ソシャゲに10万円課金した(絶望)
鼻で笑ってください。
昨晩、某アイドル音楽ゲームのレアガチャに約10万円課金した。
私はしがない学生だ。
友人は多すぎず少なすぎず、成績は中の下、見切り発車で書き始めた卒論は中盤で見事行き詰った。
アルバイトで家賃、公共料金、食費、携帯料金、煙草代、交友費を稼ぐ、どこにでもいる平凡な貧乏学生の1人であり、特に目的もない日々を惰性で過ごしている。
趣味で小説の執筆をしているものの、平凡以下の文章力、つたないストーリー構成、他の追随を許さない筆の遅さの三本柱に囲まれて、特にこれといった実績を残したためしは一度もない。
それに限らず、人生で残した実績と呼べる実績は今のところ存在しないと思われる。
天は二物を与えずという言葉があり、だったらせめて一物くらい与えてくれよとも思うのだが、それを要求できるほどの努力をしてこなかった自分を呪う毎日だ。
しかし改めて考えると、小説執筆という趣味こそ、天が与えてくれた一物という奴なのかもしれない。
元々自由にできるお金がほとんどないこともあって、小説執筆というお金のかからない趣味は、私の懐事情と見事に噛み合っているのだ。
そしてソーシャルゲームもまた、私にとってはお金のかからない趣味のひとつだった。
無料でインストールできて、無課金でもかなり遊ぶことができる。
「大丈夫大丈夫、みんなやってるよ? 1回だけ1回だけ」
私は悪い友人に勧められて始めたその音ゲーにどっぷりとハマった。
必死にフルコンを目指しては、その達成感に浸ることができる音ゲーは昔から好きだったのだ。
しかし、いつからだろうか――私は音ゲーとして以上に、そのゲームに登場するアイドル達の魅力に取りつかれていたのだ。
フルコンを目指す理由は達成感からガチャ用の石を溜めることに変わり、何かあるたびに「詫び石を寄越せ」とツイートし、好きなキャラクターのSSRが実装されればその月に購入する煙草を安物に変えて、謎の罪悪感と高揚感に駆られながら課金をすることが楽しみになっていた。
これくらいなら大丈夫、まだまだ生活できる。
言い訳がましい言葉。
SSR出現時に発生するねっとりローディング。
私はいつからか、課金をすることに戸惑いを持たなくなっていた。
月々3千円ほどだった課金額は6千円に変わり、1万円に変わり、時として2万円近くの課金をすることもあった。
狂っていたのだ。
ギャンブルにも似たガチャという名のドラッグに。
ハマっていたのだ。
気づかぬうちに、ガチャという名の泥沼に。
そして、事件は起こった。
いや、事件と呼ぶのはいささか無責任だ。
単独事故――もっと軽く、ひとり相撲と言い換えてもいい。
どすこいどすこい。
どすこいどすこい――。
踏んではいけない四股を踏んだ。
しこしこ、しこしこ――。
ひとりで虚しい絶頂を迎えた。。
自分の意思で、私は10万円を課金したのだ。
まずは1万円を課金した。
しかし目当てのSSRが出ない。
出現率は上昇しているはずなのに、何度回しても出ない。
ねっとりローディングと、SSR確定の演出――しかし現れるのは担当外のSSR。
私は回した、回し続けた。
確定演出が出るたびに高鳴る鼓動。
課金のボタンを押すたびに駆け抜ける焦り。
課金額が3万円に到達したところで、風が私にささやいた。
「もうやめとこう? 来月生活できないよ?」
それもそうだと頷きかけた私だった――しかし、脳裏で悪友の言葉が思い起こされた。
「3万までは課金じゃないから」
つまり、私は課金をしていなかった――?
そうだ、その言葉が本当ならば私は課金をしていなかった。
それまで無課金でガチャを引いていたのだ。
無料で90連ガチャを引いていた――それが意味することはひとつだ。
「まだ回せる」
今まで無課金でガチャを回していた私の足取りは軽かった。
これからが課金。
そこからが課金。
風の声はもう聞こえない。
私自身が風となっていた。
私は再び回した。
踊るように、狂ったように、乱れるように、回し続けた。
そして気がつけば、さらに3万円を使用していた。
それでも、目当てのSSRは出現しない。
いよいよ厳しくなってきた。
ダメだ――。
これ以上回したら首が回らなくなる――。
「そうだよやめときな。きっともうでないよ」
缶ビールに滴る水滴が、諭すようにつぶやいた。
そうだ、その通りだ。
なにもこれで私の人生が決まるわけではない。
少し高い勉強料だと思えばそれでいいじゃないか。
とりあえずスマホを置こう。
そう決めた私は電源ボタンに指をかけた。
しかし、脳裏に再び悪友の言葉が響き渡ったのだ。
「金で回すんじゃない。愛で回すんだよ」
してやられた――ッ。
私は今まで何で回していた?
なにで回したつもりになっていた?
金――マニーだ。
しかし、それは間違いだったのだ。
いや勘違いと言った方がいい。
私は馬鹿だ――大馬鹿者だ――。
金で愛は買えない。
愛を買えたと勘違いするだけ。
私に足りなかったもの、それは愛だ。
胸ポケットから煙草を1本取り出し火をつける。
一度吸うたびに灰と化して落ちていく煙草は、まるでそれまでの自分を見ているかのようだった。
さあ、ここからは愛の時間だ。
楽しもうじゃないか。
回せ、回せ、回せ――。
愛で回すガチャは、金で回すガチャの数十倍心地いい。
流れるように課金が進む。
しかし、これは金ではない。
愛だよ。
LOVE――。
私は愛でガチャを回し続けた。
間違いなく、あの時私はラブマシーンを超えていた。
日本の未来なんて知らない。
恋をしようじゃないか? 勝手にやってな。
ウォウウォウウォウウォウ、イェイイェイイェイイェイ――。
恋なんてちんけな物じゃない。
愛だよ、これはさ――。
そして気がついた時には、天井にぶつかっていた。
天井と言っても何のことかわからないかもしれない。
要は破産救済システムだ。
ガチャを一度回すたびに1つずつもらえる特別な石を300個溜めることで到達する最後のエデン。
私には楽園が見えた。
ここが愛の終着点であると全身で理解した。
「2人で行こうな、小春――」
300個の石を解き放ち、私の愛はついに彼女へ届いた。
包み込む幸福感。
芽生える達成感。
溢れ出る充実感。
私は幸せな夢の中にいるような気持ちで眠りについたのだった。
ところがどすこい。
翌朝、目覚めた私は夢から覚めていた。
なにを当然なことを言っているのだと思われるかもしれないが、そうとしか言いようがない。
どすこいどすこい。
ひとり相撲だと気づいてしまったのだ。
のこったのこった。
なにが残った?
ゲーム上のデータが残った。
それでいて、通帳の中身は残らない。
私はアプリを開く気にもなれず、1時間ほど呆然としていた。
そして財布の中身を確認し、残金を確認する。
「257円――」
押し入れを開き、通帳をしまったクッキーの缶を取り出した。
しかし、目当ては中身のない通帳ではなく、記念に持っていた2千円札だ。
それを一枚握りしめ、隣の商店で一番安い煙草を買った。
朝一発目の喫煙に頭をくらつかせながらふと考える。
愛ってなんだろう?
正直分からない。
でもまぁいいさ。
これからの人生まだまだ長い。
そこでゆっくりと答えを見つけていこう。
金のデータが入ったスマホをジーンズに押し込んだ。
私はもう、何も怖くない。
そうだよ。
だって私はひとりじゃないんだから。
これからしばらく一緒だよ。
そうだよな、リボ払い――。
罵ってください。