第4曲
「犯人がわかったってどういう事です」
長谷川は仲西に詰め寄った。仲西も納得がいかないという表情をしている。
「爆弾に指紋が発見されたらしい。とりあえず江本警部に応援に来てくれって言われたから自宅に行こう」
二人は車に乗り、メールで送られた住所を頼りに車を走らせた。そして神原の自宅に着くと、家の周辺にはスーツ姿に身を包んだ男たちが様子を伺っていた。
「あー、仲西警部、よく来てくださいました。もし、逃げられたら私らは一生何か言われてしまいますから。もしもの時の援護を頼みます」
と、江本は仲西に頭を下げた。そして江本の班はゾロゾロと階段を登り、神原のアパートの前まで来る。それを確認し、仲西は神原のアパートの裏に回った。
「なんで一緒に行かないんですか?」
「万が一逃げる場合、正面突破か窓から逃げるしか手段はねぇからな。こっちに誰もいなかったらそれこそ逃げられてしまう」
「なるほど。いや、毎度毎度警部のその先を読む推理力にはほとほと感激しています。どうすればその様な頭脳になれるのでしょう?」
「場数を踏む……これだけだな」
遠くからチャイムが聞こえた。江本が押したシーンが頭の中に思い浮かんだ。しばらくすると、窓が開きそこから人が現れた。
「あっ! 警部! あれ!」
と、長谷川は窓から出て来た男を指差した。
「わかっている」
仲西は太ももに力を込め、地面を蹴り一気に男との距離を詰めた。まだ男はこちらに気づいていない。しかし、気配を大きくしてしまい背後を振り返る。男は悪魔でも見たような形相をし、全速力で走った。
ちぃっ。
仲西は男を追いかけるが、男の逃げ足も速くついて行くので精一杯だ。この距離では跳躍してタックルの構えをしても最悪避けられてしまい、地面に虚しく顔を激突してしまうかもしれない。男は右に曲がると右に、左に曲がると左に曲がる。足には自信があり、スタミナも人並み以上だと自負していたがこれ以上距離を詰められなかった。何かをして男の気を引かなければ。男は右の角を曲がり、仲西もその後を追う。しかし、男の動きは止まっていた。行き止まりだったのだ。
「もう観念しろ。お前、神原直忠なんだろ?」
「そうだ。でも、俺はやってねぇ!」
「そういうのは署でゆっくりと聞かせてもらおう」
「そんな事してる暇はねぇっつってんだ!」
と神原は吠えると野獣のごとく仲西に突っ込んだ。しかし、仲西は神原の動きを見切り無駄な動きなく避け、タックルを躱す。神原は踏み込みを一瞬忘れ、身体がよろけた。隙を見つけ、仲西は一気に神原の腕を掴み、後ろに回した。しかし神原は仲西の向こう脛を思いっきり蹴り、仲西が怯んだ隙にスルリと身体を回して避ける。そのまま神原は左ストレートをした。だが仲西は神原の左腕を軽くはたき、軌道を逸らさせ空いた顔に拳を打ち付けた。衝撃で神原は軽く吹っ飛んだ。しかし神原は受け身を取り、転倒はしなかった。ダメージが大きかったのかまだ神原の身体がフラついている。その隙に飛び上がったが、神原は左に避け仲西の突進を避ける。道が開き、その間に神原は再び逃走する。仲西は右足で着地し、その反動を利用し左足を蹴り走る。距離は先ほどまで大きく空いていなかったのでそのまま跳躍し、神原の両足を掴む。動きを止められた神原はそのまま地面に吸い寄せられるように倒れた。
「くそっくそっ」
神原は足をジタバタし、逃れようとしているが仲西はしっかりと掴んでいる。
「神原直忠、公務執行妨害、及び爆発物取締法違反、及び金剛久殺害容疑で逮捕する!」
神原の両腕を回し、長谷川に手錠をつけさせた。そのままパトカーに乗せ、警察署へ護送する。そのまま取調室へ連れて行かせる。
「俺はやってねぇんだって!」
怒りから神原は机を強く叩いた。大きな音が取調室に響く。
「ならなぜ逃げた。なぜ襲った」
「お前らが追いかけてくるからだろ! 俺は早く母ちゃんの所へ見舞いに行かなきゃいけねぇんだ!」
「母ちゃん?」
「俺の母ちゃん、末期ガンであと数日しか生きられねぇんだ! それなのに、俺が金剛を殺した犯人だって報道されて、そんなのってあるかよ!」
「母親が入院してる病院は?」
「俺ンちの近くの総合病院だよ。頼む! 会わせてくれ」
真に迫る感じがした。そして仲西は直感する。この男は犯人ではない。しかし、スケープゴートにされるにはされるなりの理由が必要だ。なら……。
「神原、お前に聞きたい事がある」
「あ?」
「お前、井上百樹って覚えてるか?」
「井上……なっ、何でアンタがあいつの名を」
「知っているんだな?」
「あ……ああ……俺と金剛でイジメてた奴だ。でも、あいつ飛び降りて死んだんだろ? もう終わったじゃねぇか!」
「確かにアンタは犯人じゃないかもしれない。真犯人に利用されたかもな。でも、そうなるにはそうなる理由があるもんだ。日頃の行いを悔いろ」
「助けてくれ! 一目でいいんだ! 一目母ちゃんに……」
懇願する神原を無視し、仲西はゆっくりと取調室のドアを閉めた。
「どうでした?」
外で待っていた長谷川が仲西に聞いた。
「奴はシロだ」
「しかし、指紋が検出されたのでは?」
「南山静流に利用されたんだ。俺はこの事を南山静流に話しに行く。お前は病院に行って裏を取ってくれるか?」
「わかりました」