第4話 職員の興梠さん
県指定11号ダンジョン。
この地方でそれなりに大きな規模の史跡、前期古墳時代の古墳群が迷宮化してしまった県の探索推奨ダンジョンだ。
某球団のキャンプ地になるスタジアムの隣にあると言うと、他県の人にも通りがいいかもしれない。
ただ、当然ながら迷宮化に伴い周辺施設は閉鎖。某球団もキャンプ地を変更せざるを得なかった訳だけど。
地元民の嘆きは計り知れない。
このダンジョンは県の推奨だけあって、既に周囲には高さ4mのコンクリート壁が設置されている。
自衛隊も衛生科を含めて駐屯し、魔石やドロップ品の査定買取を行う特殊法人日本迷宮探索者協会の出張所もある万全のサポート体制だ。
ダンジョンは10階層まで調査済み。
低階層ではゾンビが大量にうろついているが、動きは遅く危険度は低めとのこと。
母さんの忠告に従って、昼ごはんを食べてから様子見をかねて出張所へ足を運んでみたんだけど……。
「上げるぞ!イチ、ニッ、サン!」
「あああああっ!」
「止血急げ!」
「早くなんとかしてくれよ!」
「重症者の治療が先です! 待っててください!」
「回復薬の在庫出してこい!」
壁の向こうから聞こえてくる怒号、叫声。
けたたましいサイレンと共に初めて見る色の救急車が壁の出入口から飛び出してくる。
なんだこれ……。
壁の中は見えないものの、聞こえてくるのはまるで映画で見た野戦病院のようだ。
壁に隣接する出張所、まだ仮事務所のプレハブに入ると、そこもなかなか大変そうだった。
鳴り響く電話に忙しそうに走り回る職員達。
他に探索者がいないせいか、誰も俺が入ったことに気付いてない。
このまま回れ右して帰りたくなるが、そういうわけにもいかない。意を決して声をかける。
「すみませーん」
一斉に集まる視線。居心地わるい。
まあでも、こういうのはいつものことだ。
慣れはしないけど。
「忙しいところすみません。大丈夫でしょうか」
責任者らしきスーツの男性と話していた若い女性が、指示を受けた様子でこちらへ駆けてきた。
肩より少し長いくらいの髪を後ろでまとめた、目の大きな可愛らしい印象の人。
「すっ、すみません、おまたせしました。受付担当の興梠です」
見上げてくる興梠さんの目は少し潤んでるし腰が引けている。
でかいから怖いですよね。すいません。
「魔石とドロップ品の査定をお願いしたいんですが」
「あっ、査定ですね。では、登録カードをお願いします!」
財布から取り出したカードを手渡す。
カードをPCのリーダーにかざすと登録情報が表示されたようだ。
「えっと、秋月宗助さん。えっ、18歳なんですか!?」
ストレートすぎないかな!? 慣れてるけどさ!
「はい、よく言われますが18歳です」
「ああっ!ごめんなさいっ!とりあえずお掛けください」
はい、と腰掛けるとステンレスパイプの椅子がみしりと危険な音を立てる。
壊れないかな?
「でも、よく魔石の回収ができましたね。あんなことになってたのに」
「あ、いや、ここには潜ってないんですよ。自宅のダンジョンに潜ったので」
うまく伝わらなかったのか、不思議そうな表情。
やっぱり珍しいんだろうな。指定ダンジョンに潜らないのって。
「えっ? あっ、ほんとだ! これ県の個人所有ダンジョン第一号じゃないですか! 一人!? 一人で行ったんですか!?」
「はい、一人です」
「危険すぎます! しっかり準備してたここでだって大変なことになってたんですよ!」
「あの、いったい何があったんですか?」
ここは低階層では大変なことになる要素はなかったはずだ。予想外に強力な魔物でもいたんだろうか。
「それが……、探索初日で気合いが入ってたのか猟銃を持ち込んだ探索者さんが多かったんです。それでイヤー、えっとイヤー……、耳栓をつけてた人が多かったみたいで」
「イヤーマフですか?」
「耳栓のせいでゾンビが近づいてるのに気づかなくて取り囲まれて」
普通にスルーされた。
でも銃声がうるさいとはいえ耳を塞ぐなんて。
「なんとか逃げ出してゾンビを引き連れたまま別のパーティーに助けを求めて」
ああー。
「対処しきれずにまた逃げて、それが連鎖した結果、入り口に大量のゾンビが殺到したんです」
思ったよりしょうもない理由だった……。
「それであんなことになってたんですね」
「そうなんです。ほんとに死者がでなかったのが唯一の救いですよ」
「良かった。死者はでなかったんですね」
本当に良かった。そんなので知り合いが死んでたらたまったもんじゃない。
「はい。自衛隊の皆さんの突入のおかげです。ただ、重軽傷者多数ですけど」
先行調査に救助、自衛隊には頭があがらない。
「それより貴方です! なんで1人で潜るなんて危ないことしたんですか!」
「いや、自宅の小さなダンジョンですし。それに危なそうにみえますか?」
と、両手を広げてみせる。
「んんん、見えません……」
なぜかしょんぼりする興梠さん。
「ですよね。ということで査定をお願いします」
「ああ! ごめんなさい、長話してしまって」
慌てて査定品を乗せるトレイを出してくれる。
「いえ、話を聞きたかったので助かりました」
ボディバッグから魔石を入れた袋を取り出し、トレイに魔石を並べていく。
「えっ? えっ、ええっ? これを1人でですか!?」
「はい。あと回復薬が2本です」
1本は母さんが欲しそうだったのでプレゼントした。
初探索の記念だし、喜んでもらえたし安いものだ。
顔を上げると、興梠さんが唖然としていた。
「言葉も出ないです。ほんとに凄いですね」
「ありがとうございます」
あ、素直に凄いと言われるのって嬉しいものだったんだ。
忘れてた。
「あ、もしかして少し照れてます?」
「はい、少し」
素直に答えると、予想外だったのか興梠さんが少し慌てる。
「あっ、えっと、それじゃあ査定しますね!最下級グレードの魔石が……19個で38000円、低位回復薬が2本で40000円、合計78000円です!」
「ええええ!? そんなになるんですか!?」
「ふふふ。いいですね、その反応。だんだん秋月さんが年相応に見えてきました」
「う……」
うまくからかわれてる。なんか、可愛い人だな、この人。
年上に失礼かもしれないけど。
「まだ研究用途の需要が多いので高額なんです。供給が追いつくまでのボーナスタイムですよ」
「それにしたって驚きました。予想外ですよ。いい意味でですが」
「秋月さんだと、うわぁ、それがほぼ時給ですよ。確かに驚きますよね。私も驚きました」
PCの画面を見ながら時給計算する興梠さん。
あれで探索時間もみれるんだ。
それにしても78000円か。洗濯機買えそう。
「えっと、どうします? 全部引き取りで大丈夫ですか?」
「あっ、はい。もちろんです。お願いします」
「はーい。代金は1時間以内に専用口座に振り込まれますから確認してくださいね」
「聞いてはいましたけど早いですね。支払い」
「ふふふ、国家事業ですから。今日は美味しいものでも食べてお祝いしてくださいね」
「あ、いいですね」
やっぱり牛肉かな。A5ランクの県内産。
「それでは以上です。ばたばたしててすいませんでした」
「いえ、こちらこそ忙しい時にすいません」
席を立ち、頭を下げる。
「いえいえ、こちらとしては将来有望な若者に顔が売れて大満足です。これからもよろしくお願いしますね」
ああ、なんだろう。なんかいいな、こういう会話。
「こちらこそよろしくお願いします。こんな風に誰かと話したの久しぶりだったから……少し嬉しかったです。ありがとうございます」
あっ。
このお礼ってものすごく微妙じゃないか!?
「ぇあ……はい……」
ほら、やっぱり興梠さんの反応も微妙だ!
「すいません、それじゃ失礼します」
「はぃ……」
恥ずかしさのあまり逃げるように受付を離れる。
興梠さんの、「綺麗な子……」という呟きが聞こえてしまったのが余計に恥ずかしかった。