13.ゴルラと坑道
日が南の空に昇るころナガレ達は鉱山に到着した。
「今日からココがお前らの仕事場だ。」
鉱山の周りには森が広がっており、坑道の周辺は拓けていて工夫が寝泊りする小屋が建っている。
「お前らの仕事はただ一つ夕刻に鉱石を持ってくることだ。ノルマはこの籠に一杯分、それ以下だったらその分契約期間が延びるから気張れよ。その他はルールは自由にして良いぞ。寝てても良いし、森で狩りをしても良い。夕刻に報告に来なかったら逃亡扱いになるから報告は忘れるなよ。質問はないな。今日は準備に使って仕事は明日からだ。」
筋肉男は三人にツルハシとスコップ、拡張バックそして一日分の食料を渡すと二階建ての管理人用住居に入る。
「それでこれからどうするよ。仕事は明日からでもボーっとしてるわけにもいかないよな?」
筋肉男が説明したのは鉱石採取のノルマだけ、あとは何の説明もない。
もうすぐ夕刻だが工夫はまだ鉱石を掘っているのか広場には誰もいない。
「まずはここのルールを確認しないといけないな。」
ゾルが何言ってんだと不思議そうな顔をしている。
「ゾル、管理者達はルールを設けてなくてもここにいる工夫同士にはルールが必ずある。それを知っておかないと明日からの困ることになるぞ。」
「ライルの言うとおりだが、他の工夫は誰も戻ってないぞ。」
「そんなことはないはずだ。管理者以外にここを仕切っている者がいるはず。そいつは恐らく鉱山に入ることなくあの小屋でのんびりしている。」
「イヤイヤ、鉱山に入らないと鉱石が手に入らないぞ。そしたら碌に食事がもらえなくなるんじゃないか?」
ゾルもナガレと同じ考えで何度も首を縦に振っている。
「まぁ、答えはすぐに分かるさ。」
歩き出したライルに続いてナガレとゾルも坑道の前にあるボロ小屋へと向かう。
小さな窓からしか光のささない薄暗い小屋の中には大きな影が一つあった。
「見たことない顔だな。お前らが今日来るって話だった新入りってことだな?」
大きな影は体長二メートル以上ある横にも縦にも大きな男だった。
「そうです。旦那、今日からこちらでお世話になります。私がライル、こっちがナガレとゾルです。管理者からノルマの説明しかなかったものでここでのルールを教えて頂きたいと思いましてお願いできますか。」
大男の機嫌を損ねないためにライルは両手をこすり合わせながら低姿勢で尋ねる。
この男がどういった人物かは分からないが機嫌をとっておいて損はないことをライルはよく分かっている。
「良いだろ。俺はここのまとめ役でゴルラだ。ここでのルールは簡単だ。この小屋を使うなら籠半分の鉱石、坑道入口を使うならさらに籠半分の鉱石が使用料として必要だ。おっと、反論も文句も受け付けねぇぜ。この小屋を建てたのも坑道を掘ったのも俺たちだ。後から美味しいところだけ持っていくのは許さねぇぞ。因みにこの小屋にいれば魔物からも俺が守ってやるぜ。」
「それ以外は自由ってことで良いんだな?」
「ああ、この部屋以外ならどこで寝泊まりしようと自由だし、この坑道以外ならどこを使おうと構わないぜ。」
「分かった、邪魔したな。」
それだけ確認するとナガレは踵を返して小屋を後にした。
ゾルもナガレの後に続く。
「おいおい、ここを使わないと鉱石は掘れないぞぉ~、良いのか~。」
「心配してくれてありがとな、今は鉱石を持ってないからな。とりあえず自力でやってみてから考えることにするよ。」
入口で足を止めて返事をするとナガレとゾルはそのまま外に出た。
「けっ、心配なんてしてねぇわ。でお前はどうするんだ?今日の分は分割で払ってもいいぜ。一から坑道を作るなんて不可能だ。それに山を適当に掘ったからって鉱石が出てくるわけねぇからな。」
「旦那すまねぇ。知らない奴らじゃないから俺だけって訳にはいかないんだ。二人を説得してまた来るよ。」
「好きにしろ。泣きついてくるのは目に見えているがな。」
小屋と坑道の使用料として鉱石を籠一杯分出せと言うわりにはナガレ達のことを心配しているように見える。極悪人というほど悪い人物ではないのかもしれない。
そう思いながらもライルは二人を追って小屋を後にした。
「で俺の交渉を無駄にしてどうするつもりだ?鉱石をノルマ分掘らないと契約期間が延びるんだぞ。分かってるのか?」
「俺に考えがあるからちょっと見ててくれ。」
ナガレも何も考えなしに大男の提案を断ったワケではない。
スコップを持つとナガレはそのまま鉱山の壁に突き立てると穴を掘る始めた。
「やっぱりな。」
続けて二度三度と穴を広げるように鉱山の壁を掘り続ける。
「おいおい、マジかよ。力が強いことは分かってたけど、これは出鱈目すぎるぞ。」
ナガレはライルとゾルが見ている目の前でまるでプリンをスプーンですくうかのように鉱山の壁を掘ってゆき、アッと言う間にナガレの身体は穴の中に隠れてしまった。
「どうだこれなら何とかなるだろ?」
ナガレは新しく掘り進んだ洞窟から顔出すと得意気に笑った。
「イヤイヤ、確かにとんでもないスピードで坑道が出来上がってるけど明日の夕刻までに俺達三人分のノルマを達成するだけの鉱石が手に入るかは分からないだろ。どこに鉱脈があるのか分からないんだから。」
「大丈夫だ。俺達にはゾルがついている。」
ナガレはゾルの肩を叩きながら自信満々に答えた。
「鉱物好きのドワーフのゾルなら鉱石が埋まっていそうな方向を嗅ぎ分けられる。なっ、ゾル。」
ゾルも両手を組んで自信満々に頷いて答えている。
「イヤイヤ、おかしい。おかしいから。何で鉱物好きのドワーフだったら鉱石が埋まっている方向を嗅ぎ分けられるの?ドワーフって嗅覚が鋭かっったっけ。そんなことないだろ。嗅覚の鋭い犬獣人だって鉱石の匂いなんて嗅ぎ分けれないよ。だって鉱石に匂いなんてないもの。仮に匂いがあっても鉱山の中に埋まっているんだから匂いが外に漏れるわけないじゃん。常識で考えてくれよ。」
ドワーフに鉱物好きの属性が加われば鉱物がある方向くらい分かるのは常識ではないのかとナガレは疑問に思ってゾルを見る。
「ゾル出来ないのか?」
ゾルは言葉を発しないが任せろとばかりに今度は胸を拳で叩くと穴の中に入っていった。
「分かるみたいだぞ。」
「・・・そうか。もう何も言わん。」
「俺とゾルで鉱脈を見つけるから食事の準備を頼む。」
「そうだな、穴掘りを手伝うよりも雑用を俺が担当してナガレに坑道造りに集中してもらったほうが良いな。鉱床が見つからなくても再度交渉するから無理はするなよ。」
「ゴメンな。ライルの交渉を台無しにして。」
「気にするな。俺もこれ以上借金したくないからな。それに台無しにはなってないから大丈夫だ。」
そう言うとライルは火をつけるための枝を拾いにいった。
「ん?そっちか。」
ナガレはゾルが指さす方向へとスコップを突き刺した。
「ナガレ~、ゾル~。飯が出来たぞ~。」
太陽が傾き始めたころライルの声が坑道ないに響いた。
ナガレとゾルが坑道の外に出るとスープの匂いが鼻をくすぐる。
「「(グゥゥ~)」」
匂いに胃袋が刺激されて二人の腹が時を同じくして鳴る。
「さ、二人とも疲れただろ。飯の準備が出来ているぞ。しっかり食って英気を養ってくれ。」
「スマンな。飯の準備を任せっきりで。」
「良いんだよ。適材適所。サポートは任せてくれ。俺は二人が十全に力を発揮できるようにするからさ。」
ライルはスープを取り分けてナガレとゾルに配る。
「ありがと。匂いだけで涎がでてくるな。」
ゾルは何も言わないが口から垂れている涎が全てを物語っている。
「この森はラッキーなことに山菜や香草が豊富にあったからそれなりの料理がこれからもできるぞ。」
山菜や香草が豊富にあってもナガレは料理が苦手なのでライルの料理の腕前に素直に関心する。
スープを口に入れると山菜の旨みに香草の香りいっぱいに口の中に広がる。
熱さも気にせずナガレとゾルは飲むようにスープを食べる。
「プハ~、食った、食った。旨かったよ。ライル。」
「喜んでもらえて良かったよ。それで半日坑道を掘ってどうだった。」
たった半日鉱山を掘っただけで鉱石が掘れたるわけないのだが、ナガレの力による掘削スピードを見たライルは不可能ではない気がしている。
「フッフッフ。ゾル、アレを見せてやれよ。」
ゾルが自分の拡張バックから石ころを取り出してライルに向けて突き出した。
腰に手を当て胸を張った堂々とした姿だ。
「・・・なんだこの石ころは?」
手の中でクルクル石ころを回して観察してもコレが何であるかライルには分からない。
石の専門家でないのだから当たり前である。
「イテ!何するんだゾル。」
そんなライルの頭をゾルがはたく。
「これが鉄の鉱石らしいぞ。」
「そうなのか。俺にはただの石ころにしか見えないぞ。イタ、分かったから叩くな。」
これが鉱石だと信じないライルの頭を再びゾルが叩く。
「まぁ、これで明日からのノルマは何とかなるな。」
ナガレがゴルラの話を断ったときはどうなるか少し不安だったライルも安堵した。
これで契約期間が伸びずに済みそうだ。
「明日からはライルにも坑道での仕事があるからな。」
「は?俺はサポートとして雑用が仕事だよな?」
「ああ、そうだけど。それ以外の時間は坑道の仕事も手伝ってくれよ。」
「はぁ~、飯を準備している以外の時間は手伝うよ。」
三人で協力した結果たった半日で明日以降のノルマ達成の目途がたったのだった。