第7話 掃討作戦
興梠さんのお説教と査定が終わると事務所の奥へと通される。
まぁ、奥といってもプレハブの仮事務所なこともあって応接室なんかじゃなく、衝立で仕切られただけの職員用の休憩スペースだ。
食事をとるために置かれたテーブルと、隅の長机にはポットやコーヒーサーバー、紙コップなんかが並べてある。
物珍しさから、ついついきょろきょろと観察してしまう。
そのたびに座ってるパイプ椅子がミシミシと悲鳴を上げるけど。
壊れないよな、これ。
「待たせてしまって申し訳ない!」
何度かパイプ椅子を破壊した苦い記憶を思い出していると、突然、声がかかる。
振り向けば細身のスーツを着た長身の男性。昨日、興梠さんに指示をだしていた人が立っていた。色素の薄い茶色の髪に、眼鏡の奥の少し垂れた優しそうな目。
ただ、なんだろう、見たままの人じゃない気がする。
「ああ、いいよ。掛けたままで」
立ち上がろうとする俺を手で制して、正面の椅子にスッっと椅子へ腰掛ける。
なんかすごく所作が綺麗だな、この人。
「初めまして、だね。秋月くん。僕は中武修一。ここの責任者で、ついでに君の大ファンなんだ」
「ファン、ですか?」
なんで?
いや、確かに学校では俺のファンだって人はいた。こんな見た目で目立つからだろうけど、なんでこんな大人が俺のファン?
「不思議そうだね。自覚がないかもしれないけど、君は有名人なんだよ」
流石に自覚はありますけどね。
「確かに目立ちますから有名なのはわかるんですが……」
特にスポーツとかもやってないのにファンもなにもないと思う。
「まぁ、そのへんは詳しく話しても仕方ない。とりあえずは君が表に出てくるのをずっと待ってたって感じかな」
「表に、ですか?」
「そう。そしてついにその日が近づいてきてる。所有してるダンジョンを防衛状態にしたんだよね?」
「はい、たぶんですが」
「もし本当に防衛に入ってたら、恐らく個人では第1号だ。これは大変なことだよ」
いまいちピンとこない。
「これから世界は変わる。すぐにダンジョン探索はスポーツ中継と同じ程度の娯楽として受け入れられる。倫理観も変わる。そう世界が仕向けてるからね」
「それ言っていいことなんですか!?」
「うん、あんまり良くないかな。でも君は知っておいた方がいい。たぶん、君はすぐに全国区で有名になるだろうから」
そんな馬鹿な、と思いつつも胸がざわつく。
まだ自分のことをよくわかってなかった頃、そんな妄想をしたことがある。
オリンピックでいくつもメダルを取って、取材を受けてテレビに出て。
結局、競技にすら出してもらえなかったけど。
「あっと、すまない。少し興奮しすぎた」
「いえ、大丈夫です。正直、実感はないですが……」
「まあ、そうだろうね。じゃあ、本題に入ろうか」
そう言って居住まいを正す中武さん。
背筋がピンとしてて雰囲気がある。なんかの家元みたいな感じ。
「まずはダンジョンの状況を教えてもらえるかな」
「はい」
といっても、そんなに話すことはないんだけど。
とりあえず、1層、2層に魔物の再出現が無いこと、3層、4層の魔物の大型化、奇妙な動き、死体の消失の早さについて説明していく。
「……なんというか、凄まじいね。普通は野犬に囲まれたら、人間は死ぬしかないと思うんだけど」
「あはは……」
答えづらいので愛想笑いで流す。
「聞く限り防衛に入ってるとみて間違いないだろうね。このまま放置することはできない」
防衛に入ったダンジョンはボスクラスの魔物の創造と休眠を繰り返すようになる。
それと同時に、効率よく魔力を集めるためにダンジョンの周辺の環境まで少しずつ変え始める。
こうなってしまうと、ボスを倒して防衛状態をリセットするしかない。
「5層にはかなり強力な固体がいるだろうけど、秋月君はどうしたい?」
「できれば自分で討伐したいと思ってます」
「やっぱりそうか。先に報告してくれただけでも感謝するべきかな……」
そう言って頭を抱える中武さん。
「さっきも言ったけど、僕は君のファンだし将来にも期待してる。こんなところで死んでほしくない。だから少しだけ特別扱いさせてもらえないかな?」
「特別扱い?」
「そう。立会人をつけさせてほしい。何かあった時に助け出せるように」
なんかずるい気がする。
「もちろん戦闘の邪魔はしないことは約束する。個人所有のダンジョンのことに口出しできる立場ではないんだけど、受け入れてくれないだろうか」
うーん。正直、1人でやりたい。
けどボスがどのくらいの強さかわからないし、別にここで死にたい訳でもない。
保険はあったほうがいいのかなぁ。
「わかりました。よろしくお願いします」
立ち上がって頭を下げる。
「よかった!ありがとう秋月君!なにがあってもいいように、コネを使って最高の人材を呼び寄せるよ!」
同じように立ち上がって凄いことを言い出す中武さん。
どんなコネなんだ。ムー大陸の凄い人とか来たらどうしよう。
「うん、これで秋月君のほうは大丈夫だね」
中武さんが椅子へ座りなおす。俺もそれに続いて椅子へすわる。パイプ椅子がパキっと音を立てた。
「それじゃあ次はこちらの話、というか、これもお願いなんだけど」
あ、そうだった。お願いがあるんだっけ。
「1層のゾンビ掃討作戦に協力してもらえないかな」
「掃討作戦?」
「そう。秋月君も聞いてると思うけど殆どのゾンビが入り口に集まってる。今日も入り口で交代しながら数を減らしてるような状態なんだ」
ゾンビドラマで、フェンス越しにゾンビをザクザクやってるシーンがあったなぁ。
「昨日、自衛隊がやってくれたんじゃなかったんですか?」
「いや、昨日は救助優先だったからね。あまり数は減らせてないんだ。もちろん、掃討を自衛隊に依頼することもできるんだけど……」
中武さんが声を潜める。
「お金をとられるんだよ。結構、洒落にならない額を。それになにより、そんなことしたら自衛隊が必要な場所に民間人を入れるのかと批判の材料にされる可能性がある」
昨日の件だけでも本当はまずいんだよ、と溜息をつく中武さん。たしかに、民間人のダンジョン探索に反対する団体は多いみたいだもんなぁ。
「わかりました。やります」
ダンジョンに入れなくなるのは困るからね。やれることはやらないと。
「ありがとう秋月くん。本当に助かるよ。それで概要なんだけど……」
お礼もそこそこに話を進める中武さん。話を聞いていくうちに自分の頬が引きつるのがわかる。
「中武さん、これ、俺がいる前提で組まれてるじゃないですか。しかも明日って!」
「まぁ、秋月君は受けてくれるだろうと思ってたからね」
「それにこれ、俺が切り込んで、それに後続が続くから後は好きに暴れてって作戦でもなんでもないですよね」
「秋月君ならできると思ったんだけど無理だったかな?」
うわあ!煽ってきた!なんだこの人!
「……できます」
「いや、ごめんね。ちょっと嫌な言い方だった。ただ、僕は君なら問題なくこなせると思ってる。なにより、君に頼るしかない状態なんだ。申し訳ないけど、お願いできないだろうか」
深々と頭を下げる頭を下げる中武さん。
もともと受けるつもりだったし、まだ高校を出たばかりの俺なんかに頭を下げられると申し訳なさが先にきてしまう。
「あの、頭を上げてください。この話は受けるつもりですから」
「ありがとう。秋月君みたいな若者に、こんな危険なことを頼むのは心苦しいんだけど……。君しかこの状況を打破できる人材がいないんだ。情けない話だけどね」
「大丈夫ですよ。ほら、俺ってこんな身体で強いですし」
「確かに秋月君は陸上生物最強って感じはあるね」
「いや、それは……」
さすがにゾウとかは無理だと思うんだけど。