第7曲
恩田小南は喫茶店でコーヒーを飲んでいた。小南は爆破系の演出を得意とする演出家で、時に軍事場を借り爆破実験なども行っていた。危険すぎる実験のため、一般人には使用は許されていなかった。しかし、小南は一度だけ使用を許してしまった。
南山静流。
どこで撮ったか知らないが、小南と女がラブホテルに入る写真を連写され、更に女に金銭を渡しているシーン、口付けをしているシーンを撮られ、それが箱詰めにされ送られていた。ダンボールの中にあった連絡先に不安だが連絡すると、相手の女性はそう名乗っていた。強請るつもりなのかと聞くと、答えはとんでもないものだった。
『そんな事はしませんよ。ただ、爆破施設を借りたいだけです』
初めは反対したが、写真を家族に郵送すると脅され、仕方なくテレビの撮影だと偽り付き合った。その出来事は十二月に入った時の事だった。その爆弾を何の目的に使うか問いただしたが、彼女は何も話さなかった。
「大きいのと中ぐらいのと小さいのを作ったの。ただの趣味よ」
彼女はそう言っていた。そしてこの正月の爆弾事件である。彼女が関係しているのではないかと心の中は恐怖でいっぱいだった。もしかしたら、自分は犯罪の片棒を担がされたのではないか?
そう考えると悪い方向へとばかりに思考がいき、夜も眠れず身体もどんどんやつれていった。あまりの豹変ぶりに家族が心配したほどだ。無理やり仕事を休まされ、自宅療養している。その悪い方向が更に悪い方向に向かったのは、先ほどの来客だった。
長谷川篤。
仲西多喜。
二人は刑事だと言った。深夜の爆弾事件の事で聞きたい事があると。そして長谷川はあの女の写真を見せた。『彼女を知っているか」と。小南の頭は最悪の出来事が脳内を巡った。瞳孔が開き、呼吸も荒くなり心臓の鼓動も早くなった。冷や汗で顔がテカっていた。過呼吸になりかけた小南を仲西が何とか落ち着かせたが、小南の心は絶望で満たされていた。刑事が離れた後、小南は倒れ病院へ搬送され今に至る。意識不明でいつ目覚めるかわからなかった。
「警部、驚きましたね……」
車中で長谷川は言う。
「何がだ」
スマートフォンを触りながら仲西が返した。
「だって、あの演出家の人急に倒れたって」
「確かに驚きだ。それに、彼のあの態度から南山が爆弾のテストをしたのがわかった。次は……ゴミ処理場へ行ってくれ」
スマートフォンの電源をスリープモードにして車の助手席にしまった仲西はカーナビを操作する。そして現在地からゴミ処理場までの最短ルートが示された。
「どうしてゴミ処理場に?」
「あの小手がゴミとして捨てられたら証拠が残っているかと思ってな」
「でもそんなのとっくの前ですよ。もう燃やされてますって」
「でも小手なんてゴミ、印象に残ってるかもってな」
一縷の望みに賭けた仲西の頬に汗が流れた。恐らく期待はしていないだろうという事が伝わった。
処理場に着き、責任者に警察手帳を見せ南山が住んでいる家の近くのゴミを処分していなとは誰かを尋ねる。
「ああ。それ自分らの班っス」
と、若い男性が手を挙げた。
「ゴミの内容は覚えてますか?」
仲西はすがる思いで男性に聞く。
「ははっ。そんなの、覚えてるわけないじゃないっスか。袋持って収集車の中にポイッて入れて潰してますよ」
「でも、例えば普段見ないようなゴミとかは?」
「はぁ……。これ、何かの捜査なんスか?」
「まあ……」
仲西は適当に答え誤魔化した。
「何のゴミ探してるんスか?」
「小手です。ほら、剣道につける手のあれ」
「あぁ……あっ……!」
何度か頷いていたが、男性は表情を曇らせ視線を泳がせた。
「何か?」
「いえ……な……何も。そんなのありませんよ」
「本当ですか?」
懐疑の視線を向ける。
「いや……燃やしちゃったんじゃないかなぁ……は……はは」
「隠しているとタメになりませんよ」
「何でそんな事隠す必要があるんですか」
男の言い分も最もだったので仲西はこれ以上追求はしなかった。そしてそのままお礼を言い後にする。
殺さなきゃ……。
殺さなきゃ……。
殺さなきゃ……。
自宅で一人座り込んでいた美由紀は不意に立ち上がり、キッチンに赴き包丁立てから出刃包丁を手に取った。無表情でそれを見つめ、包装紙に刃を包みカバンの中に放り込んだ。そのまま無我夢中で家を飛び出した。
殺してやる‼︎
殺してやる‼︎
走りながら美由紀は何度もシミュレーションをした。絶対に復讐すると心に誓う。
「長谷川、あれ」
と、仲西は通りを疾走している美由紀を指差した。その顔は思いつめたような顔をしている。
「あれっ、あれって美由紀さんじゃないスか。どうしたんでしょうか? 血相変えて」
この方向は……。
仲西は美由紀がとんでもない事をしようとしている可能性に気づいた。
「長谷川‼︎ すぐに彼女を追って!」
「で……でも、彼女が今行った所は車が行けない所です」
「クソッ!」
仲西は乱暴にドアを開け、美由紀の後を追った。百メートルほど走ると美由紀の姿を視認し、更に加速する。美由紀に追いつくと腰を掴み、壁に身体を押し付けた。
「バカな事はやめなさい‼︎」
仲西は美由紀の身体を掴み、カバンの口を開けた。そこには紙で包まれていた包丁が入っていた。
「あなたは今、何をしようとしていたんですか!」
仲西は美由紀に恫喝する。
「警察が捕まえられないなら……私がやるしか……」
「さっきも言ったでしょう! あなたは、綾乃ちゃんにまた辛い思いをさせるんですか! そんな事はやめなさい!」
包丁を奪い、それを長谷川に渡した。美由紀の肩は震え、目からは涙が溢れている。手で顔を覆いその場にうずくまり声を出して泣いた。