12.鉱山へ
「オメェらいつまで寝てんだぁ!さっさと起きろ。」
鍋とお玉をぶつけてけたたましい音を部屋中に鳴り響かせながらムンゴが部屋に入って来る。
まるで昭和のお母ちゃんのようだ。
「ムンゴ、うるせぇよ。」
「・・・。」
「まだ夜だろ。寝かせてくれよ。」
ライル、ゾル、ナガレは甲高く響く大きな音に無理矢理夢の世界から呼び戻された。
ナガレが言うようにまだ日は昇っておらず部屋の中は闇に閉ざされていた。
金属がぶつかり合う音とムンゴの声が聞こえるが姿はどこにも見えない。
「出発前に朝食を食べれるように態々起してやったのになんだいその態度は。感謝はされても文句言われる筋合いはなねぇぞ。飯が要らないんなら処分するだけだからかまわねぇがな。」
「嫌だなぁ~、ムンゴさん。俺達そんなことは言ってないだろ。ちょっと大きな音がして驚いただけだよ。な、ナガレ。」
「そうそう、俺も部屋が暗くて驚いただけだから、起してくれてムンゴには感謝しているよ。」
「感謝。」
ライルの脊髄反射並の手のひら返しにナガレとゾルが追随してムンゴを持ち上げる。
無口のゾルまでもムンゴに感謝の言葉を述べる。
三人ともこんなことで朝食抜きになるのはゴメンなのだ。
「白々しいおべっかを使いやがって。まぁ、良い。俺もお前たちが朝食を抜いて鉱山で使い物にならなかったらクレームがくるからな。朝食は机においておくからさっさと食べて降りて来い。」
ムンゴは朝食の入った籠を机に置くと一階へと降りていく。
「二人ともさっさと食わないとムンゴに回収されちまうぞ。」
ライルは暗闇に包まれた部屋の中をスイスイと危なげなく移動する。
「どうしたナガレ?飯を食わないのか。要らないなら俺が貰うぞ。」
暗闇で部屋の様子が把握できずにオタオタしているナガレにライルが言葉を投げかける。
「この暗い状況でどうして二人はどこにもぶつからないで平気で移動できるんだ?」
「ああ、俺は《暗視》スキルを持っているし、ゾルはドワーフだから暗闇でもある程度目が見えるんだよ。ナガレが見えないことに気がつかなったわ。そっちに持っていってやるから座って待ってろ。」
「すまん、助かる。」
ライルは周りの見えないナガレの手に朝食の籠を渡す。
「気にするな。貸し一つにしといてやる。それと朝食はサンドイッチだからそのまま食べろ。」
「ライルに貸しは怖いな。すぐに返すようにする。」
博打打ちのライルに貸しを作ったままだとゆっくり眠れなるわけないのでナガレは早急に貸しを返すつもりだ。
「利子は付けないでおいてやるよ。」
全く安心できないセリフを残してライルも朝食を食べ始める。
サンドイッチを食べ終わる頃にはナガレもようやく暗闇に慣れて薄っすらと周りの様子が分かるようになってきた。
「まだ見えないなら手を貸してやろうか。もちろん貸し一つで。」
「いや、大丈夫だ。それに貸しは一つで十分だ」
ライルの助けを断るとナガレは薄っすらと見える家具を避けながら部屋の外へ出て階段を下ってゆく。
「ヌオッ!」
目が慣れて何処にもぶつからないので油断したのかナガレは最後の一段を踏み外してしまった。
「俺の親切心を無碍にしたからだぞ。」
ライルはナガレを追い越して外へと出てく。
「気をつけろ。」
ゾルもゆっくりと歩いて外へと出てく。
ナガレも再び家具にぶつからない様に目を凝らながら恐る恐る外へと出る。
「お前らの雇い主はとっくに到着しているぞ。トロトロすんな!早く来い。」
夜の闇がまだ残る朝靄の中、大声で怒鳴るムンゴのとなりに筋肉隆々の男と一緒に立っている。
筋肉男が怖いのか朝から大声を出すムンゴに文句を言う住民は一人もいない。
「ムンゴ、全員の力を確認させてもらうぞ。」
「もちろん構いません。お前らコッチに来てコレを持ち上げろ。」
ムンゴはナガレ達3人に足元にある拡張バックを持ち上げるように指示をだす。
「俺からやるぞ。」
ナガレはガロと狩りをしたときと同じように片手で持ち上げて肩にかける。
マジックバックと拡張バックの違いを知らなかったナガレだが今はガロに教えてもらったのでこれが拡張バックで重量が重いことは理解している。
ただ身体能力は上がっているので今持っている拡張バックがどれくらい重いのかはよく分からない。
「「・・・・」」
肉体労働がお世辞にも向いているとは言えない体型のナガレが重量のある拡張バックを軽々と持ち上げて筋肉男とムンゴは開いた口が塞がらずポカ~ンとしている。
「これで良いのか?」
「あ、ああ。もう良いぞ。お前、肩は何ともないのか?」
「ん?ああ、何ともないぞ。」
「そうか。人は見た目に依らないと言うが・・・。お前は3人分くらい働けそうだな。期待しているぞ。」
「ああ。」
筋肉男とムンゴの驚き具合から考えて普通は片手で軽々持ち上げられないほどこの拡張バックは重いのは分かった。
身体能力が高いことは隠すべきかもしれないがバレた後に下手に隠したら余計に怪しいヤツになるのでナガレは普通に返事をする。
「ムンゴ、もちろん、こいつも同じ値段だよな!」
「ムムム、仕方ない。そういう約束だからな。」
「ふっはっは、こいつは掘り出し者だな。こいつだけでも今回の取引は成功だ。」
筋肉男は安い金額で筋力のある労働力を確保出来て上機嫌だ。
対してムンゴは面白くないが約束は約束だ。グレーな商売をやっている分通常の商人よりも信用が大事だ。
一度信用を失えばもう廃業するしかない。だから例え口約束でも違えることはできない。
「次は俺だな!いくぜぇ!・・・い・く・ぜぇ・・・。ハァハァハァ。何だこれ、めちゃくちゃ重てぇぞ。ナガレはどんな筋力してんだ。」
軽々と筋力のなさそうなナガレが持ち上げていたのを見て予想した重量よりはるかに重いくてライルは両手で地面から少し持ち上げるだけで息が上がった。
「フン!」
ゾルはドワーフらしく筋力があるようで両手を使っているが軽々と持ち上げた。
「優男とドワーフは良くも悪くも予想通りだな。ムンゴ、三人共貰っていくぞ。」
「毎度あり。」
筋肉男は上機嫌にムンゴに金を払う。
「んん?旦那、金貨が多いですぜ。」
「なに、いつも世話になっている上に今回はいい取引だったから少し色を付けただけだ。次も良い人材を頼むぞ。」
「へい、任せてくだせぇ。お前ら旦那に迷惑かけるなよ。」
ナガレ達三人は筋肉男が操る馬車に乗ってまだ薄暗い中メントの街を出発した。
「ゾルはドワーフの見た目通り筋力があると思っていたけどナガレのアレは何なんだ?ゾルですら両手でやっと持ち上げたのを片手で軽々と持ち上げて肩で担ぐっておかしいだろ。」
ライルの隣でゾルもそうだそうだと何度も頷いている。
「いや、おかしいって言われても困るんだけど。ただ身体能力に自信はある。」
「細腕の俺より力があるのは良いとしてこの丸太のように太い腕を持つドワーフのゾルより力があるなんて自信があるってレベルとは次元の違う話だぜ。お前のその腕でよ。」
「ブヨブヨ。」
「お褒めに預かり光栄です。それとゾル、ブヨブヨじゃない。ぽっちゃりと言いなさい。」
身体能力の高さの説明ができないナガレは適当に話すしか出来ない。
異世界人の扱いが分からないのでナガレの持論はある異世界からこの世界に来たときに身体能力が上がったとは説明できない。
また、その持論もあまりに一般的な能力からかけ離れているので疑わしくなっている。高レベル冒険者であるガロより高いのだから。
「ナガレにも事業があるから理由を言えないのは良しとしよう。その代わりナガレにはしっかり鉱山の力仕事で俺達をサポートしてもらうぞ。」
「もちろん。」
「良いよ。その代わりライルには情報収集と交渉事をやってもらうぞ、ゾルには・・・鉱物知識で活躍してもらうおうかな。」
ゾンにも力仕事を頼んでもうかと思ったがそれだと自分と被ってしまう。鉱石で借金するくらいだから功績に詳しいだろうし鉱山に行くのだから鉱石知識は必要になるだろうからそっち方面を頼むことにした。
「力仕事はダメだが情報収集と交渉事なら任せとけ。」
「任せろ。」
「オイ、お前ら仲が良いのはいいが仕事だ。」
筋肉男が大声を上げながら御者席から飛び降りた。
ナガレ達三人も荷台から帯び降りる。
「ライル、仕事って何だ?」
「街道で護衛のいない馬車にいる奴隷の仕事って言ったら決まっているだろ。」
商人の馬車や乗り合い馬車には護衛がつく。
治安の良い日本と違いここでは魔物も出れば盗賊も出るのだから当然だ。
例外は冒険者や騎士団など自ら身を守れる者達だけだ。
つまり護衛のいないナガレ達も自らの身は自分で守らないといけない。
「ああ、魔物か盗賊でも出たか。」
「まぁ、こんなしけた馬車を襲う盗賊なんていないから魔物だろ。ホラあそこ。」
ライルの指差した方向からウッドドッグの群れが現われた。
ウッドドック、森に住む魔物の一種だ。一匹一匹の脅威度は低いが必ず群れで行動している。犬の俊敏性で連携をしてくるので一匹相手に手間取っているとすぐに二匹三匹と襲いかかってくるのだ。
さらに森の中では木々を利用した三次元行動で翻弄してくる厄介な魔物だ。
ゴブリンがE級冒険者に最も殺される魔物に対してウッドドッグは最もE級冒険者を殺している魔物だ。
「ついてねぇ。ウッドドックかよ。」
ウッドドックの厄介さを知っているライルはしかめっ面でボヤく。
「オイ、自分の身は自分で守れよ。俺にお前らを守る余裕はないからな。」
「マジかよ。俺は戦闘は苦手なんだよ。ナガレ、ゾル、俺を守ってくれるよな。」
ライルは情けないことを言っているがここは適材適所、途中で足を引っ張るより最初から出来ないことを言ってくれていた方が良い。
「分かったよ。俺は前に出て蹴散らすからゾルは馬車を背にしてライルを守ってやってくれ。」
「任せろ。」
ナガレはウッドドックの出鼻を挫くために森から出てきたばかりのウッドドックへ一足飛びで近づくと喧嘩キックで吹っ飛ばす。
ナン村での盗賊の討伐に加えてメントまでの移動中に魔物との戦闘も経験して戦いそのものにナガレも慣れてきた。
身体能力が圧倒的に低い相手に全く恐怖感を抱かないのもあって日本のときは考えられないような行動が出来ている。
「ナガレ、すげぇ!これなら大丈夫だな、ゾル。」
「ああ。」
「おい、無理するなよ。お前らに怪我されたら大損なんだからな。」
筋肉男はナガレを心配するが優しさは全くない。全ては自分の利益のためだ。
「怪我の心配するなら護衛をつけろよな。」
筋肉男のセリフにライルは正論で反論するがウッドドックの対処で筋肉男に返事する余裕はなくなった。
「ライル大丈夫だ。すぐに終わる。」
ナガレに仲間を倒されてもウッドドックはにげることなく二匹三匹とまとまって飛び掛る。
E級冒険者ならそのジャンプ力によるスピードについてゆくのがやっとだがレベル1000を超えたナガレには止まって見える。つまり完全に的である。
「それ、イチ、ニィ、サン。」
特に捻りもないパンチをウッドドックの頭に叩きつける。唯一していることと言えば振りかぶらないこと。腰に全く力が入ってないがそんなものはレベル差の前には関係ない。
「キャイン。」
ウッドドックは情けない声をあげながら吹き飛んでゆく。
「おお!もっとやったれナガレ!」
ライルはゾルに守られているために声を上げる余裕があるがゾルと筋肉男にはその余裕はない。
ほとんどのウッドドックをナガレが始末しているので怪我や疲労はみられなず危なげなく対処している。
周りを気にする必要がないナガレは流れ作業のようにウッドドックを倒していく。
「それだけ強かったら鉱山よりも稼げる仕事があるんじゃないか?」
ナガレ達はウッドドックの群れを追い払い再び荷馬車で移動を始めていた。
現在ナガレ達三人は借金奴隷の身分なのでウッドドックの魔石は筋肉男の総取りとなる。
契約内容に鉱山の道中ものことも全て仕事に含まれるようになっていたのだ。
金に細かそうなライルが何も言わないのだから当たり前のことなのだろうと面倒ごとを極力回避したいナガレも何も言わなかった。
ゾルに関しては黙っているので心情までは分からないが言う程の文句はないらしい。
「そうかもなぁ。次はもっと考えて行動するよ。」
思い返してみればメントの街に入ってすぐの屋台からしておかしかった。アレだけ目立つって人通りも多いところの屋台なのにナガレ以外に客がいた気配がなかったのだ。
あのおっちゃんは当たり屋二人の仲間だったのだろうと今なら分かる。
「それだけ強けりゃ冒険者でもやればかなり稼げるんだろ。」
「ああ、鉱山の仕事を終えたらそうするつもりだよ。」
ライルに太鼓判をもらってナガレは冒険者をなる考えは間違っていなかったと分かった。
その後は何も起こらず鉱山へと無事に三人は到着した。