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#6 暗転

 ふたりが帰る数刻前。街へ出かけていた男がひとり、半死半生の(てい)で戻り、集落は騒然となった。

 報せを聞いて鉱山にいた大人たちも慌てて帰って来た。

 鉱山へは仲買人が採掘した水晶を買うために、山を越えた大きな街から毎週やって来る。彼らはずっと昔からの商売相手であって、水晶が間違いなく買えれば取引相手が町の者だろうが水晶谷のカナルの民だろうが気にしなかったから、水晶谷の住人も安心して採掘に励むことができたのだが、生活のためには受け取った金を物品に替える必要がある。険悪になっていた町の人々との係わりは極力避けたかったが谷で全てを賄えるのではない以上、定期的に町へ出て行かないわけにはいかなかった。

 もともとは買い出しは女の仕事だったが、町で嫌がらせをされたり襲われたりすることが増えたため、近頃は男たちが代わりに、用心のためにふたりで出かけていた。それでこの男も今朝、もうひとりとともに町へ買い出しに出かけたのだった。


「一体何があったんだ、ゴトウはどうした?」

 イハサヤの家に担ぎ込まれた男は手当を受けながら、荒い息を継いで言った。

「ゴトウは捕まった……多分もう、生きてないかもしれない……」

「なんだと……?」

 信じられない言葉を聞き咎め、誰かが声を尖らせた。

「俺は……、俺だけ、なんとか逃げおおせたんだ……」

「仲間を見捨てたのか……?」

「やめてくれよ……! しかたなかったんだ……!」

 男は表情をゆがめると悲鳴をあげるように言った。その頬を涙が汚しているのは、痛みのためだけではあるまい。

「こいつの言うとおりだ、ひとりだけでも帰って来られて本当に良かった……そうでなければ、町で何が起こったかすら俺達にはわかりようがない」

 イハサヤはそう言うと傷ついた男に向き直り、続けた。

「何があったんだ、詳しく話してくれ」

 男は途切れ途切れに、町での出来事を語りはじめた──。



 男の名はスハヤという。スハヤは今朝、ゴトウという年かさの男とともに荷を積む兎馬を引いて買い出しに出かけたのだが、町へ着くとすぐに異様な雰囲気に気がついた。

 人々の、彼らを見る目の色が違う──。

 ふたりはさっさと用事を済ませて帰ろうとしたが、最初の店ではあからさまに拒否された。二軒目でも嫌な目に遭いスハヤは抗議しかけたが、ゴトウが店の外に連れ出した。

「やめとけスハヤ、こいつはまずい……今日はもう帰ろう」

 建物の陰にスハヤを押し込んだゴトウが諭すように言った。だがスハヤは不満げに応えた。

「なんでだよ? 何一つ用は済んじゃいないぞ? 俺たちは客だ、タダでよこせと言ってるわけじゃ──」

「おまえはあの連中の目の色に気がつかないのか!?」

 とうとうゴトウが声を荒げた。

「絡まれる前に帰ろう、まだ村には備蓄がある。出直そう……とにかく今日はダメだ」

 だが果たして時はすでに遅かったのである。

 物陰から出てきたふたりに往来にいた男たちが気づき、彼らをぐるりと取り囲むように立ちはだかった。

「…………」

 ふたりの腋を冷たい汗が流れたが、ゴトウは努めて冷静に

「そこをどいてくれ」

 と言った。だが男たちは立ち塞がったまま、

「おまえらカナルだろう、余所者が俺たちの町に何の用だ」

「この人殺しめ」

「泥棒」

 などと、口々に罵ってきた。

「何のことだ……?」

「こないだから立て続けに強盗があったんだ。殺された者もいる……おまえたちの仕業だろう?」

「そんなことは知らない……!」

 ふたりは心底驚き、思わず声を上げた。

 往来の人々が足を止め、いつの間にか人だかりができている。

「なんで俺たちが強盗なんかするんだ──ましてや──殺しなど」

「まだあるぞ」

 ふたりにみなまで言わせず、男が言い募った。

「こないだおまえらの仲間が町のをフクロにしただろう。……かわいそうに、ひとりは一生女を抱けない身体にされちまった。まだ若いのに……」

 男たちの話に覚えのあるふたりは一瞬言葉に詰まったが、スハヤが言い返した。

「それはそいつらが悪いんだろうが! 村の女を犯そうとしたくせに──それに奴は俺たちの仲間じゃない、たまたま通りかかった旅芸人だ──」

「んなこたどうでもいいんだよ!」

 ひとりが声を荒げた。

「どれもこれも俺たちへの仕返しだろうが!」

「……仕返しされるようなことをやってきた自覚はあるんだな……」

 ゴトウが小さく呟いたが、それを聞き咎めたひとりが

「なんだと!?」

 と詰め寄り、ゴトウを突き飛ばした。

 これが端緒となり、男たちは口々に罵りながらふたりを殴ったり蹴ったりしはじめた。

 男たちの形相が変わっていくのがわかる。ゴトウは殴られながら兎馬の手綱を放すと、いきなりその脇腹を蹴りつけた。

 馬はいななきとともに後足立ちになり、男たちの輪に突っ込んだ。わっ、というどよめきが起こり、幾人かは引っかけられて倒れ、その他の男たちは飛び退いた。

「走れ、スハヤ! 逃げるんだ!」

「……!」

 弾かれたようにスハヤが駆けだした。

 怒号とともに男たちが襲いかかってきて、ゴトウの姿が見えなくなった。

「くそ……っ、くそお……っ」

 追いすがる男たちともつれ合い、ふりほどきながら、スハヤは駆け続けた。



「…………」

 スハヤが話し終えても、誰も口をきかなかった。

 谷の陽が落ちるのは早い。

 いつの間にか空は茜色に染まりはじめていたが、男たちはそんなことにも気づかずにいた。

「ゴトウは殺され、兎馬も金も奴らに奪われたのか……」

「くそっ!」

 ややあってそんな声が上がりはじめた中、ひとりが不安と苛立ちを隠さぬ声で言った。

「どうするんだ、おい、どうするんだよ。あの乞食が余計なことをするから──」

 厳しい表情でそれまで黙って聞いていたイハサヤが、最後の言葉を聞いて顔色を変えた。

「それじゃおまえは、スアンがおとなしくやられとけば良かったと言うのか?」

 うっ、と男が息を吞む。イハサヤは畳みかけるように声を荒げた。

「ふざけるな! スアンはまだ十五にもなってないんだぞ……! おまえは自分の娘が強姦されても、同じことが言えるのか」

 互いに掴みかからんばかりになっているふたりの間に、別の男が割って入った。

「やめろ、許してやれ……! こいつも口が滑っただけだ。わかるだろう、今俺たちが争っても、なんの解決にもならない。それよりもどうするかを考えないと──」

「わっしを街の連中に引き渡してください」

 戸口から声がし、屋内にいた男たちが一斉に振り返った。

 ヨウが立っていた。先刻戻ったヨウはそのまま祭殿へスアンを送り届けた後、それをスアンの父親であるイハサヤに報せに来たのだが、思いがけぬ話に図らずも事情を立ち聞きするかたちになってしまったのだ。

「何を言うんだ」

 イハサヤはヨウの言葉に驚いて言った。

「連中に嬲り殺しにされるぞ」

 ヨウはかすかに口の端を上げた。

「わっしなら大丈夫です」

「大丈夫なワケがあるか! ゴトウも殺されたんだぞ……あんたは娘の恩人だ、その恩人を売るようなマネができるか──」

 イハサヤの言葉を最後まで聞かず、ヨウは続けた。

「それで時間が稼げる。ほんの少しでも……」

「……時間……?」

「みなさんが逃げるための時間です」

 ざわっ、とその場がどよめいた。

「やつらがここまで襲ってくると……? まさか……そこまで」

「連中はここのおひとの血を見て気が(たか)ぶっている……そうした時には、人の心はたやすく闇に呑まれてしまう。わっしはよく知っています」

 来るなら来い、返り討ちにしてやる、とか、この際だ、はっきり白黒つけてやる……などという勇ましい声が男たちの間から上がったが、ヨウの

「ここには女の人もいるし、身体のよく動かない年寄りも年端もいかない子供もいる……そういった、自分の身を自分で守ることもできないおひとはどうするんで」

 という言葉に、再び押し黙った。

「……鉱山はどうするんだ、奴らに取られるぞ」

 誰かが不安げに言ったその時。

 激しく打つ半鐘が谷に響き渡った。


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