貴方の記憶、買い取ります。
ボサボサの髪、クタクタで些か小さい服、汚れた靴、やけに細い手足。
そんな客が訪れたのは、寒さが際立つようになった秋の頃。そんな季節に相応しくない格好をした少女が今日の客だ。
「あの、どんな記憶でも買い取ってもらえるんですか?」
「もちろんでございます」
「私の記憶でも?」
「はい。こちらを熟読頂き、同意してくだされば可能でございます」
少女は恐る恐る渡された洋紙を受け取ったが、見た途端に泣き出しそうな表情になった。どうやら、文字が読めないようである。
同意書の内容を、少女でも分かるような言葉で説明する。少女は理解しようと頭を動かしているのか、眉間を寄せている。
「私の記憶で、お薬とかお洋服とかを買えるお金になりますか?」
少女が欲する薬や服がどのくらいの値段か分からないが、「記憶」という繊細で通常なら売買できない貴重なものは、買値も売値も相当高い。おそらく、その程度のものだったら容易く買えるだろう。
それが分かった少女は決意を宿した瞳で、文字が書けないので代わりに書いて欲しいを頼んできた。
言われるがままに記入し、あとは名前だけ。しかし名前だけは自分で書いてもらわなくてはならない。そういう契約だ。
1枚目の個人情報を記入する欄に見本を書いた。それを真似て書いてもらえばいい。
「名前を書けば手続きが完了いたします。本当によろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
非常にたどたどしい手つきで、少女は自分の名前をそこに書いた。
その瞬間、書かれた文字が七色に輝きだす。〔名前〕〔生年月日〕〔性別〕〔記憶の内容〕〔記憶の期間〕それから本人直筆の〔名前〕。それらは輝きを失わないままペロリと紙から離れ、少女の周辺に浮き上がる。そして徐々に文字は輝きを増していき、その視界を埋め尽くした。
*****
「リリーセスお姉ちゃん」
「どうしたの、ディセス」
リリーセスには弟がいた。ディセスという名前だ。家の外に行けないほど体の弱い弟だった。せめてベッドの上で退屈な時間を潰せるような何かがあれば良かったが、それを買う金がリリーセスの家にはなかった。
リリーセスとディセスには親がいない。正確にはいたのだが、父親は病で亡くなり、その数年後に母親は買い物に行ってくる、と言ったきり戻ってこないのだ。後から知ったが、父親が生前稼いで残した金は、母親が半分以上持って買い物に行ってしまった為、2人は質素どころか満足にご飯も食べられない生活を送っている。
もちろん減る金は一方なので、リリーセスは働きに出ていた。とは言え、幼い自分を雇ってくれるところなどほとんどなく、日雇いの、安い賃金の仕事が2つも出来たら上出来くらいだった。
そうして、姉弟2人きりの生活はもうすぐ1年経とうとしている。しかし、ここで問題が起きる。
弟が病にかかってしまったのだ。ただでさえ少ない体力が熱に奪われ、意識は朦朧とする。リリーセスは毎日弟の看病に付きっ切りになり、働くことが出来なくなってしまった。金は減る一方、どうにかして稼がなくては。しかし頑張って今までと同じように働けたとしても、弟の病気を治す薬を買うことが出来ない。いつも生活費でなくなってしまうからだ。悩みながらも買い物に出かけたリリーセスは、自分の食事費を削って弟に栄養のあるものを選ぶ。
この生活はいつまで続くんだろう――。
言いようのない不安がリリーセスを包む。頼れる人も居ない。稼げる仕事もない。病気の弟。いつになったらディセスを治してあげられる? いつになったら仕事が増える? いつになったら……。
先の見えない将来に、リリーセスは足が竦んだ。考えれば考えるほど動けなくなった。一人耐えるようにぎゅっと目を瞑る。
どれほど経ったのか。ふとリリーセスが目を開けると、見覚えのない店があった。いつからこの店の前にいたんだろう? 首を傾げたリリーセスだったが、先ほどまで動かなかった足が、吸い寄せられるように店の出入り口へと向かう。
そして、考えるより先に扉を開けていた。
「いらっしゃいませ」
どうして入ったかも分からない店に狼狽しているリリーセスに、店の主人と思われる人物が丁寧に説明を始めた。ここは、「記憶」の売買が出来る店だと。
――もし自分の記憶を売ることが出来たら、薬も買えるのでは。冬を越せる服が買えるのでは。
リリーセスは勇気を出して口を開く。
「あの、どんな記憶でも買い取ってもらえるんですか?」
*****
掌に転がる小さな石は、小指の爪ほどだ。少女が生まれてから今までの記憶の塊。
そう、生まれてから今までの記憶。
記憶を売った少女は、そこそこな金額を手に先ほど店を出て行ったが、果たして一体どこに向かったんだろうか。




