流の狩人と言ったところだ。
失敗するわけにいかないナガレは盗賊を挑発するガロを心配しながらもチャンスを待ち続ける。
≪無音歩行≫のお蔭で足音は完全に消せる。
問題は建物に潜入するときだ。この村の建物は日本のような高い建築技術が使われいるわけではないので扉をどれだけ注意して開けても必ず小さな音は出てしまう。
だからナガレはその音をかき消してくれる大きな音が出るチャンスを待っている。
盗賊の手下がガロにむかって大声でわめき散らしているが頭だけは静かに様子を伺っている。扉の開ける音がすれば頭が気付くだろうことは容易に想像できる。
はやる気持ちを抑えながらも更なる好機をナガレはジッと待つ。
そうして遂にナガレの辛抱が報われる時が来た。
「おめぇら落ち着け!簡単に挑発に乗ってんじゃねぇぞ!」
盗賊の頭が村中に響き渡る大声を上げたのだ。
そのときガロだけはナガレが音もなく建物に入るのを見ていた。
そして思わず感心していた。
「フ~、緊張したぁ~。こんなに集中したのは初めてだよ。まさかスキンヘッド頭が大声を出す瞬間が後ろから見て分かるなんて、《集中》ってスキルを獲得しててもおかしくなかったな。」
確かにナガレは集中していたが《集中》スキルを覚えるような極限の集中をしていたわけではない。
お馴染みのレベルアップによって動体視力や深視力などの視力も上がっていたから盗賊の頭の動きがよく分かっただけだ。
ガロから《忍び足》を教わっていたときのほうが集中できていた。
「《無音歩行》が扉の音まで消してくれたのはありがたかった。お蔭で誰にも気づかれてない。」
行動を起すタイミングは完璧だったのだが扉を開けるのに手間取ったのだ。そのせいで慌ててしまい扉を開けるのに音を立ててしまうことろだったのだ。
「村のみんなは2階だな。」
《無音歩行》で足音を殺し二階への階段を探す。
階段下の廊下で壁に背を預けた見張りがいるがナガレにはまだ気がついていない。
ナガレは高い身体能力に任せて一瞬で見張りに近づくと口を塞ぎそのまま左胸を拳で打ち抜いた。
ハー〇ブレイクショット。
レベル1000越えのナガレが心臓を殴ればその衝撃で心臓はその言葉通りに破裂する。
某ボクシングマンガからパク・・じゃなくてインスピレーションを受けて盗賊退治に活用してみた。
始めは盗賊の左胸を貫き、二回目は口から血を吐き出し大変だった。
三回目にしてようやく成功。口から血を吐き出さないように手で塞ぎつつ、左胸を貫かないように半分ほど陥没したら腕を引き戻すようにしたのだ。
ナガレのレベルが今の10分の1であったならスキルを獲得していたがレベルが高すぎて身体能力を使ったゴリ押しになっているためにスキルを獲得には至らなかった。
「スキルを獲得しても良いと思うんだけどなぁ。《忍び足》と《無音歩行》が特別だったのかなぁ。」
誰かが手本を見せてくれてそれをトレースできていたならスキルになっていたかもしれないが、それは誰も教えてくれる人がいないのだから無理な話だ。
ナガレは愚痴をこぼしながらも村人を助ける為に階段を音を立てずに登る。
さっきの焼き増しのように二階にいた見張りも身体能力に任せて一瞬でハートをブレイクした。
「みんなさん無事ですかぁ~。」
二階の扉を開けて小声で話しかける。
「あ、あんたはアンリのところに転がり込んだよそ者!」
ナガレは放浪者扱いに困惑顔になる。
確かに何処から来たかも分からないよそ者だけど面と向かって言われると心にくるものがある。
ただここで彼にその不満をぶつけても何にもならない。
ガロが一人で盗賊達の足止めをしてくれているのだ。余計なことをしている時間はない。
村の人たちは手足を縛られた状態で鮨詰め状態に座らされている。
手前の人から順にナイフで手足の拘束を解いてゆく。
「村の人は全員ここにいるかな?」
ガロとアンリに紹介された村人も視界に入るがまだナガエに村人全員の顔は分からない。
「アンリちゃんが連れて行かれたの!」
「どこに!」
「分からないの。でもこの建物にはいないと思う。」
アンリの姿が見えないのはまだ森から戻っていないだけと思っていた。
狩人としてガロに認められ大嵐鳥を一矢で仕留める実力者のアンリがあの程度の盗賊達に捕まったとは考えられなかったのだ。
「私が悪いの。私がアンリちゃんに助けてなんて言わなければ。」
アンリは怯える獣人の子を安心させるために顔を見せたのだがそのときこの子が声を上げて助けを求めたことで盗賊に所在がバレたのだ。子供を人質にされたので抵抗せずに大人しく捕まったのだ。
「大丈夫、ガロもいる。アンリも無事に助け出すよ。」
「ホント、絶対だよ。絶対アンリちゃんを助けてね。」
「もちろんだ。」
獣人の子を安心させるようにそして自分自身を落ち着かせるためにナガレは力強く返事をした。
「オイ、俺達も一緒に戦うぜ。」
数人の若い獣人が立ち上がって声を上げる。
「お気持はうれしいですがガロさんが存分に戦えるように村のみんなを守ってください。」
ナガレにはこの獣人達の実力は分からないがガロからの指示は村人を逃がすことだ。
つまり助けが必要ないか助けになる人物がいないかのどちらかなのだ。
それに盗賊を討伐するまでの村人の安全を確保してもらう必要があり人材をこっちに割く余裕はないはずだ。
「分かったよ。」
ガロほどではなくとも元々獣人は強者に敏感だ。
ナガレが自分達よりよっぽど強いことは肌で感じているので素直に従う。
アッサリ言うことを聞いてくれたことにナガレは戸惑いながらも村人を外へと誘導していく。
村人を助け出しガロの元に駆けつけるとそこにはまさに盗賊の頭に切りつけられそうなガロと手足を縛られ盗賊に刃を突きつけられたアンリがいたのだ。
ナガレが村人を助ける為に建物に潜入した瞬間、憂いの無くなったガロは盗賊に対して攻勢にでる。
ガロを囲んでいる盗賊の一人は懐に飛び込まれ反応する間になく喉を切られ絶命する。
「ヤロォ!」
「ヤリやがったな!」
仲間の惨状をみた盗賊の手下どもが怒りを爆発させ一斉にガロに襲い掛かる。
手下どもだけであれば何も問題ない。しかし盗賊の頭がいるためにガロは意識を手下だけに集中できない。そのためガロは手下を一人倒した後は攻めあぐねていた。
そんなガロに対して盗賊の頭が斧を振りかぶる。
投擲用ではない斧を手の届かない位置にいながら振り上げる意味があるように思えない。
ただガロは冒険者をしていたときの経験から盗賊の頭が持っているのは何か魔法の効果が込められた魔法具の斧である可能性に思い至った。
盗賊の頭が魔法具を持っているなど普通は有りえない。だがガロはアレが魔法具だと確信していた。
そうでなければ盗賊の頭が斧を振り上げる意味がないからだ。
多少のダメージを覚悟で無理やり手下共の包囲から抜け出した瞬間、見えない何かがガロの横を通り過ぎると盗賊の手下が血を流して血に臥したのだ。
「チィッ、外したか。おめぇらきちんと動きを封じておけよな。」
盗賊の頭はまるで虫でも追い払ったかように手下の命を奪ったことを気にも留めていない。
「仲間ごと切るか。盗賊らしいやり口だな。」
「へっ、どっちにしろあのままじゃお前に殺されていたんだ。残った仲間の役に立てるようにしてやっただけだ・・・ぜ。」
間合いを詰めてきた盗賊の頭はガロに斧を振り下ろす。
ガロは右足を軸に振り下ろされた斧を躱すと同時にナイフで相手の右足を浅く切りつけた
「ッイテ!その足でまだ動けんのかよ。」
盗賊の頭は大きく跳ぶと間合いを大きく開けた。
「へッ、やっぱりその足じゃすばやく動けねぇな。そのまま的になってな!」
盗賊の頭が言うように手下の包囲を無理やり抜けたときに右足に怪我を負っていたためガロはすばやい移動ができない。
盗賊の頭が斧を振り下ろすと再び見えない斬撃がガロを襲う。
ガロはその見えない斬撃を僅かな空気の動きと斧の軌道を頼りに避け続ける。
「クソ!なんで見えないのに避けれるんだよ!」
盗賊の頭は見えない斬撃が全く当たらないことに焦りが大きく膨らむ。
魔法具は何度でも使えるわけではない使用者の魔力を使っている。つまり盗賊の頭の魔力が尽きればそれまでなのだ。
盗賊の頭が怪我をした状態であってもガロとまともに戦えば勝てないことも焦りに拍車をかけている。
しかし、駒のように切り捨てた手下の行動で事態は好転いや暗転した。
「オイ!クマ野郎!大人しくしやがれ、でねぇとコイツがどうなっても知らねぇぜ!」
手下の生き残りが縛られたアンリに刃を向けているのだ。
「父さん!私にかまわずソイツを倒して!」
しかし、ガロはアンリの言葉を聞いても優しげな顔を向けるだけで動こうとはしなかった。
ナガレがガロの元にやって来たのはちょうどそんな場面であった。
高い身体能力を持つナガレでも盗賊の頭と手下、どちらか一方にしか対応できない。
ガロを助けるために盗賊の頭を殺せば盗賊の手下がアンリを殺すだろう。
アンリを助けるために手下を殺せばガロを助けるのに間に合わない。
ナガレはどちらを選ばなければならないがどちらかを選べるほど精神な強さを持っていない。
しかし迷っている時間はない。
ナガレは強く思う俺にライトノベルの主人公のような力があれば二人を救えるのに。
同じように異世界にやってきたのに便利なスキルは何もないのか、例えば目の前の敵を一瞬で行動不能にするようなスキルが!
―――要請を受諾しました。―――
ナガレの思いに呼応するかのようにナガレの頭に情報が流れた。
俺の命を刈り取ろうとする斧が目の前にある。
孫の顔を見てから死ぬつもりだったがダメなようだ。
アンリを守ると言うアイツとの約束も守れず仕舞いだ。
スマン、アンリここでお別れだ。だが安心しろ、お前はきっと助かる。
ナガレがもうすぐ村のみんなを助けてやってくるはずだ。
アイツなら簡単にお前を助けてくれるはずだ。
とんでもなく強いヤツだとは思っていたがまさか俺でずら目で追えないほどのスピードで動けるとは思わなかった。
お前なら大丈夫だと思うが絶対にアイツを逃がすんじゃねえぞ。あれほどの強者はこの世界中を探してもいないからな。
それとナガレ、アンリを泣かしたらただじゃすませねえからな。
もし泣かしたらあの世から舞い戻ってブン殴ってやる。
―――保留状態である称号≪神滅者≫とスキル≪神威≫の獲得をします。―――
わけの分からない情報がナガレの頭に流れてくる。
―――≪神滅者≫・・・神格を単独で倒した者が得られる称号。―――
―――≪神威≫・・・神の威光・威力 新力が必要 魔力で限定使用 神の威圧。―――
「神の威光?意味が分からんがこれを使えばこの状況を打破できるのなら何でも良い!」
―――神力がないため魔力と生命力を代償に《神威》を発動しますか?―――
「何でも良いから二人を助けろ!」
――魔力と生命力を代償に《神威》を発動します。―――
ナガレは邪神と討伐したときに獲得を保留されていたスキル《神威》を発動する。
神々しい光がナガレから発せられ村中を包み込む。
ガロの傷を癒し、村人の心の傷を癒す。
逆に盗賊達は神の威圧にさらされ心の臓を止められた。
光が収まったときには全てが終わりただナガレが地に臥していたのだ。