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記憶屋。  作者: 青黄 白
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初めてのご利用ですか?

「私の記憶を、買ってください」


 そう言った女性は、どうやらどこかの貴族のようだった。服装こそシンプルで飾り下のないゆったりとしたワンピースを着ているが、上質な布で作られたそれを見れば簡単に彼女が平民ではないと気付けるだろう。


「かしこまりました。それでは、こちらの記入をお願い致します」


 女性の前に1枚の洋紙が滑り出る。女性は真剣な面持ちで、ゆっくりと内容を読み始めた。内容は〔名前〕〔生年月日〕〔性別〕〔記憶の内容〕〔記憶の期間〕……といった物だ。

 女性は深い呼吸を繰り返しながら、内容を読み返しながら、洋紙の空欄を埋めていく。彼女が最後の欄を書き終えると同時に、もう1枚同じ洋紙が差し出された。こちらは所謂同意書という物だ。


 お客様の情報は当店が責任を持ってお守りいたします。お買いになった方にも情報はお渡ししません。それに伴い、お売りになった記憶内の人物名は伏せさせていただきます。情報漏洩はございませんのでご安心ください。

 お売りになった記憶は返品いたしかねます。必要になった場合は掲示された金額をお支払いください。売り切れの場合もございますので、ご了承ください。

 お売りになった記憶はあくまでお客様個人のものです。ご自身の記憶はなくなっても、他の方の記憶はなくなっておりません。


 など、記憶や個人情報の取り扱いについて書かれている。

 最後にある〔ご理解いただいた上でご署名をお願い致します。〕の文字を読み、女性はそっと目を閉じた。






 *****






 シーフィは、貴族の令嬢としてはパッとしない方だった。しかしそれを嘆いたことは、生まれて一度もなかった。何故なら、彼女は愛されていたからだ。家族からも、婚約者からも。シーフィの唯一の自慢は、周囲の人間に恵まれていたことだ。あまりに幸せすぎて、大好きな彼から「シーフィはいつも幸せそうに笑うね」と言われるほどだった。だからいつもシーフィは心から微笑んで言うのだ。


「だって、いつも幸せなんだもの」




 そんな幸せは、彼が死ぬまで続いた。騎士である彼が、殉職するまで。けれどもシーフィはめげない。もちろん最愛の彼がいなくなって酷く悲しいのは事実ではあるけれども、彼の子は私に宿っているのだから。この子を愛することが、彼を愛することでもある。だから彼女は、大切に大切にお腹を撫でた。


「でも、出来たら私似の子だといいわ」




 それから日が経ち、シーフィがようやく歩ける体調になった頃、屋敷に1人の女性が現れた。女性はシーフィの顔を見るなり、化け物のような顔になる。まるで淑女とは思えない表情だ。


「この泥棒女! よくもまあのうのうと過ごせたものね! 恥を知りなさい!!」


 女性はお茶の入ったカップをシーフィの顔めがけて投げつける。咄嗟に身体が動かなかったシーフィは、カップにこそ当たらなかったもののお茶がスカートにかかり服を濡らした。幸い、火傷を負うような温度ではなかった。


「落ち着いてください!」


 肩で息をする女性を落ち着かせ、どうにか話が出来る状態にする。女性はまだ暴れそうだったが、肩を押さえる力に敵わないと悟りつつもシーフィを睨みつける。


「落ち着けるわけないわ! あなただって、本当は分かっているんでしょう?! この女――自分の妻が、他の男と関係を持ってたことも! そして、その男の子を孕んでいることも!!」


 女性は肩を押さえる男性、シーフィの夫に叫ぶ。女性はいつしか涙を流していた。


「私はずっと待っていたのに……! 彼が、帰って来るのを、ずっと! なのに、他の女に、それも既婚者に盗られるなんて、こんな屈辱ないわ!!」


 シーフィの夫は何も言わなかった。悔しそうな諦めたような表情で、ただシーフィを見つめるだけだ。

 シーフィは、夫がかつて婚約者だった頃に言われたような「いつも幸せそう」な笑みを浮かべて呟く。


「仕方がないわ。だって私、あなたより彼に愛されていたんだもの」


 そう言ったシーフィに彼女の夫が殴りかかったことに気が付いたのは、彼女の顔が見るも無残なほどに変形してしまった後だった。






 *****






「――お客様、いかがなさいました? ご不明な点があれば、どうぞ署名の前にお尋ねください」


 意識が飛んでいたことに気付いた女性は「質問が」と区切り、躊躇いがちに口を開いた。


「ここって、私でも記憶を買うことが出来るんですか?」

「はい、もちろんでございます」

「売った記憶のお金を使うことも出来ますか?」

「はい、可能でございます。ところで、どのような記憶をお求めですか?」


 彼女はここで初めて笑顔になった。

 何も映していない空ろな目、にんまりと歪む口。奇麗な笑顔だ。


「いくら罰を受けたとはいえ、私やっぱり許せないの。だからそうですね、殺人犯の記憶なんてものはありますか?」

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