1.春休みのある日
3月下旬、まだ寒い冬と春の境目のような時期。
自分のような受験期を過ぎた
中学生にとってはほんの羽休めのような時期だ。
数日前に卒業式を終え、他の下級生より早く春休みに入ったので日中から外に出て遊んでいる。
まぁ、無事高校は決まったのでこれくらいの息抜きは良いだろう、と小花衣瀬竜は知りもしない誰かに許しを請う。
何て事を考えながら自転車を走らせ、向かった場所は少し距離がある隣町のゲームセンターだ。
自分の家の近くにはゲームセンターがないので少し距離はあるがここまで来ているのだ。
駐輪場に自転車停めて鍵をかけ、階段を上る。
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自動ドアの歓迎を受けて店内に入る。
クレーンゲームや音ゲー、他にも色々なゲームの音が鳴り響き、不協和音になっている。
すると近くの音ゲーの付近から声が聞こえた。
「お〜い瀬竜!ここだ、ここ!」
近くの椅子に座り、音ゲーの音にも引けを取らない声で男が叫ぶ。
近くに目を向けると、
帽子のツバを後ろにして被り、フードの付いた黒いパーカーの腕を捲り、紺のジーンズを着たチャラい感じの男が近くの椅子に座っていた。
こいつは錦 京造。
俺の中学の同級生で親友だ。髪に金髪が混じっており
一見悪そうに見えるが話してみると、アニメやラノベの話が通じたりして意外と話しやすいやつだ。
自分の通っていた中学校と小学校は距離が近く、学区が重なっていたので
小学校の同級生の半分ほどが同じ中学に通うことになったのだが、
小学校での数少ない友人は自分とは違う中学に行ってしまい、中学校では話せるやつが殆どいなかった
まぁ、そんな時に出会ったのが京造だ。
というか、端的にいうと中学での友達はこいつしかいない。
「久しぶりだな京造、待たせたか?」
瀬竜は京造のもとに駆け寄り、隣に座る。
京造は耳に付けていたイヤホンを取り、スマホにグルグル巻いてしまって
ポケットに突っ込み口を開く。
「ああ、久しぶり。大丈夫だ、俺も来たばっかりだし」
「そうか、なら良かった」
ふぅ、どうやら遅刻ではなかったみたいだ。
今日は受験が終わったので久しぶりに
京造と待ち合わせ、一緒に遊びに行くことになっていた。
夏休み中はボチボチ遊んでいたのだが、9月になり受験が近づくに連れて進路云々が本格的になり、なかなか予定が噛み合わなかったのだ。
まぁ、京造は見た目にそぐわず、かなり頭が良い(中学では授業であくびしながら学年主席だった)のでだいたい俺が原因だが。
でもまぁ、なんだかんだで高校は決まったので今はこうして晴れやかな春休みを迎えているわけだ。
「そういえば瀬竜は何処の高校に受験したんだ?」
京造が聞いてくる。
「唐突だな。まぁ、近くの都立の普通校だよ。俺はそこまで頭良くねぇからな」
瀬竜は素っ気なく返す。
自分自身、勉強は嫌いではないがあまり得意では無いので、そこまで高いレベルの高校や進学高に行こうという気は起きなかった。
まぁ、将来やりたい事などがあやふやなのもあるけど。
「なんだ、瀬竜のことだからてっきり異能科に行くのかと思ってたぞ」
京造が驚いた様子で言ってくる。
ーーー【異能】ーーー
【異能】とは十年前までフィクションの物でしかなかった超能力の総称だ。
十年前、人は突然進化した。
文面だけ聞くと進化しただけに聞こえるがまだこれには補足がある。
これもまたフィクションの様な話だが、こことは違う世界の【異世界】と呼ばれる世界の人々がこっちの世界に侵略してきたのだ。
これが第一次異世界大戦の始まりだった。
相手はまるで童話にでも描かれる様な【魔法】や、神話や伝説で書き記されるような聖剣や魔剣…現代風に言うと【幻想器】と呼ばれるものを持ち、突如東京の山岳部出現した【奈落】と呼ばれる底の見えない巨大な大地の切れ目から
それはもう、軍隊で押し寄せてきた。
最初は警察隊や自衛隊などが応戦していたが、魔法使って弾幕の殆どが防がれ、戦闘ヘリが聖剣等で両断されたりと最早、一方的な征服だった。
しかし、幻想器はともかく、
魔法は魔力と呼ばれる力を使って行使するらしく、クールタイムを必要としたので異世界軍の侵攻スピードはかなりゆっくりだったらしい。
そして3ヶ月が経ち、東京の殆どが侵略され核弾頭のボタンが登場しかけたその時。
人類が唐突に進化したのだ。
殆ど同じ時刻に全人類が異能と呼ばれる力に目覚めたのだ。
ある者は炎を自在に扱い、
ある者は超人のように空を飛び、
ある者は相手の軍隊の行動を予知して
一網打尽にしたりと、
進化してからの人類の猛攻は激しかった。
また、魔法とは違い回数の制限がない異能は魔法よりも継続して戦闘を行うことが出来た。
そこから更に1ヶ月。
戦線は奈落まで前進し、異世界軍に王手を掛ける一歩手前のところで異世界軍が和解を申し出た。
攻めてきた側が和解を申し出るのは少し疑問甚だしいが、和解条件には
「この度での戦場で失われた兵士の蘇生」が含まれており、日本側も了承した。
ちなみに和解条件には他にも、
「賠償金」
「異世界との貿易」
などがあり、日本には異世界からの知識や技術がもれなく飛び込んできた。
おっと、話が脱線してしまった。
しっけい、しっけい。
まぁ、こんな感じに今の現代では殆どの人が異能を持っている。
「いや、俺の異能は便利だけど攻撃力皆無だからな。戦場じゃあ、多分足手まといだよ。」
瀬竜が苦笑しながら言う。
「はぁ〜、勿体ねぇなぁ〜。
お前1人いれば戦場もクソもねぇじゃねーか。」
京造が溜息を吐きながら言う。
「おいおい、俺が異能の勉強しながら学業全うできると思ってのか?
俺は平均取るので精一杯なんだよ…。」
瀬竜が吐き捨てる様に口にする。
「ははっ、瀬竜らしいな」
京造が笑いながら言う。
そう、端的にいって瀬竜は頭が良くない。悪いわけでも無いのだが、異能科はある程度頭が必要なのだ。
瀬竜の頭は中の中くらい。
まぁ、中学の頃は定期考査の時期になると京造が付きっ切りで教えてくれたのだが。
京造は面倒見も良いのだ。
なんだ、こいつ見た目どうにかすればモテるんじゃないか?
ちなみに京造は耳に覚えがあるような進学高に行くと言っていた。
まぁ、こいつの頭なら妥当だろう。
俺が一夜漬けで勉強して平均点ギリギリだった定期考査を鼻で笑って
20分で解いて頭を伏せるようなヤツだし。
「瀬竜、次俺らだぞ。」
おっと順番が回ってきたようだ。
椅子から立ち上がり財布に手を伸ばし、小銭入れから100円玉を取り出す。
自分と京造の目の前にあるのはゲームセンターなら殆ど置いてあるドラム洗濯機のようなゲームだ。
リズムに合わせて縁にあるボタンを叩くのだがこれが意外と楽しい。
上級者になると人間辞める系の音ゲーだ。
俺はそこまで上手くはないが、全身を使って音の波に乗るようなこのゲームは端的に言って面白いのでハマっている。
ちなみに京造は人間辞めている。
「おぉ、新曲入ってる」
最近はなかなか忙しく来れなかったので色々と追加の曲が入っている。
「お、ホントだ、ってこれ前のアニメのedじゃん」
手袋を手に着けながら京造が言う。
今期のアニメのedがあった。
「そんじゃ、まずはこれにするか」
手袋を手に着けながら瀬竜も続く。
「よしきた、初見理論値行くか」
京造が良い笑顔で石仮面被ってそうな事を言いながら音ゲーがスタートした。
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現在時刻は午後5時30分。
この時期だとこの時間帯は
太陽が沈むのが段々と早くなって来ているのか、数日前より日が長いように感じる。
あれから2時間、音ゲーを楽しんだ俺と京造は昼食を挟んでアニメやゲームの専門店をハシゴし、最寄りの駅で別れた。
現在はゲームセンターに置いておいたままだった自転車を取りに来ていたところだ。
ズボンのポケットから鍵と駐車券を取り出し、お金を払い外に出る。
道路には街灯がつき始めている。
「さて、帰るか」
そんな時だ
“セリュー”
声が聞こえた。
女性ということは分かるが特徴を掴ませないようなそんな感じの無機質な声。
「ん、どうした?」
瀬竜が振り返るするとそこには少女が立っていた。
幼女と少女の間のような幼さが抜けないあどけない童顔に星屑を散りばめたような艶のある腰までかかる銀髪、長いまつ毛の下で輝く透き通ったハチミツの瓶に光を当てたような金色の眼に、まるで一度も外に出たことが無いような箱入り娘を連想させるような雪のように白い肌をした美少女だ。
少女は白いパーカーにピンク色のカーディガンを羽織っており、下には膝にかかるくらいの丈の黒いチュールスカート身につけ、両脚にはそれぞれ柄の違うルーズソックスを通し、焦げ茶色の革靴を履いている。
パーカーとカーディガンの袖からは手が出ておらず、俗に言う萌え袖というやつになっている。
少女の身長は瀬竜の肩ほどしかなく、
日の入りに向かう夕暮れの光りを
反射する銀髪を、上から見降ろす形になっている。
“オシゴト”
テュポーンが瀬竜にむかって言う。
「なんだ?テュポーン。今日は休みの日のはずだろ?」
瀬竜はやる気なさそうにその何処か異質な少女ーーテュポーンに話しかける。
“オシゴト”
「おい、話聞いてー」
“オシゴト”
「いや、だから休みー」
“オシゴト”
「おぃぃ、約束だー」
“オシゴト”
「…………………………」
“オシゴト”
「ぁあっ、分かったよ。やれば良いんだろ?」
“……………”
まるでループするように喋りかける少女に瀬竜の方から折れる。
仕方ない、と瀬竜が了承すると
今まで無表情だった顔の頬が少し緩んで見えた。
まぁ、瀬竜は気付いていないが。
「それで?何を探せば良いんだ?」
瀬竜がテュポーンに問いかける。
するとテュポーンは瀬竜の服の裾をひっぱりながら2時の方向に指を指す。
「そっちか、分かった。」
瀬竜はポケットからスマホを取り出し、暗証番号を解除してマップ機能を開くと
「【探知】」
そう口にする。すると、手の甲に魔法陣の様なものが出現し、その魔法陣の様なものを起点にして不規則に光の輪の様なものが連なり現れる。
するとその数秒後に光の輪の1つが淡く輝き、砕け散る。
異世界大戦後、なぜか人の異能には
回数制限が生まれた。
原因は不明だが突然、異能を使う際にこの光の輪っかが出現するようになったのだ。
この光の輪っかは【天輪】と呼ばれており、異能を一回使うごとに一輪消費する感じになっている。
1人につき、4〜10輪くらい持っており個人差がある。
また、1輪回復するのにかかる時間は大体、1時間くらい。
また、天輪は決まった数以上持つことが出来ず、初期枚数が5輪の奴が6輪持つことはできない。
まぁ、つまりは異能の効果が強力でも
天輪の数が少ないと使いものにならないのだ。
ちなみに俺の天輪の数は6輪。
まぁ、平均的な輪数だ。
ちなみに異能の強さは【出力】と呼ばれ、これは【等級】という単位で格付けされている。
5等級から始まり0等級。
さらに0を通り越す、負の等級はエゲツない強さを持っている。
ちなみに俺の異能は【探求者】と呼ばれる、探し出すことに特化した異能だ。
天輪一個であやふやだが、探したものの場所が分かるというものだ。
まぁ、地図とかそういうものがあれば精度が増すという感じ。
第一次異世界大戦からはや十年。
侵攻を受けた都市のほとんどは復旧し終わり、被害の少なかった都市部は更に近未来的になっている。
最近だと、こことは違う世界にいる神様の観測にも成功したとかニュースでやったし。
「まぁ、俺には今更って感じだけどな」
そう呟きながら瀬竜はテュポーンの指差した方向に自転車を漕ぐ。
荷台にテュポーンを乗せて。
「ほら、しっかり掴まってろよ?」
“ワカッタ”
テュポーンが荷台に乗り、後ろから手を回し瀬竜に掴まる。
瀬竜はテュポーンが掴まったのを背中の柔らかい感触で確認し、ペダルに力を入れる。
瀬竜の1日はまだ終わらない。