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第1話 探索初日

 タクティカルブーツの紐を通していく。


 締めすぎないように、緩すぎないように。


 足首をしっかり固定して、それでいて動きを阻害しないように。


 サイドジッパーがないのは不便だけど強度を考えると仕方ない。


 靴紐をほどけないように結び、立ち上がる。


 探索者免許取得講習が終わってからの1ヶ月。


 慣らすために毎日履き続けたブーツ。


 できるだけ着たままで過ごしたコンバットスーツ、プロテクター。


 そして、考えに考えて作った特製の武器。それを背中にがっしりと固定するベルトシース。


 全部、しっかりと身体に馴染んでいる。


 サイズが合うものがなくて特注になってしまったけど、無理をした甲斐はあったと思う。


 その結果、いままでコツコツと貯め続けた貯金は全て使い切ることになってしまったけど。


 玄関の姿見には、軍の特殊部隊のような自分の姿。


 うん、悪くない。かっこいい。


「宗助、本当に一人で大丈夫?」


 準備を見守っていた母さんから声がかかる。


「せめて指定ダンジョンの方にできないの? むこうなら何人かでまとまって入るんでしょう?」


 指定ダンジョンは講習を終えた探索者のために、国と県とが準備を整えたダンジョンだ。


 自衛隊も常駐してるし、沢山の探索者が集まるんだから危険は少ないと思う。


「ごめん母さん。どうしてもひとりで試したいんだ」


 そう、試したかった。


 確かめたかった。


 自分になにができるのか。


 自分がどこまでできるかを。


 そのためには、絶対に一人じゃなきゃいけない。


「ほんとに、この子は……」


 母さんの長いため息。


「いい? 絶対に無理はしないの。危ないと思ったらすぐに戻るように」


「わかってる。絶対に無理はしません」


 もう何度も繰り返したやり取りだ。


 それだけ心配をかけていると思うと申し訳ない。だからといって止めるつもりはないんだけど。


「行くのか宗助」


 2階への階段からの声。


「うわ!兄さん帰ってたの!?」


 寝間着姿の兄さんが階段を下りてくる。


 父さんの私設秘書として、いつもはビシっとしてるけど、いまは髪もボサボサで目の下には濃いクマ。


 せっかくのイケメンが台無しだ。


「ああ、久しぶりにな。父さん、初探索の見送りができないのを残念がってたぞ」


「心配は?」


「してないな。心配してるのは母さんだけだ」


 もうっ、うちの男達は! と非難が上がるがあえて無視。


「まあ、お前なら万が一もないと思うが油断はするなよ」


「ありがとう、気をつけるよ」


 差し出された兄さんの拳に、二周り以上は大きい自分の拳を軽くぶつける。


「お前のそんな生き生きした顔を見るのは久しぶりだな」


「うん、自分でも久しぶりだと思ってる」


 そう、本当に久しぶりだ。


 こんな日がくるなんて思いもしなかった。


「そうか……」


「うん」


「よかったな」


「うん」


 嬉しいんだけど、少し恥ずかしいなこういうの。


「それじゃ、行って来い。宗助」


「うん。母さん、兄さん、いってきます」


「ああ、気をつけてな」


「いってらっしゃい。初日なんだから早めに帰ってくるのよ」


 そんな2人の声を聞きながら玄関を出る。ドアの上枠に頭をぶつけないよう、しっかりと身をかがめながら。


 

 うちは親の仕事柄、少し、いや、けっこう裕福だ。


 住宅街の中に広めの庭がある一戸建て持ってて、しかも裏山まである。


 まあ、田舎だからかもしれないけど。


 そんな裏山の、工事車両を入れるための砂利道を歩くと、すぐ見えてくるフェンスに囲まれたコンクリート製の小屋。


 うちの敷地内に出現した、してしまった秋月家所有のダンジョンだ。


 迷宮関連特別法で、私有地に出現したダンジョンの個人所有が認められた。


 けど管理については、最低でも厚さ30cm以上の鉄筋コンクリートの壁で覆わなければならないとか、かなり厳しく定められている。


 当然、費用は所有者の負担。補助もない。


 かかる費用の大きさから、国に土地代程度で買い上げてもらうケースが殆どになる見通しらしい。


 うちも最初はそうする予定だった。予定だったけど、俺が父さんに頼み込んで残してもらった。


 あれが記憶にある限り初めての我侭だった気がする。


 その初めてが小屋の建設費用だと考えると、ちょっと金額が大きすぎた気がするなあ。


 しかも直ぐに探索者になるって2度目の我侭も通してるし。


 そんなことを考えながらフェンスを開ける。


 小屋の鍵を開けて厚さ3cmの鉄製のドアをスライドさせると、むわっとした獣臭い空気が流れ出してきた。


 暗い小屋の中で、センサーライトに照らされた直径2mほどの大穴。


 これが我が家所有ダンジョンの入り口だ。


 地面に口をあけた真っ暗な穴。


 恐怖はない。


 ただただ、身体が弾けそうなくらいに興奮している。


 やっと。


 やっと自分の力を、全力で振るえる日がきた。


 すぐにでも飛び込みたい気持ちをグッと抑えて、スマホから探索者専用アプリを起動する。


 探索開始報告。

 秋月家所有27号ダンジョン。

 正午12時帰還予定。


 これでよし。


 スマホを小屋の隅の方に置いて、呼吸を整えて。


 俺は、暗い穴の中へと飛び降りた。




「うわっ、たっ」


 足場の悪さにバランスを崩しそうになる。


 飛び降りたそこはけっこう急な下り坂になっていた。


 高さは入り口と同じ2mほど。俺には少し低い。身体が伸ばせない。歩きづらい。


 外から見たときは中は真っ暗に見えたのに、中に入ってしまうと明るく感じるのはなんでなんだろう。


 まあ、明るいと言っても電気の豆球くらいだけど。


 さて。


 このダンジョンは全5階層。


 迷宮化は進んでなくて全階層が一本道。調査が入ったのが3ヶ月前だから少し変わってるかもしれない。


 考えながら降りていると、坂道が終わり唐突に道幅が広くなる。


 幅も高さも5mくらいかな。前に見に行った素掘りのトンネルを大きくしたみたいな感じだ。


 これだけあれば、気兼ねなく武器を振り回せる。


 調査に来た自衛官の人の話だと、一本道を500mほど進むと2層への下り坂があるらしい。


 500メートルどころか50メートルも進むと道路に出るはずなんだけど、ダンジョンってなんでもありだな。


 魔物は犬型のやつが……


 いる。


 いるな。


 中型犬くらいの奴が3体。


 ゆっくりと武器を抜き、両手で構える。


 厚さ2センチ。


 幅20センチ。


 長さ100センチの鉄板。


 それに持ち手をボルトで固定しただけの鈍器。


 普通の人なら持つので精一杯だろうけど、俺にとっては振り回すのに丁度いい。


 近づいてきてる。


 来い。


 むこうも気付いてる。


 目が合った。


 3匹が爆発したように走り出す。


 速い。


 2体が両側へ、1匹は正面から。


 飛び掛ってくる。狙いは足、手、顔!


 予想通り!


 右足を踏み込んで蹴り飛ばす。左手を振って叩き落とす。


 その勢いで3匹目の頭を鉄板で振りぬく。


 一動作。


 ほとんど抵抗を感じずに3匹目の頭が弾ける。


 遠心力を殺さず回転し、たたき落とした犬へゴルフのようにスイング。


 今度は骨が、胴体がひしゃげる感触。


 最後の1匹は、少し遠い、蹴りすぎた。


 大きく踏み込んで、首元に鉄板を突きこむ。


 今度もしっかりとした手ごたえがある。


 生き物を殺した手ごたえ。


 不快感は無い。


 鉄板を引き抜き、どろりとこびりついた血を見つめる。 


 やった。


 やれた。


 普通の人なら、いや、訓練を受けた人だって今のは対応できない。


 俺だから反応できた!


 俺だから生き残れた!


 俺のこの身体はこの時のためにあった!


 ここなら、この場所なら、誰に咎められることなく全力を振るえる!


 誰にも気を使う必要もない!


 ここは、俺の世界だ!


 叫び声をあげたいほどの高ぶり。


 それを、ぐっと抑えて暗いダンジョンの奥を睨み付ける。


 まだ終わってない。


 近付いてくる足音。


 たぶん、4体。いや5体かな。


 少ないくらいだ。


 今だったら10体でも、20体でも、何体だって相手ができる。


 ……何体だっては言いすぎかな。




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