第6曲
仲西は長谷川と連絡を取り、二人で待ち合わせた。二人は集合し、お互いの報告をした。長谷川の方は確かにあと数日だという事だった。さらに、長谷川はかなり相手に感情移入している事が伺えた。
「どうにかなりませんかね? 四日以内に南山静流を何とか逮捕できませんか?」
「証拠がなければ現在の日本では無理だ。もっとも、犯罪まがいな事だが他の事をでっち上げて無理やり逮捕する事はできるがな」
仲西は長谷川と話しながら、次の推理を頭の中で描いていた。彼女が犯人なのは間違いない。さらに、被害者の娘の証言もある。しかし子供の証言では証拠能力としては低すぎる。その時、彼女は何かを仕掛けた。何を仕掛けた? 爆弾? いや、早すぎる。その前に気づかれたらアウトだ。盗聴器? それで音を拾い、被害者のスケジュールを調べた。筋は合う。
推理を巡らせていると、仲西と長谷川の前に被害者の妻、美由紀がいた。しかし表情は暗く、冷たい目をしていた。
「あれ? どうしてここに––––?」
と、長谷川。
「私……どうしても綾乃が見たあの人に会いたいの……」
「いや、それは……」
「お願いします! 私は警察の人じゃない……。その人も油断すると思うんです」
「わかりました」
仲西は頷いた。長谷川は驚き、仲西に理由を尋ねた。
「心理学にテンション・リダクション効果ってのがある。緊張状態が解けた時、人間は注意力が散漫して無防備な状態になってしまうんだ。緊張の糸が切れたってのはまさにこれだ。こんな事ないか? 学校でテストを受けていた。しかし、その部分はあまり自信がなかった。けど、試験当日自分が覚えていた所が出てて解答する。緊張が解けて次の問題でなんて事ないケアレスミスしてしまう……とか」
「ありますねぇ」
「それがまさにテンション・リダクション効果。今彼女は俺たちと会い、緊張していた。何を話そうか? とか考えながら身構えてたはずだ。しかし、そこに彼女が登場する事でホッとするはずだ。ホッと無防備になれば何か新たな情報を出すかもしれない」
納得し、長谷川はそれ以上は何も言わなかった。仲西はこちらも聞けるように彼女の服に小型の盗聴器をつけ、手に隠れるサイズの録音機を彼女にもたせた。そして彼女がパートをしているファミリーレストランに来た。
「ここ……」
車から降りると、美由紀は呆けていた。
「ご存知で?」
「ええ……一度家族で……あっ!」
目を動かし、その当時の記憶を思い出しながら話していると突然意味ありげに言う。
「何か?」
「そういえばここに来た時、料理を運んで来てた人が料理を落としてたんです。そのあと、店長っぽい人に怒られてて……。今思えばあの写真の人でした!」
「何ですって⁉︎」
仲西は身体に力が入った。そして美由紀の肩を掴む。
「それは本当ですか?」
「はい……。はい! 今完全に思い出しました……!」
とすると彼女はその時被害者を見た事になる。その後家を調べ上げ、盗聴器や爆弾を仕掛けた……。という事か。
「私……その人に会って確かめて来ます」
「待って、その前に録音機の電源を……ほいっと」
仲西は美由紀が持っている録音機を取り、電源をオンにして返した。そして美由紀はフラフラとした足取りでレストランの中に入る。
「いらっしゃいませ! 何名さまで」
中に入った美由紀は人差し指を立て、無言で返す。店内は客が大勢いて、待っている客もそれなりにいた。
「すいません。ただいま満席でして、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
美由紀は頷き、名簿に名前を書いた。
こんな時に食事する気など到底起きなかった。しかし、事実を確認するためだ。
私は会っている……。その人に……。もう一度顔を見れば思い出すはず……。そして、自白させてそれを録音する。
美由紀は自分の仕事を再確認し、録音機を強く握りしめた。席に着くと、あいつが現れた。写真の女が何食わぬ顔表情で伝票を持ちやってくる。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「あなたがやったの……?」
「は?」
「あなたが主人を……主人をやったの?」
「はて、何の事ですか?」
ワザとらしくとぼける態度に、美由紀の怒りはついに頂点に達した。そして勢いよく立ち、女の服の襟元を握りしめる。
「ふざけないで! あなたが主人を殺したんでしょうっ‼︎‼︎」
「ちょっと……お客様……なにを」
美由紀の手を離そうと引っ張り、そうさせないために両手で襟元を掴む。しかし、録音機を持っていた事を忘れ、床に落としてしまった。それを拾う。美由紀はしまったという顔をする。女は録音機を電源をオフにし、美由紀の服に仕込んでいた盗聴器に気づきそれを千切り足で踏みつぶすと美由紀の耳元に顔を近づけた。
「ええ。そうよ。あなたにも見せたかったわぁ……あいつがバラバラに吹っ飛ぶ所……」
女は小声で言ったが、美由紀はしっかりと聞いた。
「ふざけるなーー‼︎‼︎‼︎」
「しかし、本当に新しい情報は手に入るでしょうか?」
盗聴器を拾うマイクにイヤホンを耳につけながら長谷川は言った。
「ああ。可能性はある」
イヤホンからザザ……ザザ……と雑音が入り、遠くから声が聞こえ始めた。
『いらっしゃいませ。何名さまで』
おっ。聞こえて来た聞こえて来た。
仲西はイヤホンを耳の奥まではめ、集中する。
『あなたが主人を……主人をやったの?』
盗聴器から美由紀の声が聞こえた。固唾を飲み込む音が長谷川から聴こえてくる。静流は惚けていて、癇に障った美由紀は言い争いになった。
『ふざけないで‼︎』
「け……警部、ヤバいスよこれ……」
「止めよう」
イヤホンを外し、二人は車から降りレストランの中に入った。レストランでは美由紀が店員に腕を掴まれ、もがいていた。
「美由紀さん! これ以上はやめましょう!」
「だって……だってあいつ言ったのよ! 吹っ飛ばしたって! 許さない! うわあああ!」
叫び続ける美由紀を、長谷川が引きずるように車に連れて行く。その後、仲西は店員に謝りながらレストランを後にした。
「美由紀さん……肝心なのは録音です。どうですか?」
と、仲西。
「それが……つい興奮して忘れてて……」
「彼女に気づかれたわけですか。どうやら失敗したようです」
「そんな……でも、あいつ言ったのよ? されが証拠になるんじゃ……」
「それでは弱いです。彼女が犯人だという確たる証拠を突きつけ、惨めさを存分に味わわさせます。そのシーンにはあなたを必ず招待させます。ですから、これ以上の早まった真似はやめてください。娘さんのためにも」
「綾乃?」
「今は我々がいたから大ごとにはなりませんでした。しかし、警察を呼ばれあなたが捕まれば娘さんは一人ぼっちだ。そんな事はさせないでください」
「わかりました」と美由紀は頷き、深呼吸をして落ち着かせた。
「それより、どうしますか警部。これから」
「美由紀さんに犯人だって言ったんだ。俺たちはこれから非公式でやる。捜査一課はもう神原直忠を逮捕して終わりだ。応援なんてよこさない」
彼女を家まで送り届けた後、二人は警視庁に戻った。その後神原の取り調べ申請をした。警官に連れられ、神原は入る。
「どうも、神原さん」
着席した神原に仲西が言う。
「母ちゃんは?」
「残念ながら、もってあと四日と」
と、長谷川。
「そんなぁ……」
神原は項垂れた。
「実は、神原さんに聞きたい事があります」
仲西はポケットから静流の写真を見せた。
「この女性に、見覚えは?」
「そういえば……」
と、神原は視線を上にあげた。
「知っているんですね?」
「ああ。一ヶ月前、俺ンちの前で金属? 鉄? の箱持っててさ、仕方ねぇから運んでやったんだよ」
「警部、それってまさか……」
「ああ。多分な」
「そいつがどうかしたのかよ」
仲西は手を振り、関係ないとジェスチャーする。
それは恐らく爆弾。指紋をつけたのはその時。だんだんわかってきた。とすると、あもは爆弾の試験爆破だ。どれほどの威力か試すために一応実験はしなければならない。それがどこでされたのか……か。
作者が心理学を専攻している関係上よく心理学用語が出ることがあります。