第8曲
金剛美由紀の精神状態は極めて悪く、仲西は事件が解決するまで行動を共にする事にした。そうした方が美由紀の行動を制限させられ、一線を越させる事も防げる事ができ、捜査に付き合わせた方が美由紀も気が紛れるだろうとの考えだった。一般人を捜査に加えるなど普通はあり得ないが仕方ない事だった。車の後部座席に乗せ、仲西と長谷川はこの場から離れた。
さて、と。
助手席に乗り、仲西は次なるテを思案していた。爆破実験もだめ、小手の行方もだめ……。とくれば次は……。
盗聴器はどこで入手したのだろう。
仲西はふと考えた。
南山静流は確実に盗聴器を使用している。なら、その痕跡もあるはずだ。しかし、南山静流の事だ。逃げ道を用意している可能性は高い。
仲西はスマートフォンを出し、Safariを開いた。盗聴器を売っている店をピックアップする。その店を一通り調べる事にした。古典的だが、それしか今は方法はない。
秋葉原に行き、仲西と長谷川、美由紀の三人はSafariで調べた店に立ち寄った。可能性のある店は五つ。一つ、二つと順々に潰していくが南山静流の事を記憶している店員はいなかった。そして、三人は一縷の望みをかけ、最後の店に入る。
長谷川は警察手帳を見せ、奥に入れさせてもらった。
ポケットから南山静流の顔を見せる。
「失礼、この女性に見覚えはありますか?」
「んー?」
制服を着た男の店員は近眼なのか、メガネを取り写真を顔に近付ける。
「あー、この女性ね、覚えてますわ」
「なにっ!」
仲西は興奮し、声が裏返った。無意識に肩に力が入る。
「本当……?」
「ええ。この人、なんか雰囲気が怖くてさ、人でも殺しそうな感じだったからよく覚えてますわ」
ついにこの世の隙間が見えた気がした。ここから一気に逆転できるかもしれない。あとは確かな証拠があれば。
仲西はモニターに目がいった。
「その人はいつ来ましたか?」
「うーん……多分十一月頃かな?」
「その時の監視カメラの映像なんかは?」
店員は「ちょっと待って下さいね」と言うとモニターの横に置いてあるファイルを出し、十一月と書かれた項目を開く。
「ええっと……いつだったかな?……あ、これこれ。この日のですよ。今再生しますね。確か時間はお昼前だったので……」
デッキにDVDを入れ、リモコンで二倍速にしながら映像を確認すると、南山静流に似た女性がレジに向かうのを視認する。
「刑事さん……。これで、本当に逮捕できるんですか?」
すがる気持ちで美由紀は聞いた。
「恐らく、彼女を追い詰める証拠にはなるかと」
長谷川は仲西の代わりに答える。
「よし、南山静流の所に事件の解決編に行くぞ」
仲西は踵を返し、店を出る。車に乗り、南山静流が働いているレストランにいく。
「いらっしゃ……あっ……」
先ほどの乱闘で、店員は仲西と美由紀の顔を見るとあからさまに顔をしかめた。
「先ほどは失礼しました。南山静流さんに謝罪したいのですが」
仲西は口実をつけ南山静流と会おうとする。しかし、店員は困ったような顔をして髪の毛をかいていた。
「いや、すいません。彼女は一時間ほど前に早退しまして……。さっきの事で怖くなり、気分が悪くなったって」
「よく言うわ。あいつ、私に殺してやったって言ったくせに」
美由紀は小声で呟いた。そのぼやきを仲西は無視して話を進める。
「彼女はどちらへ行くとか言ってませんでした?」
「確か埼玉に行くと」
店員の話を聞き、美由紀は「埼玉……」と復唱する。
「心当たりが?」
「その人、井上百樹って人と関係があるんですよね?」
「ええ。それが今回の事件の動機かと」
「確か……主人が昔……」
恩田小南は悩んでいた。
爆破実験の事を警察に話すべきかどうか、を。
前に一度他の人に話しかけたが、監視しているのかすぐに脅しの写真が送られた。それ以来小南はこの件を話さず黙っていた。もし話したら写真を見せると、暗に脅されて仕方がなかった。そう自分に言い聞かせ、もう何日経っただろうか。しかし、警察が捜査をしている以上話さずに隠していると共犯的な罪に問われるかもしれない。だが話せば家内にこの事が……。
最悪のジレンマが脳内を巡る。話すのが正解か、話さないのが正解か。
いや、答えはすでに自分の中に出ていた。
小南は机に置いてある携帯に手を触れた。そして先ほどもらった名刺を取り、そこに書かれている電話番号をプッシュする。
長谷川の胸ポケットに入れていたスマートフォンが震え、相手を確認するが知らない番号だった。イタズラだろうか? とりあえず長谷川は電話に出ることにした。イタズラならすぐに切れば済む事だ。Bluetoothのハンズフリーイヤホンを装着する。
「はい。どちら様で」
『私だ。恩田……小南だ』
「恩田さん? 意識が戻られたんですか」
『ああ……おかげさまでな……。実は、君たちに話さなければならない事がある』
「話さなければならない事?」
と聞くと、仲西は長谷川の携帯を「貸せ」と、強引にひったくる。
「代わりました。仲西です」
『君たち、さっき私に聞いたね? 爆破の事』
「ええ」
『そうだ。認めよう。私は確かに彼女に施設を使わせた』
小南の告白に、仲西は携帯を持つ手に力が入る。それを見た長谷川は「壊さないで下さいよ」と一言入れる。
「本当なんですか?」
『ああ。本当だ。私は脅されたんだ。仕方なく施設を使わせた』
礼を言うと、仲西は通話を終了し、小南との会話の内容を長谷川に話した。長谷川は興奮し、声に力が入っている。
「目的地は、本当にここなんですか?」
仲西はミラー越しに後ろに座っている美由紀を見ながらカーナビに映っている場所を指差した。そこは森林地帯だった。
「昔、主人が言ってたの。ここは井上百樹っていう俺が犯してしまった決して忘れてはならない人物の大切にしていた場所だって」
「なるほど、場所としては一理あります」
長谷川はアクセルを踏み、車のスピードを上げた。