17.ミスリル鋼とアリ
「これが邪鉱石だったのか。ちょっと信じられないな。邪気がないどころか逆に神々しさすら感じるぞ。」
取り出した元邪鉱石は両手を広げたほどの大きさがあった。
「こ、こ、こ。」
ゾルの様子が明らかにおかしい。さっきから『こ』しか言ってない。
機微を読むのことができないナガレでもひと目で分かるほど同様している。
「とりあえず、水でも飲んで落ち着け。」
「(ゴクゴクゴク)」
ゾルはライルから水を受け取るといっきに飲み干す。
全力で走って息切れしているわけではないのに水を飲んで落ち着くのかは疑問である。
「プハァー、コレ!全部ミスリル鋼!」
驚きのあまりゾルの口調がすごく流暢になっている。
「もともとミスリルがあるってことで探してたんだからミスリルが見つかってもおかしくないだろ?何驚いてるんだ?まぁ、邪鉱石の邪気を払ったらミスリルになるのは驚くところかもしれないけど。」
ゾルの驚きに反してナガレは落ち着いている。
「間違いないのかゾル!」
ライルもミスリル鋼のことを知っているので驚きを露わにする。
分かってないのはナガレだけだ。
「ワシがたった一欠けらのミスリル鋼を手に入れるために借金奴隷になったんじゃ!この手触り、この輝き、そしてこの匂い。間違いない!」
瞳を爛々と輝せながら話すゾルは別人のようだ。
今までで一番長いセリフを喋っているのがその最もたる違いだ。
「それでミスリル鋼ってミスリルとは違うのか?」
「違う違う違ぁ~う。この輝きがナガレの目には見えないのか!?」
「え、うん、見えてるよ。青く透き通った光でキレイだと思うけど・・・。」
ゾルの勢いに後ずさりつつもナガレは答える。
「だろ!そしてこの手触りを感じるんだ!ホラ、ナガレも触ってみろ!」
「お、おぉ。」
さらに勢いを増したゾルに押されてナガレはミスリル鋼に手のひらで触れる。
「分かるか?分かるだろ!このミスリル鋼の独特な手触り。柔軟さの中にも芯の強さを持ち、ミスリルの数倍の魔力伝導率を誇るこの何とも言えない感覚が!」
もし千分の一ミリの違いが分かる職人であったなら分かったかもしれないが前世ではしがない会社員だったナガレにはそんな繊細な感覚は持っていない。
だからゾルの言う感覚は当然ナガレにはサッパリ分からない。
「何となく分かる気がしないでもない気がしないかな。」
「そしてこのすばらしい匂いなんじゃがスマン!ワシにはこの素晴らしい匂いを表す言葉が思いつかんのじゃ。だからこればっかりはナガレ自身の鼻で嗅ぎ分けてほしい。」
ゾルが全く話を聞いてないことが分かったナガレは適当に返事する
「善処するよ。」
日本にも千分の一ミリの差を指先で感じる職人が何人もいたのでナガレがミスリル鋼の感触を分かるようになることは可能だろう。
しかし匂いの嗅ぎ分けは犬に転生しても不可能ではないかとナガレは思う。
どうしてゾルは嗅ぎ分けられるのかは解明できない謎である。
ゾルの金属愛がなせる技だろう。
「ゾルの講義は一旦置いといて、ミスリル鋼はミスリル10キロから1グラムほどしか採取できない希少金属だ。ミスリル鋼で鍛えられた武器は竜の鱗を切り裂き、ミスリル鋼で作った杖は魔法効率を100倍以上にする。これだけあれば小さな街が買えるかもしれないな。」
「なんか数字がデカ過ぎてイマイチすごさが伝わらない。」
「俺達のものになるわけじゃないから気にするな。」
ミスリルは国で管理されているのだからミスリル鋼も例外ではなく、より厳重に国が管理している。
このミスリル鋼もすべて国に買い取られるだろう。そしてその代金は鉱山のオーナーの手に渡る。
一労働者であるナガレには関係ないことである。
「何かボーナスくらいはあるだろうけどな。」
「(ギチギチ)」
何か奇妙な音がナガレの耳に届く。
「ん?なんの音だ?」
「どうしたナガレ?」
「いや何か変な音がしないか?」
「ゾルの奇声ならさっきからずっと聞こえてるぞ。」
ゾルはずっと巨大なミスリル鋼に抱き着いて奇声を上げている。
「いやゾルの奇声とは違う音だ。」
「(ギチギチギチ)」
奇妙な音がさきほどより大きな音が坑道内に響いた。
「ほらコレ。」
「ナガレ、確か邪鉱石の周りって不思議と魔物が集まるって話を思い出して、俺は嫌な予感がすんだ。」
「なんでそんな話を今するんだ?もう邪鉱石はないんだから大丈夫だろ。」
「この音、俺には昆虫系の魔物が口を開閉するときに発する音に似てる気がするだよな。」
(ポタ)
そんな話をしているとナガレとライルの間の地面に何かが落ちて来た。
「なんだコレ?」
地面に何かの液体で染みが出来ている。
「ライルの嫌な予感だ当たったみたいだな。」
「「「(ギチギチ)」」」
頭上を見上げたナガレの目の前にはアリの魔物が天井から顔を覗かせていた。
「こいつは色が違うけど軍団アリか?」
「さぁな。護衛のゴーレムをつけるからライルはゆっくり下がって外に出ろ。俺はゾルを連れてくる。」
ゾルは魔物に気がついていないのかミスリル鋼に抱きついたままだ。
ナガレはライルを背にするようにゆっくりと軍団アリの前に出る。
急に動けば軍団アリが一度に襲い掛かってきそうなのだ。
ナガレだけなら問題ないがここにはライルとゾルがいるのだ。迂闊なことをして二人を危険に晒すわけにはいかない。
手からではなく足から魔力を地面に流しアイアンゴーレムを作り出す。
土で作ったアースゴーレムでは地面を掘り進む軍団アリの攻撃を防げないと思ったからだ。
魔力消費は桁違いに大きくなるはずなのだがナガレクラスのレベルでは誤差の範囲だ。
「ゴーレムはゴーレムでもアイアンゴーレムかよ。」
さっきまで慌てていたライルの呆れた声が軍団アリの歯軋り音にかき消された。
「おい、早く撤退してくれ!」
護衛のアイアンゴーレムを見て力の抜けたライルと違ってナガレにはそれほど余裕はない。
ゾルとライルを無事に安全な場所に届けるまでは気が抜けない。
それなのに守られているライルが気を抜いているのだ。
ナガレが大声で怒鳴るのも当たり前である。
「すまん、ゾルを頼んだぞ。」
ライルが後退したのを確認するとナガレはゾルを回収するために前に出る。
「「「ギシャー!」」」
それと同時に天井から顔の覗かせていた軍団アリがナガレに鋭いアゴで噛み付いた。
「痛いな。」
岩をも砕く軍団アリが邪鉱石の邪気を浴びて変異した強化種に噛みつかれれば普通なら命を失ってもおかしくない。しかし、レベル1000越えのナガレには普通のアリに噛み付かれたのと変わらない痛みしか感じない。
「離せよ、アッ。」
噛み付いた軍団アリを引き剥がそうとちょっと力を込めると頭と身体が分離してしまった。
「ゲ、汚ね。」
しかも千切れた場所から紫色の体液が飛び散ってナガレの服にかかった。
千切れた頭が腕に噛み付いたままなので壁にぶつけて引き剥がした。
「これはワシのもんじゃ!きさまらアリに何ぞくれてやらんぞ!」
ゾルの声をが聞こえたので視線を向けるとミスリル鋼石の上におるゾルが軍団アリに囲まれていた。
必死にスコップを振り回して軍団アリからミスリル鋼石を守っているようだ。
「《針千本》」
《土魔法:極》で土を鉄に性質を変化させた後に鋭い針へと形状を変化させて軍団アリを次々と突き刺さす。
「ゾル、逃げるぞ。」
「おお、ナガレか。助かったぞ。すまんがミスリル鋼の回収も頼むぞ。」
「はいはい。」
ミスリル鋼の心配よりも自分の命の心配をしてほしいものだ。
ただ、ミスリル鋼を回収しないとゾルが動かないことは分かりきっているので拡張バックに巨大ミスリル鋼をしまう。
「それじゃ、外に出るぞ。」
軍団アリには壁でも天井でも等しく通路に変えれるのだから坑道内では四方八方どこから軍団アリが出てくるのか分からない。
不意をつかれないように《土魔法:極》で壁と天井の土を鉄に変換しつつ外へと脱出する。
ゾルが呆れた視線をナガレに向けるが魔法処理に集中しているナガレは気がつかない。
急に現われたように思われる軍団アリであるが原因はもちろん邪鉱石である。
邪鉱石が世界禁止指定鉱物である理由の一つにライルも言っていた魔物の誘引性が上げられる。
通常であれば地表に現われて周囲に拡散した邪気に誘われて魔物が集まってくるのだが今回の場合は特殊な状態であった。
ナガレが土魔法で地中深くから掘り起こしたその場所は軍団アリの巣だった。
そう既に邪鉱石の邪気によって軍団アリが誘引されていたのだ。
ナガレ達には分からないことだったが、邪鉱石が地表へと移動する動きに誘われて軍団アリが地表に現われたのだ。
仮に原因が分かったとしても問題は解決しないのでどうでも良いことではある。
「ギギシャー!」
「ギギギ!」
「チィッ!一体何匹出てくるんだ!」
「親分!このままじゃみんなやられちまうぞ!」
「奴隷ども気張れ!気を抜いたら一気にやられるぞ!」
坑道を出るとそこら中に軍団アリがいた。
それに対抗するために管理人の筋肉男とゴルラを含む奴隷達が協力して戦っている。
しかしライルもアイアンゴーレムもその中にいない。
「ゾル、ナガレ。手伝ってくれ。」
坑道を出てすぐの場所でアイアンゴーレムに守られたライルがゾルとナガレに助けを求める。
「分かった。とりあえずアリが出てくる穴を減らすわ。」
坑道内でやったのと同じように軍団アリが出て来れないように地面を鉄で覆うと同時に鉄の針が軍団アリの身体を貫く。
「はぁ、助かったけど、何だかなぁ。アイアンゴーレムを片手間で作り出しただけでも驚くのに。」
ナガレの規格外の魔法にライルは気の抜けた声を上げる。
アイアンゴーレムを作れるだけでも超一流の魔法使いと言える。
しかも普通ならそれだけで魔力が空になるはずなのにその後も魔法を連発。
そして広場一帯の地面を鉄に変化させて数えきれない数の巨大な針を生み出したのだ。
ライルが呆れて気が抜けるのも当然である。
「それからのゴーレム2号作成。行け!ゴーレム。」
軍団アリの行動を制限するために一か所だけ土のままにしている場所から出て来る軍団アリをモグラ叩きみたいに2体のゴーレムが繰り返し叩きつぶし始めた。
「お前ら助かったぜ。俺たちと合流しないから強いとは思ったけど強すぎるだろ。特にナガレ。」
軍団アリがいなくなったのでゴルラ達がやってきた。
「お前らも礼を言っておけよ。」
「「「あざ~っす、ナガレさん。」」」
「みんな、無事で良かった。」
目の前で人が死なれても気分が悪いし特に苦労をしたわけでもない。
ただお礼は素直に受け取っておく。
(ガシャンガシャン)
互いに無事を喜んでいる間にも二体のゴーレムが軍団アリを叩き潰し続けている。
「魔物の死骸処理は俺たちでやるからナガレ達は休んでいてくれ。」
「いや、俺とゾルはほとんど何もやってないから手伝うぞ。」
「それじゃ頼むわ。」
暇だから手伝っても良いのだがそれだと周りが気を使うだろうからナガレは任せることにする。
魔物の討伐は鉱山での仕事とは別なのですべて俺たちに還元されるのだ。
これで金を捻出できれば鉱山での仕事から早く解放されるだろう。
急ぐ理由はないが身分証がないのは落ち着かないので早くギルドに登録したいとナガレは思う。
穴から出てくる軍団アリの対処はゴーレムに任せておけば良いので土魔法で作ったイスに腰かけて一息ついた。