2.探求者のオシゴト
テュポーンの言うとおりの方向に自転車を走らせること20分。
瀬竜は駅前から少し離れた廃病院に来ていた。
時間はそろそろ午後6時を回る頃。
太陽は完全に沈み、夜の闇に包まれる。
2mはあるかもしれない石壁に囲まれており、塗装されたアスファルトの道にはヒビが入っておりその間や道路の脇には雑草が生え放題。
鋼鉄の門と自動ドアにはテープが貼られ、窓のカーテンが全て締め切っている
人の生活感など欠片もない廃病院は
その不気味さを増している。
自転車を塀のわきに留め、荷台からテュポーンを下ろし鍵をかける。
鍵をポケットにしまい、反対のポケットからスマホをだし、マップ機能を開く。
「【探知】」
そう口にすると、右手の甲に魔法陣と連なるように天輪が出現する。
天輪が淡く輝き、その数秒後に砕け散る。すると、マップの廃病院に赤い点の様なものが表示される。
「……あの病院入るのか。…まぁ、まだ6時だし流石にでないよな。」
瀬竜はあえて「ナニ」がでるかを濁して言う。
「テュポーン。これ、どうにかしてくれ」
情けなさそうな顔で瀬竜が閉ざされた門を指差す。
瀬竜の異能は探すことに特化した力なので、こういった障害が発生した場合は仲間に頼るしかない。
瀬竜が異能科に行かなかったのはこれが理由だ。
戦場で瀬竜の異能を使えたとしても、
例えばこの門のような障害が発生すると瀬竜自身は何もできない。
仮定として門などならまだマシだろう。
これが敵だったらどうなるか?
瀬竜は完全に足手まといだ。
それに、異能や魔法などを取り込み進化した社会において探知というものは機械でも出来る。
監視カメラなどを経由して適当に処理すれば街中にいる特定の個人などすぐに見つかる。
“ン、ワカッタ”
テュポーンは了承すると門の前に立ち、こう口にする。
“【特攻付与】”
“モン”
そしてテュポーンが門に触る、すると門がテュポーンの指先に触れた途端、
ガ、ガ、ガ、ギィガギィガギィィィ
聞く人が聞いたら背筋に寒気が走るような嫌な部類の金属音を奏でながら門が捻れ始めたのだ。
「ほんとチートだよなぁ…」
目の前に広がる光景を見ながら言う。
これがテュポーンの異能の1つ、【特攻付与】だ。
能力としてはテュポーンが指定した概念の弱点を自らに付与すると言うものだ。
つまり今のテュポーンは“門”に対して概念的に絶対の弱点を自らに付与している。
例えば“林檎”に対しての弱点を自分に付与すれば自分に林檎触れた途端、砕けちる。
恐らく“人”への特攻も平気で作れるだろう。
そうなれば触れた途端に人がーー
まぁ、どっかの経絡秘孔を突く暗殺拳みたいに弾け飛ぶだろう。
“オワッタ”
テュポーンが振り返り、こっちを見ながらいう。
「オッケー。よしそんじゃ軽く肝試しだな」
そう言いながら瀬竜は廃病院の壊れた門をくぐる。
テュポーンも一歩遅れるようにして瀬竜につづく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
パリィーーーン…
ガラスの割れる高い音がする。
先ほどと同じようにテュポーンに
自動ドアを壊してもらい、取り敢えず廃病院の中に入った。
瀬竜は自動ドアの近くにあった壁に掛けられている病院内のフロア案内図を見ながら、異能を発動する。
「【探知】」
すると、壁に掛けられているマップに赤い点が出現する。
「場所は…406号室、最上階か。よし、テュポーン行くぞ」
瀬竜は近くのエスカレーターに向かって歩きだす。
テュポーンも瀬竜の後に続いて歩く。
閑散としたエントランスを通り抜け、
4階に向かうためにエスカレーターに手をかける。
廃病院なのでエスカレーターが動くわけも無く、瀬竜とテュポーンは手すりにつかまりながら階段を上っていく。
エスカレーターを上る音がタン、タンと響く。
2階、3階と登っていき、4階に到着した。
エントランスは吹き抜けになっていたので月明かりでも充分に明るかったが、廊下は殆ど窓がないため薄暗く不気味で、なかなかホラーな感じに仕上がっている。
淡々と歩いていき廊下の突き当たり。
「ここだな」
406室号室の前に到着する。
瀬竜は大きく息を吸い込み、吐き出すと白い横開きの扉に手をかけ、扉を開ける。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
中にはカーテンに仕切られたベットが4つ。シーツや布団は綺麗に畳まれており、薄く埃をかぶっている。
あれ?
「特に…変わったところはないな」
首を傾げ、緊張感が緩んだ顔で部屋の中を見る渡す。
一応、もう一度【探知】を使ってみる。反応は今見ているの部屋の中。
「もう少し、よく見て見るか」
瀬竜が一歩踏み出す。
すると、
「ーーーーなっ」
部屋の中が一変、黒い空間に変わっていた。ベットもシーツもない、光が見えないのに何故か自分の手が見える不思議な感覚の空間。
そしてその中央には何やら怪しげな老人が1人。
“ふむ、人の子か”
声、の様なものが頭に響く。これは老人のなのだろうか。男とは分かるが特徴をつかませないようなその声はテュポーンのそれに似ていた。
“………どうやら儂に粗相をした奴らとは別者のようだな”
“何用だ?”
老人はギロリと目を流し続けて話す。
「い、いや、俺はその……」
瀬竜はそう老人に言い、振り返る。
すると、後ろから遅れてテュポーンが部屋に入ってくる。
老人はテュポーンを見るなり口にする。
“なんだ、同類か。いやーーーー違う同類ではない無いな、格上ときたか”
老人は目を細め、シワを深くしながら口にする。
“ふむ、失礼。貴殿のような【神】が私に何の用かね?”
老人がテュポーンに問いかける。
そう、テュポーンは神と呼ばれる高次元生命体の一種だ。
その中でもかなり高位の存在らしい。
神様が見つかり観測され始めたのはつい最近の話だが、俺はそれより前ーーーーー5年前からその存在を認識していた。
小学生低学年の頃の夏。
突然、俺の元にそれがやってきたのだ。
それがテュポーンだ。
どうやら俺の異能【探求者】には埒外のものすら探しだすことが出来るらしく、神様すら目を擦っても探し出せないものも俺のこの異能1つで簡単に見つかるらしい。
そして、テュポーンの探しものを手伝うことになったのだ。
勿論、報酬ありきで。
ちなみに《テュポーン》ってのは俺が勝手に付けた名前だ。
なんせこいつ自分のこと何も話さないからな。
名前聞いても何も言わないから勝手に名付けた。
まぁ、そんなこんなで俺は小学低学年の頃からテュポーンの手伝いをしている。
今日みたいな感じに別の神様を探す時もあれば、聖剣魔剣の類の幻想器を探す時もある。
テュポーンは老人の言葉を聞いたと同時に、老人の前にしゃがみ込みこう口にする。
“モクテキ アナタノ カイホウ”
“ダイショウトシテ アナタニ キガイヲ クワエタ ニンゲンヘノ ホウフク ヲ キンズル”
“コレハ シンタク デハナイ”
無機質で抑揚が無く情報量は少ないが、テュポーンは何処か気にかけるような金色の眼を、老人の姿をした神に向けながら言葉を発していく。
命令…というよりは懇願のような言葉だ。
その言葉を聞いて、老人の姿をした神は鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をする。
“神ともあろうものが何の益にもならぬ事をし、尚且つ人間を庇うとは”
“貴殿、目的は何だ?何を目的に動いておる?”
老人の姿をした神はテュポーンに問いかける。
テュポーンはその問いに答えるためなのか老人の側まで近づき膝を折り、耳元に口を近づける。
“ーーリューーメーーナイーーラ”
ボソボソとテュポーンが老人の姿をした神の耳元でボソボソと囁く。
すると老人の姿をした神が険しいものから一変、顔のシワを深くし、口角を上げて笑い出す。
“ガッハハハッ成る程、目的は分かった”
ーーー「だが」と老人は続けて言う。
“その条件は飲めんなぁ”
老人の姿をした神はまるで神の威厳的なそうゆうのを全て吹き飛ばすような笑みで荒々しく笑う。しかし、しばらくするとまた、険しい顔を作り瞳孔を開いて言う。
“儂に手を出した人間への報復だけはさせてもらう。これだけは絶対だ、無論それ以外の条件は飲もう”
老人の答えを聞いたテュポーンは瞼を閉じて暫く俯く。そして暫くすると顔を上げてこう言う。
“ナラ ヒトツダケ イウコトヲ キク”
テュポーンが金色の眼を開いてそう言う。
老人も暫く考えた後に返答する。
“ふむ、まぁ儂もそこまで恩知らずでは無いからな”
“良かろう”
どうやら老人の方も不満はない様だ。
“ケイヤク セイリツ ”
そしてテュポーンは続けてこう口にする。
“【特攻付与】”
“セカイ”
テュポーンが異能を発動させる。
特攻の対象はこの恐らく、この老人の姿をした神を縛るこの黒い部屋という「世界」そのものだろう。
テュポーンは異能を発動すると同時に
右手の腹を黒い部屋の床に叩きつける。
パンッ!
すると、
キィーーー、キィーーー、ン
黒い部屋に高い音を上げながら白いヒビが入る。
すると、直前にテュポーンがこっちに近寄ってくる。
“ツカマッテ”
テュポーンが手伸ばしてくる。
瀬竜はテュポーンの手につかまる。
世界が崩れる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
目を開けると、そこは病室だった。
そう、黒い部屋に入る前に扉の外から中を眺めた406号室、そのど真ん中だ。
横にはテュポーンがおり、瀬竜の手を繋いでいる。
そして病室の窓の近くには老人の姿をした神が立っていた。
“ほぅ、世界すら瓦解させるほどの出力の権能か”
老人は珍しいものを見たような目でテュポーンを見ている。
“これは益々気になるが、まぁ、こちらは助けて貰った身だ。
これ以上、深追いするのは野暮というものだろうな”
老人は自分を戒めるように口にする。
そして、続けて瀬竜に向けてこう口にする。
“然らばだ、人の子。儂の名は「天峰閣」という。
何か有れば呼ぶがよい。
この様な老いぼれだが、役に立とう”
老人の姿をした神ーーーー天峰閣は友人を見るような表情で瀬竜に向けて言う。
「あぁ、分かった。その時になったら頼むよ」
瀬竜の返事に満足したのか、天峰閣は踵を返す。
“では、達者でな。人の子、そして、てゅぽぅんとやら”
天峰閣は瀬竜とテュポーンに別れを告げると、虚空に消え去った。
「ふぅ、これで終わりかな」
瀬竜は息を吐きながら緊張感を解く。
そしてテュポーンの手を握る手に少し力を入れてこう言う。
「帰るか」
瀬竜が振り返りそう呟くと、テュポーンが遅れてこっちを向き、
“ワカッタ”
そう言い返す。
こうして瀬竜の長い一日は終わった。