第2話 魔石とドロップ
「見えた」
横一列に並んで、こちらに駆けてくる数は5体。
予想通り。
けど、このまま正面から同時に飛び掛かられるのはまずい。
手足が足りない。
じゃあどうするかというと
「タイミングを、ずらす!」
一番右端を走る1体へ全身のバネを使って踏み込む。
反応しきれない魔物の頭を踏み出した右足で踏みつける。1体。
その勢いで俺へと身体をよじる魔物を鉄板で薙ぐ。2体。
弾けた2体目の破片を浴びた1体がバランスを崩して地面を転がっていく。ラッキーだ。
残った2体が身体を横倒しにしながら旋回して飛びかかってくる。
けど連携もとれてない。どちらも足狙い。2体同時に薙ぎ払う。3体、4体。
流石に両断できずに大きく吹き飛んで、キャンと甲高い鳴き声。
さっきバランスを崩したやつにぶち当たったみたいだ。
またもラッキー、と言うかこんなことある?
なおも起き上がろうとする不運な魔物に鉄板を付き入れて5体目。
もう足音は聞こえない。気配もない。
「ふぅ」
なんか、さっきの興奮が嘘みたいに落ち着いてしまった。
周りを見回せば、ごろごろ転がる無残な死体。
魔物と言っても動物と変わらない。
地面に広がる血溜まりも、飛び散った内蔵も、はみ出した内臓も、生き物と一緒なんだろう。
けど、特に抵抗はない。
殺したことへの忌避感も感じない。
俺がおかしいのかな。多分おかしいんだろうなあ。
はぁ……、
もう気にしても仕方ないか。
さ、そんなことより、魔物を倒したら絶対やらないといけないことがあるんだった。
魔物が魔物たる所以。
魔石。
その回収作業だ。
モンスターは必ず、魔力をコントロールするための魔石を体内にもっている。
これで体内の魔力量を調整して、身体能力を強化したり大型化したりしてるらしい。
ちなみに人間には魔石がない。だから魔力で身体能力を強化することはできない。
いや、理論上はできるらしいけど魔石がやってくれることを自分でやらないといけないから、人間じゃ処理能力がついていかないそうだ。
だから、強化のためには魔石の変わりとして機能する、それなりに貴重な装備品が必要になる。
ファンタジーでは当たり前の強化魔法が、現実には使えないというのはけっこう意外だよね。
俺にはあんまり必要なさそうだけど。
左胸に固定したナイフを引き抜いて魔物の胸を裂く。
魔石はだいたい重要な機関に癒着している。ほとんどの場合が心臓。
肋骨をナイフで砕いて開く。
あった、これか。
心臓の上のほうに1cmくらいのポリープ。
ナイフを入れると黒ずんだ玉がひとつ零れ落ちてきた。
これが魔石。
魔物の体内でしか生成されない純粋な魔力の結晶。
新世代のエネルギーとして期待されて、いくつかの研究が進んでいるらしい。
けど、これは……。
小さいなぁ。
魔石は魔力が強ければ強いほど、透明で大きくなるそうだ。
だけどこれは、真っ黒で大きさも小さい。パチンコ玉くらいかな。
講習で見たのでも、もう少し大きかったし色も薄かった。
ほとんど野生動物とかわらないんだろうな、こいつ。
少し落胆しながらも、魔石を回収していく。
当然、全部小さくて真っ黒だ。
まあ、小規模ダンジョンの第1層だしこんなもんだよね。
って「ええっ!?」
5個目の魔石を手に取ったとたん、淡い光を発しながら魔石がボロボロと崩れ落ちた。
光は徐々に強くなり眩しさを感じるほどになると唐突に消え……
手の中に残ったのは俺の親指ほどの小瓶。
うわ。
うわっ。
うわあああっ!
「すっごっ、これがドロップか!」
魔石に蓄積された魔力が、魔法のアイテムに変換される現象、ドロップ。
ダンジョンの恩恵のひとつだけど、原理はまだ解明されていない。
一応、人間の集合無意識が魔石の魔力によって実体をもつんじゃないかというのが有力な説ではあるらしい。
えっと、この瓶の形と中身の薄い水色は低位回復薬か。
縫合が必要な切り傷くらいなら一瞬で治すくらいの力はあるらしいけど……。
使ってみたい。使ってみたいけど怪我していないしなぁ。
ちょっと指切ってみようかな。
いやいや、そんな馬鹿なことはやっちゃだめだ。素直に残りの魔石を集めよう。
……うーん、のこりはパチンコ玉。そう上手くはいかないか。
用意しておいた小さな巾着袋に、魔石と回復薬を入れて胸ポケットへ。
大したこと無いとはいえ、初めての戦利品だ。やっぱり嬉しい。
これでいくらくらいになるかな。
1万円いくかな。1万円いくと美味しいなー。
第二階層へ続く坂道を下る。
やっぱり天井は低い。
調査によると、次も出てくる魔物は犬型だけ。
あのくらいなら問題なく倒せるし、次で試しておいた方がいいかも。
魔法を実戦で使いこなせるか。
魔法を使うためには詠唱も魔法陣も、魔法の道具も必要ない。
必要なのは、魔力を感じとって、どれだけ強く、引き起こしたい現象をイメージできるかだけ。
戦ってる最中に、敵に囲まれた状態でそんな強いイメージを持つことができるか。
たぶんできるだろうけど、実践では何が起きるかわからないし。
そういえば、必要ないと言ってもイメージを高める補助として、詠唱をするのはよくあるんだっけ。
なんかかっこいいの考えた方がいいのかな。
ちょっと恥ずかしいかな。
そこで坂道が終わる。
第一階層と代わり映えのしない光景。
そこに10匹を超える犬がたむろしている。
第一階層とは違って、無闇に襲い掛かってはこない。
遠巻きにこちらを覗ってくるだけだ。
これはチャンスだ。
集中し周囲の魔力の流れを感じ取る。
次にイメージ。
講習では火の玉を飛ばしたりしていたが、飛ばす意味がわからない。
だから、イメージするのは正面にいる犬の頭。脳。
電磁波によって起こる水分子の動き。
動け。
動け動け。
振動しろ!
その瞬間、魔力が一気にイメージの先へと流れ、
キャインと甲高い悲鳴を上げて正面の1体がのた打ち回る。
「いけたあ!」
浮き足立った群れの中へ全速力で飛び込む。
混乱して飛び掛ってきた2体を鉄板で叩き落とし、振り返って背後を狙ってきた1体を打ち飛ばす。
これで4体。
だけど、襲いかかってくるのはそこまで。
2層の犬は警戒心が強いのか、また距離をとって唸りをあげる。
2、4、6、残り10体か。
試しに一歩踏み出してみると、その分だけ距離をとられる。
もう一歩。
やっぱり駄目だ。
うーん、1層とずいぶん性質が違う。
さすがに逃げに徹されると追いきれない。
しかも俺の背後を取ろうと、ウロウロと動き回るのが気持ち悪い。
これを無理に追い掛け回わすと、数が多いぶん不覚をとる可能性もある。
うん、少し試してみよう。
さっきのでイメージのコツは掴めた。
過程と結果。
そのイメージを強くもてば、過程を飛ばして結果だけを瞬時に発生させることができる。
たとえそれが複数同時でも問題なくいけるはずだ。
さあ、動け、震えろ、沸騰しろ!
ボヂュっとくぐもった音。
10対すべての頭が変形し目玉が飛でて血が噴き出す。
うおああ、グロイ。
でもいけた!これなら実戦でも問題なくつかっうぇ
「うぉげえぇぇえぇ」
吐いた。
「うぇっ、おっ、えぇっ」
息が苦しい。心臓がバクバクと跳ねているのがわかる。調子に乗りすぎた。
講習で、魔法を使うのは全力で走ることと同じことだって言ってたのはこういうことだったのか。
なまじ体力に自身があるせいでゆだんしてた……。
これはだめだ。
むり。
もうかえる。
ああ、でもませき、かいしゅうしないと。
「やっとついた……」
なんとか魔石を回収して、這いずるように帰ってきたけど、1kmもない道のりが異常に長かった。
もし魔物に襲われてたら少し危なかったかもしれない。きっちり全滅させておいて良かった……。
それにしても、魔法の使いすぎがここまで辛いとは思わなかった。
強力だからといって何も考えずに使ってると、あっという間に行動不能になりそうだ。気をつけて使わないと。
「ただいまぁ」
頭をぶつけないように玄関をくぐる。
帰ってきたという声とパタパタとした足音。
「お帰りなさい、はやかったの、ヒッ!」
ええっ、なにその反応。
「あなた血まみれじゃないの!どうしたの!どこか怪我したの!?」
ああー、ほんとだ、気付かなかった。
「ごめん母さん、これ返り血。怪我はしてないよ」
無傷だとわかったとたん、露骨に嫌そうな表情に変わる。
「すぐに外で服を脱いでシャワーを浴びてきなさい」
「えっ」
「行きなさい」
「はい……」
魔物の血だからなあ、気持ち悪いよなあ。
「その服は外で自分で洗いなさい。洗濯機は使っちゃだめよ」
「そんなっ!」
「当たり前でしょ!使うにしても、せめて外で血を落としてからにしなさい!」
「ぐっ、わかりました……」
最初の収入で一番に買うのは洗濯機になるかもしれない。