3.黒い封筒
ただ今、時刻は午後9時。
本格的な闇が日本の夜を告げる。
病院からでると既に8時を過ぎていた。
体感では30分くらいだったが、病院の外に出ると2時間近く経っていたのには驚きだ。
テュポーン曰く、どうやらあの黒い部屋はこっちの世界と流れている時間早さが異なるらしい。
現在、瀬竜はテュポーンを荷台に乗せ、家に帰る途中だ。
夜の道路は薄暗く、ライトをつけている分、ペダルが重く感じる。
曲がり角などに気をつけながら、瀬竜は自転車を走らせる。
大通りを抜けて、住宅街を通り、瀬竜は自分の家のマンションの前でブレーキを握る。
駐輪場に着くと、自転車の荷台からテュポーンを下ろし、スタンドにタイヤをはめて鍵をかける。
「さてっと、夜飯は何にするかな〜」
瀬竜は空腹感を感じる腹をさすりながら、清潔感のあるエントランスを抜けてオートロックを解除し、近くのポストに手をかける。
すると中から黒い封筒が顔を出す。
「何だ?これ」
瀬竜はポストの中から黒い封筒を取り出す。
黒い封筒には素人目でも、重要な書類と分かるような封がされていた。
瀬竜はその場で封を切った。
中には1枚の手紙が入っていた。
「小花衣 瀬竜様
本日、現時刻をもって貴方には
国立特化異能者育成機関付属高校
《府中ヶ丘学園》に第12期生として進学して頂きます。
詳細は後ほど追って連絡いたします。」
瀬竜は手紙の内容に首をかしげる。
何故ならそれは瀬竜が自ら無理だと判断し、将来の選択肢から外したはずの高校からのものだったからだ。
「なんだ、進学?俺は入試すら受けてないのに…」
そう、瀬竜が進学を決めたのは別の高校だ。
ましてや、入試試験を受けた覚えもない。受けても無いのに合格とはおかしな話だろう。
「何かの悪戯か?いや、でも悪戯にしては結構良くできてるし…」
一瞬、悪戯か何かかと疑う瀬竜だが悪戯にしては良く出来すぎている。
瀬竜は暫く考えーーー
“セリュー”
テュポーンが服の袖を引っ張ってくる。
“ゴハン”
テュポーンが上目遣いで腰骨辺りにくっついてくる。
「……まぁ、後日連絡来るみたいだしその時で良いか」
ーーることもなく放置した。
よく分からない変な手紙よりも目の前の神様だ。
瀬竜は手紙を黒い封筒にしまい、エレベーターに向かった。
ーーーーーーーーーーーーーー
「ただいま〜」
暗い部屋の中に瀬竜の声が響く。
瀬竜は鍵入れに鍵を入れ、片方の足の踵を踏みもう片方の足で踏み、靴を脱ぎ捨てる。
廊下の電気を付け、部屋に向かう。
テュポーンも瀬竜の後から続いて、玄関に腰を下ろし靴を丁寧に脱ぎ、瀬竜の靴も一緒に揃えると後を追う。
瀬竜は居間の扉を開け、電気をつける。
部屋には広く、ダイニングキッチンになっている。そこに6人は余裕を持って食事が出来そうな木製のテーブルがあり、隅には瀬竜の趣味の漫画本やライトノベルが本棚に収まっている。
奥には大きなソファーとテレビが置いてある。
瀬竜は、居間の暖房をつけると次は自分の部屋に向かう。
荷物を部屋の隅に置き、上着をかけて部屋着に着替える。
パーカーにジャージを着た状態になると洗面所に向かい手を洗い、居間に向かう。
夕飯の支度だ。
まぁ、瀬竜の料理スキルはあまり高くないので簡単な物しか作れないが。
それでもあの、いつも無表情なテュポーンが目をキラキラさせる程度には味は良い。
瀬竜も自分が作ったもので誰かが喜ぶなら作っていて悪い気はしない。
ましてやそれが神様なら尚更だ。
瀬竜はせっせとフライパンと菜箸の準備をする。
テュポーンも手を洗い終わったのか、
居間のソファーでテレビを観ながら横になっている。
「さて、始めるか」
米は予め出かける前に炊飯器のタイマー機能を使い、炊けているので後は何かおかずを作れば良いだろう。
瀬竜は包丁とまな板を台所にだし、冷蔵庫から玉ねぎの豚肉、あと生姜をとりだす。
まず、玉ねぎを細切りに、豚肉は適当に一口大に包丁で切りフライパンの中に入れていく。
フライパンをガスコンロに置き、火をつける。
ついでに電気ケトルに水を入れ、お湯を沸かす。
インスタントの味噌汁でも、あった方が様になるからだ。
次はタレだ。
醤油にみりん、砂糖を混ぜたものにすりおろした生姜をいれる。
そして少しかき混ぜればタレの完成。
しばらく玉ねぎと豚肉を炒め、豚肉が茶色がかってきたらタレを投入する
後はタレに豚肉と玉ねぎを菜箸で軽くからめれば生姜焼きの完成だ。
「よし、こんなもんかな」
瀬竜は我ながら良く出来たと思い、食器の準備をする。
「お〜い、テュポーン。テーブル拭いてくれ」
瀬竜がそう言うと、テュポーンが小走りでこっちにきて台拭きを水で濡らし絞って、テーブルを端から拭いていく。
瀬竜はさらに生姜焼きを盛り付け、テーブルに置くと、台所に戻り炊飯器の蓋を開けてお茶碗に白米を盛っていく。
瀬竜が茶碗を二つ持ち、テーブルに向かうと既にテーブルを拭き終わり、ついでに箸を並べていたテュポーンが椅子に座り、「早く座って」と言わんばかりにこっちを見てくる。
瀬竜は「もう少し待ってくれ」と言いながらインスタントの味噌汁を、用意した2つの茶碗に入れ、電気ケトルのお湯を入れる。
箸で少しかき混ぜ、テュポーンの方にお茶碗を渡す。
テュポーンはそれを両手で受け取ると自分の右側に置く。
すると手を合わせて瀬竜を待つ。
瀬竜も電気ケトルを台所に戻すと、テュポーンの反対側の椅子に座り、対面する形で両手を合わせる。
“「いただきます」”
少し遅い夕飯だった。
テュポーンは相変わらず目をキラキラさせ、銀髪を揺らしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ふぃ〜、いい湯だった」
風呂から上がった瀬竜は髪をタオルで拭きながら自分の部屋に入る。
さて、夕飯も食べたし風呂にも入ったのでーーー
「これをどうするかだな」
瀬竜はデスクトップのパソコンの前でそう呟くと、リュックサックの中から黒い封筒を取り出す。
瀬竜はパソコンの電源ボタンを押し、
起動するとキーボードに指滑らせパスワードを打ち込む。
そしてしばらくしたのちにホーム画面からインターネットを開く。
調べたのは黒い封筒についてだ。
「府中ヶ丘学園…黒い…封筒…っと」
カタッとenterキーを鳴らす。
ズラッと検索結果が大量に出てくるが、どれも的外れなものばかりで肝心の黒い封筒については何も出てこなかった。
それからしばらく、パソコンと睨めっこをするが何も出てこない。
「…はぁ、何も出てこない、か…」
瀬竜はため息をこぼす。
「あんまり無駄遣いしたくは無いけど仕方ないか」
瀬竜はやむをなしといった感じで続けてこう口にする。
「【探求者】」
すると、瀬竜の手の甲に魔法陣のような紋章が浮かびあがり、その上に重なるように6輪の天輪が出現する。
そして、出現と同時に1輪を残して、5輪の天輪が淡く光り砕け散る。
【探知】の時とは違い、手の甲の魔法陣のような紋章も淡く輝きだす。
そして発動と同時に瀬竜はエンターキーを押す。
「【最適解】」
タンッとボタンを叩く音が響く。
するとパソコンのディスプレイが一瞬暗転する。
しばらくした後、ディスプレイが光りを取り戻すと何やらファイルのようなものが開かれた。
これは瀬竜の異能【探求者】の能力の応用だ。
瀬竜の異能の根底にある探すという力をパソコンに使ったもので、検索結果を探しだしたといった具合だ。
瀬竜としては天輪の消費が激しいのであまり使いたく無い代物だが。
まぁ、割と精度は良いので困った時は役に立つ代物だ。
「えぇっと…何だ?」
パソコンのディスプレイに写された文面には
「1-E…指定異能者監視教室?…」
何やらあまり良くない響きの内容だ。
「なになに…珍しく希少性の高い異能者を集めて監視、データの採取を行うのが目的?……何かヤバいもの見ている気がしてならねぇ…」
瀬竜がそう思いつつ
左上を見ると重要機密の文字があった。案の定である。
「…でも、まぁ知っといて損はないよな」
瀬竜は文面を読み始める。
【重要機密】なんて言う、まるで振りのような言葉を前に瀬竜が止まるわけがない。
しばらく読み進めるとなんとなく概要がわかった。
簡単にまとめると
珍しく希少性の高い異能者を監視、保護するのが主な目的らしい。
何でも、日本の異能者を連れ去ろうとする外国の勢力が複数あるらしく、それらに異能者を連れ去られる訳にはいかないそうだ。
これが主な府中ヶ丘学園1ーEの役割らしい。
まぁ、面倒事から会えて守ってくれるって言うならそこまで悪い話でもなさそうだ。
たがしかし、その下には
「データのサンプルか…」
まぁ、わざわざ希少性の高い異能者を集めるのだ。
まだ、異能が世界に広まり始めて10数年…他国と差をつける為にもこうゆうものは必要なのだろう。
そうして、文面を見ていると…
何か名前が羅列した文面が顔をだす。
「…ん?、これって名簿か?」
どうやら1ーEの名簿のようだ。
上にそう書かれていた。
名前を見ていくと…
「あ、俺の名前だ」
瀬竜の名前があった。どうやら瀬竜は1ーE(保護対象)らしい。
どうやら自分も狙われる可能性があるようだ。
その辺は結構気になるが、取り敢えずそのことは置いておいて名簿を見ていく。
すると
「錦…京造?……京造だと?」
名簿の中には瀬竜の親友である今日会ったばかりの京造の名前があった。
しかし、同姓同名の別人ということも考えられるので、確認とばかりに瀬竜はスマホを手にとって京造に連絡を入れた。
瀬竜1人で考えるよりも京造の力を借りた方が効率が良いし、もし黒い封筒が京造の所にも行っているなら、この1ーEのことについて話しておいた方が良いいと思ったからだ。
『ーーほーい、どうしたよ?瀬竜』
京造が今朝と変わらない様子で通話にでる。
「京造、お前のところに黒い封筒みたいなの来てないか?」
単刀直入に瀬竜は言う。
『ん?黒い…封筒…あぁ、届いてるぞ。異能科…府中ヶ丘学園のやつだろ……って、なんで知ってるんだ?』
京造は少し間を空けて、瀬竜にそう言う。
「実はなーーー」
瀬竜は通話越しに京造に事の次第を話す。
『これってお前の異能の力で調べたのか?』
京造が聞いてくる。
「そーだけど?それがどうかしたか?」
瀬竜は肯定する。
『ほんっと、お前の異能って便利だよなぁ』
京造が瀬竜の言葉に、ぼやきを溢す。
確かにこういう情報戦においてはつくづく便利だと思う。
『にしても、俺らが外国に狙われてるねぇ…俺の異能は別にそんな便利な能力じゃねぇーのにご苦労なこった』
京造が呑気に自分の置かれている状況を鼻で笑う。
『まぁ、監視っての気に入らねぇーけど保護して貰えるってんなら悪い話でも無さそうだな』
どうやら京造も入学には賛成のようだ。
『しかし、俺らを狙う輩ってのは気になるな。まぁ、物好きにはちげぇーねけどな』
「あぁ、俺もその辺は気になるな。あんまし過激な奴らだと俺らには手に負えないからな」
まぁ、テュポーンがいれば瀬竜自信は大抵のことは問題にならないだろうけど。
しかし、周りにの人々には少なからず被害が出るだろう。
『なぁ、瀬竜。明日は予定空いてるか?』
京造が瀬竜に聞いてくる。
「ん?…ぁあ、空いてるが何するんだ?」
京造が含み笑いで続けて言う。
『作戦会議だ』
「……………おい、一応聞いとくが何の作戦だ?」
瀬竜は何となく察しながらあえて答えを聞く。
『はぁ?そんなの決まってるだろ。そいつら潰して身の安全の確保だ』
電話越しで顔は分からないはずなのだがとてつもなくニヒルな笑みを浮かべた京造が見えた気がした。
「いや、でも学校に保護して貰えるならわざわざ面倒事に足突っ込まなくても良いだろ。それとも何か理由でもあるのか?」
瀬竜は電話越しで嫌そうな顔をする。
『いや、何となくだがその武装勢力?とやらが学校側に保護される予定の俺たちを含めた異能者をみすみす逃すとは思えないからな』
「……つまり、春休み中に襲われる可能性があるからやられる前にやると?」
瀬竜は通話越しに首を傾げて京造に聞き返す。
『その通り』
瀬竜は少し考えてからため息をつき、
「分かった、ノってやる」
なくなく了承した。こうなったら京造は止まらないからだ。
それに春は別れの季節だ。
この辺のいざこざは片付けておくべきだろう。
『よしっ、ほんじゃあ明日は頼むぜ』
そういって京造は通話を切った。
瀬竜もスマホの画面を閉じ、パソコンのアプリを終了させシャットダウンした。
「さてっと、明日も忙しくなるかねぇ〜」
春休みなのに、と続く言葉を引っ込め瀬竜は自分の部屋を出る。
すると、居間の電気がまだついていた。
居間を覗いてみると、テュポーンがソ
ファーに座りテレビを観ていた。
銀髪を微動だにせず、テレビに夢中なことが伺える。
「よ。まだ起きてたのか」
瀬竜が話しかけるとテュポーンがゆっくりとこちらを振り向き、顔をコクリと上下させる。
いつ着替えたのか服は夕方の姿から一変、寝巻きに変わっていた。
猫がいくつもコミカルに描かれた白黒の長袖に黒の線がいくつも入ったチェックのショートパンツを履いていた。
時刻は深夜を回っているので、ゴールデンタイムでは絶対に口にできないようなことを平気でタレントや芸人が喋っている。
「俺、明日も出かけてくるからもう寝るぞ。テレビはちゃんと消して寝ろよ」
瀬竜は少し重くなってきた目蓋を擦りながら、テュポーンに言う。
“ドコカ二イクノ?”
テュポーンがテレビを観たまま聞いてくる。
瀬竜はあくび混じりに答える。
「ぁあ、ちょっとした厄介ごとに巻き込まれそうだからな。無理しない程度に頑張るよ。まぁ、明日は作戦立てるだけだし、当日も京造がいるから無理する場面は数えるほどあれば良いけど」
瀬竜はテュポーンに詳しい内容を省いて、簡単に説明する。
すると、瀬竜の言葉を聞いてからしばらくするとテュポーンはソファーから立ち上がり、テレビを消す。
すると
“オヤスミ”
瀬竜に一言、虚空に消えた。
「…………」
瀬竜は一拍遅れて
「お休み」
そう言って自分の部屋に戻っていった。