14.デキる中間管理職とミスリル鉱石
「あーたーらしいあっさが来たー。希望ーのあーさーが。」
ナガレは今日から本格的に鉱石掘りをするのでストレッチを兼ねてラジオ体操で身体を解している。
するとライルが森のほうから歩いてくるのを見つけた。
「おはようライル。早起きだな。」
「俺は昨日は楽をさせてもらったから疲れはほとんどなかったんでな。それに朝食用に果物もほしかったからな。」
どうやら早起きして森で朝食用の果物を採取してくれていたらしい。
その後、遅れてゾルも起きてきたので朝食を食べる。
朝食の果物は甘くて瑞々しく、ライル様様である。
「それでおめぇらは本当にこっちの坑道と小屋を使わなくて良いのか?」
坑道に入って鉱石掘りを始めようとしているところにゴルラが現われた。
「そうだな、態々確認に来てもらって悪いが坑道が掘れたからな。」
「は?坑道が?何言ってんだ、一日で掘れるわけないだろ。いつまでも強がるなよ。困るのはお前たちなんだぞ。」
「旦那、論より証拠です。こっちに来て中を見てみてくださいよ。」
ライルはそう言うとゴルラをナガレが掘った坑道内に案内した。
「マジかよ。ホントに坑道になってるぞ。しかもこれ鉱石じゃねぇか。しかもこの壁どうなってんだ?まるで石みてぇに丈夫じゃねぇか。お前らどうやってこんなりっぱな坑道を作ったんだ。」
ナガレが掘り、ゾルが壁を補強して造った坑道を見てゴルラは目を見開いて驚きをあらわにする。
自分達より少ない人数で坑道をたった一日足らずで掘り、しかも内部の壁は自分達の坑道の壁よりも頑丈なのだ。驚かないわけがない。
「ホントに新しい坑道を作っちまうとはなぁ。どんな手品を使ったんだ。しかしコレは困ったぞぉ。」
ゴルラは眉をひそめて頭を抱えている。
「なんだ、俺達の坑道を力づくで奪うつもりか。それなら覚悟してかかって来いよ。」
「そんなことはせん。それにそんなことしたら俺達が負ける上に刑期が伸びちまう。やる意味が皆無だ。」
ゴルラは両手を上げて首を左右に振りながら否定している。
たった一日で大男達が何日もかけて作るような者と戦っても負けるのはゴルラにも分かりきっている。これでも10人以上の手下をまとめているから見た目と違って頭もそれなりにまわるのだ。
「ナガレ、旦那が言いたいのは今後の鉱山の秩序問題だよ。」
ゴルラが小屋や鉱山の使用料を取っていたのは決して自分の為ではない。
鉱山に新しくやって来た者が苦労して作った坑道や小屋を対価を支払わずに使うとそれまで坑道を掘り進めた者は快く思わない。
契約者の不利益に当たる奴隷同士の諍いや足の引っ張り合いをすれば契約期間が延びるので直ぐに何かが起こるわけではないが奴隷同士がギスギスして何かの拍子で大きな争いになる可能性を秘めてしまう。
いくら契約期間が延びるとは言っても一時の感情が大きな争いになるのが人間と言うものだ。
争いが個人間で終われば個人の責任だが争いと言うのは必ずと言っていいほど周りに波及するものだ。そうなると連帯責任となり全員が大なり小なり契約期間が延長されてしまうのだ。
そうならないように全員から小屋と鉱山の使用料を徴収し、鉱山の従事期間に比例して分配することで諍いを起さないようにしている。
また、十分に鉱石を掘れなかったものには夜間の見張りや食事の準備などの仕事を与えて対価として鉱石を与えることで最低限の食事をとれるようにもしている。
ナガレ達が来た日に大男が坑道に入らずに小屋にいたのはゴルラが魔物退治を一手に引き受けているため魔物があまり来ない昼間に休憩していたのだ。
ゴルラは見た目と違ってキチンと他の者を管理する、デキル中間管理職であった。
「つまり新しい坑道ができても他のヤツから使用料を取れば問題ないんだな。」
「ああ、それなら問題ない。スマンなこっちの事情につき合わせて。」
「いやいや、俺らも仲間内での諍いは避けたいから忠告してくれて助かったよ。」
ゴルラの顔がまるでヤクザみたいだったので小屋と鉱山の使用料を要求されたときにみかじめ料だと思っていたのでナガレには何となく罪悪感があった。
実は鉱山にいる全員のことを考えているできる中間管理職だったとは思いもしなかったのだ。
しかし、これだけデキル男がどうして鉱山で奴隷をしているのか不思議で堪らないがそれを言ったらナガレもこれだけ出鱈目な力を持っているのに鉱山奴隷になっているのだから彼にも何かしらの理由があるのだろう。
ナガレは人の過去を根掘り葉掘り聞くつもりはない。
「それじゃ邪魔したな。何かあったら相談してくれ。まぁ、こっちから相談するほうが多いかもしれんがな。」
話が終わるとゴルラは自分達の小屋へと帰って行った。
「誰?」
ゾルがゴルラが見えなくなるとポツリと呟いた。
「そう言えば俺も名前知らんな。誰なんだ?」
「二人共、人の名前くらい覚えようぜ。あの人はゴルラさんだよ。元は傭兵団の団長をやってたらしいぜ。」
「元団長でゴルラね。元団長ならアレだけ能力が高いのも納得だな。俺らも鉱石掘りを始めようぜ。」
それからの鉱山生活はほぼルーティン作業になった。
朝起きてラジオ体操をで身体を解しているとライルが森から果物を採取して帰ってくる。ゾルが起きて三人で朝食、坑道内に入るとナガレが掘削、ゾルが鉱石の識別、ライルは不要な砂や石、岩を拡張バックに詰める。坑道内で昼食をとって暫くすると夕食の準備のためにライルが一人で坑道から出る。ライルの仕事はナガレが引き継ぐ。夕食ができるとライルが呼びに来て、坑道を出て三人で夕食をとる。就寝と偶に魔物退治の繰り返しである。
そんな繰り返しの毎日を送っていたある日。
ゾルの手が止まり手に持っている鉱石をじっと眺めはじめた。
「どうしたゾル。何か珍しいものでも見つけたか。」
ライルがゾルの様子に気がついて話しかける。
「・・・。」
しかし、ゾルは話かけられても鉱石を見つめるだけでライルの呼びかけに答えない。
「ゾル、ゾル。どうした、何か問題があったのか。」
「これ。」
固まったゾルの肩をナガレが揺するとようやく反応が返ってきた。
「「??」」
ゾルは手に持ってずっと眺めていた鉱石をナガレとライルの目の前に突き出したがナガレとライルには特に変わった物には見えない。
二人が見る限り今まで採取していた鉄の鉱石と同じものに見える。
なぜゾルがこの鉱石を気にするのかが分からない。
「ゴメン、ゾル。この鉱石がどうかしたのか?」
「ココ。」
ゾルが鉱石の一部を指さす。そこには極小のガラスに似た何かが付着していた。
「ガラス?イテッ。」
ナガレの言葉にゾルは脳天にチョップをお見舞いした。
「これってもしかしてミスリルじゃないのか!」
ライルの言葉に得意げに胸を反りながらゾルは大きく頷く。
ミスリル、それは鉄より丈夫であり、銀以上に魔法効率がよく、金以上に高価な品である。
そんな滅多にお目にかかれない金属が僅かといえ鉱山から産出されたのだライルが驚くのも無理はない。
「おお、これがミスリルかぁ。ちょっともらえないかな。」
ミスリルの効果をガロから聞いていたナガレは自作の専用装備が作れないかと夢想する。
数々のファンタジー小説で登場する誰もが(一部を除く)憧れの品である。
「アホ、そんなことしたら借金奴隷じゃなくて犯罪奴隷になるぞ。しかもミスリルの盗難だと一生犯罪奴隷のままだ。ミスリルは国の管理下に置かれる金属だ。もし盗めば国家反逆罪に等しい罪になるからな。」
「マジか。」
「マジだ。そのくらい常識だぞ。お前の母国はどうだったか知らんけど。そんなだから当たり屋なんかに引っかかるんだ。もっとこの国の常識を身に着けろよ。」
「おお、分かった。」
「常識がなくて困るのはお前だけの問題だから良いけど、もしミスリルが採掘できていたとしたら大問題だぞ。ここの管理者は国にキチンと伝えているんだろうな。」
「さぁ、俺達にできるのは管理人に伝えることだけじゃないか?」
「まぁ、そうなんだがな。」
「そもそもコレッポッチの欠片を見つけたからってこの山にミスリルがあるか分からないんじゃないか?」
「う~ん、そうかもな。とりあえず管理人に言うだけにしておくか。ん?」
ゾルが鉱石の別の部分を指さしている。
「邪鉱石」
「・・・邪鉱石って聞こえたんだが。」
「ああ、邪鉱石って言ったな。変な名前の石だな。イテッ、なんでライルが殴る。」
なぜかゾルではなくライルに殴られるナガレ。
「おまえなぁ~、邪鉱石だぞ。邪鉱石ぃ!呪いの触媒や呪具の材料になるから世界禁止指定鉱物に指定されている邪鉱石だぞ!」
「知ってる、知ってるぞ。まさかそんな危険なものがあるとは思ってなかったから分からなかっただけだ。」
注意事項の一つとしてガロに教えてもらっていたがにわか知識のために咄嗟に出てこなかったのだ。
「まぁ、良い。とにかくこれも管理者に報告だな。近いうちに鉱山は国の管理下に置かれるだろうけどな。」
「閉山になるのか?」
禁止指定鉱物が産出される鉱山は普通は閉山になる。
「もしミスリルが産出されるなら邪鉱石が出ても閉山にはならないかな。ただ国が管理することになるだろうけどな。」
ミスリルは非常に価値のある鉱石だ武器に使えば鉄をも切り裂き、鎧にすれば鋼鉄の剣を受け止め高い魔法耐性を持つ、杖に使えば魔法の威力が倍になり、高性能な魔道具にも必須の鉱石だ。
だから国としては邪鉱石が産出されるだけではミスリル鉱山を閉山する理由にはならないのだ。
「折角だからミスリル鉱脈を探すか。」
「ナガレ、さっきも言ったけどミスリルをくすねたら国家反逆罪に問われるぞ。普通の鉱石でも窃盗罪に引っ掛かるけどな。」
「違う違う。ミスリル鉱石を採取したら早く奴隷解放されないかと思ってな。」
今採取している鉄鉱石の何倍もの価値があるミスリルの鉱脈を発見して採取すれば解放時期が早まる可能性は十分ある。
「う~ん、この欠片だけじゃミスリルが採取できる鉱山なのかの判断もできないかもしれないし良いかもな。ナガレのお陰で鉄鉱石は数日分が余分に採取できてるしな。」
「やるべき。」
ゾルは俺の言葉を受けてやる気を全身から溢れさせていた。
彼はただミスリル鉱石に囲まれたいだけかもしれないが。
「ライル、俺よりもゾルの行動を心配すべきじゃないか?」
ゾルは珍しい鉱石を購入するために借金奴隷になったのだ。ミスリル鉱石があると分かれば一つや二つくすねてもおかしくない。
仮にゾルがミスリルを少しくすねても言わなければバレないだろう。もしバレたとしてもゾルが犯罪奴隷になるだけでライルやナガレが連帯責任で犯罪奴隷になるわけではない。
寝食を共にし一緒に坑道を掘り苦労した仲なのだ。ゾルが犯罪奴隷になるのを放っておくことはできない。
「ゾル、ミスリル鉱石を見つけても手を出すなよ。振りじゃないからな。」
「・・・見るだけ。」
「妙な間があるのが不安だが・・・。」
ライルがゾルの説得をしている間
異世界にも振りってあるんだなぁとダチョ〇倶楽部の影響力をナガレは感じていた。