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第9曲

南山静流は樹々に囲まれ、昔借りてた別荘のブランコに揺られていた。手には爆弾のスイッチを握っている。この場所は百樹が好きだった所だ。イジメられていた百樹の、最後の頼りだった場所。静流の脳内に、百樹の顔が鮮明に浮かんできた。そう。あの時の事だ。

百樹は自室に閉じこもり、何かの作業をしていた。静流は心配になり、中に入ろうとするが百樹に何度も入るなと言われ、仕方なく従っていた。しかし、部屋から異臭がし、いよいよ我慢できずに中に入ると百樹は何かを作っていた。それは、はたからみても危険な物である事は重々理解できた。

––––なに……してるの?

静流は作業に没頭している百樹に聞いた。百樹は溶接用のマスクを外した。

––––これで、金剛の奴をぶっ飛ばす。母さん、止めるなよ。もう完成しかかってんだ。止めようとしたら、これで母さんもぶっ飛ばす。

冷徹に百樹はそう言った。

普段の温厚な百樹とは違ってそれは文字通り悪魔のようだった。それを作っていく度、百樹の瞳は深く、冷たく沈んでいくのがわかった。

それより、静流はここまで百樹を追い込んだ人物が許せなかった。百樹は我慢強い子て、学校の事など何一つ話さなかった。ケガをして帰ってきた事があったが帰りに転んだの一点張りで、静流もそれ以上聞こうとはしなかった。イジメの事実を知ったのは百樹の担任の教師が心配になり、自宅に訪問しにきた時に初めて聞いた。だが、百樹は大丈夫と言い、担任もしばらく様子を見るという事になった。それから、百樹へのイジメは酷くなったという。どうやらそのイジメている人物は教師にチクったと思ったのだろう。その後、百樹は爆弾を作り身体に巻きつけその人物と心中しようとした。結局、教師に止められたが、それのせいもあり、イジメは更に深刻化した。その内容は聞いている静流自身が吐き気をもよおすほどの残酷なもので、どうしてそんな事ができるのか理解に苦しんだ。

百樹を止めて、本当に良かったのだろうか。

それから静流は脳裏によぎった。

また、懲りずに百樹のような生徒が出るのではないだろうか。

学校は善処を尽くしたと言った。しかし、本当は何もしていなかったのではないだろうか。

あらゆる思いが静流を襲った。それは、やがて殺意へと変わったが、百樹は寸前で殺すのをやめた。殺すというのは、そんな百樹への気持ちを踏みにじる行為だ。

そう何度も心に刻み、何とか殺したい欲求を堪えた。百樹を失った静流は放心し、何もする気にならなかった。夫とは喧嘩ばかりになり、そして離婚。パートで働いているが、生きる気力を失い静流は毎日店長に怒られていた。そのレストランに、百樹をイジメていた男がやってきて静流は風化しかけていた殺意が一気にぶり返し、それは止まらなくズルズルと金剛久を殺害する手はずを考えた。百樹がしたかった爆殺をしてやり、百樹への手向けとするのが静流の最大の目標だった。爆弾を作っている途中、水素液が百樹の大切にしていた剣道の小手にかかり、苦渋の思いで静流は小手を捨てる事にした。それから、爆弾の試験爆破をするため、爆破の演出で有名な恩田小南に辿り、それから小南を調べ上げ女遊びに勤しんでいる事を知った。それから手紙を送り、脅迫した。盗聴器を秋葉原の電気店で購入し、コッソリ合鍵を作り奴の自宅に侵入した。それから盗聴器を仕掛け、毎日声を聞いていた。その幸せそうな日常をぶっ潰したかった。今までは空想でしか殺せなかったが、もうすぐ実現する。そう思い逸る気持ちを抑えた。

そして、百樹が大好きだったこの場所で命をとす。

ここまでが静流の考えたプランだった。そして、このスイッチを軽く押せば全てが完了する。

深呼吸をし、目を瞑る。

押すのよ。

静流は覚悟を決めた。


はぁっはぁっはぁっ!

長谷川はがむしゃらに森林を駆け回っていた。今は井上百樹が大切にしていたという場所を知っている美由紀が唯一だ。

「こっちです!」

美由紀は走りながら奥の方を指差した。それを見て、長谷川は更に走るスピードを速めた。仲西は調べる事があると言い、一人車に残った。今、刑事なのは自分だけだ。長谷川は妙なプレッシャーに襲われた。美由紀に案内された場所には、山小屋らしき物が建っていた。その近くの遊具に、南山静流は座っている。手には何かの突起物を持っており、目をつぶり今にもそれを押しそうな雰囲気だった。

「やめろォ!」

長谷川は静流の持っている突起物を引き剥がし、それを地面に捨てた。

「何するの! 私は百樹と一緒のところへ––––」

長谷川は再びそれを拾おうとする静流の身体を掴んだ。

「そんな事をしても無駄だ! 南山静流……。お前を逮捕する!」

「私は何もしてないわよ!」

「そんな事はありません。あなたは爆発物製造、及び住居侵入罪、及び殺害の疑いがかけられてます」

と、仲西は余裕の顔をしながらゆっくりと顔を出した。手にはスマートフォンを持っている。

「長谷川、お前のGPSを辿らせてもらった」

仲西はスマートフォンの画面をちらつかせた。そこには、マップに丸い点滅があり、そこが目的地に設定されていた。

「さて、南山静流さん。まずあなたは、パートをしているレストランで被害者、金剛久氏と再会した。そこで忘れかけていたあなたの殺意に火がつき、百樹君が作っていた爆弾で、氏を殺害した。違いますか?」

「はははっ! 違うわ! とんだ的外れよ!」

「そうですか。しかし、あなたは現に爆弾を作ったではありませんか」

「どこにそんな証拠があるっていうのよ?」

「恩田小南氏が自供しました。証言してくれるでしょう」

「クッ……あいつ……」

「次に、あなたは秋葉原で盗聴器を購入した。その日付の監視カメラにあなたの姿がバッチリ映ってました。そしてそれを氏の自宅に仕掛けた。その時、氏の娘さん……綾乃ちゃんと遭遇している。そこであなたは氏のスケジュールを知った。そうですね?」

「違うわ」

「爆弾を作っている最中、百樹君の小手に液体が付着した。それをあなたは捨てた。そうですね?」

「だから違うって言ってるでしょ」

「収集の清掃員が証言してくれましたよ。小手に異臭がついた液体がついてるのを見たって」

「え? でも警部、そんな事いつ聞いたんですか?」

そんな情報を知らない長谷川はキョトンとした。

「一人で車に残った時だ。あのスタッフの態度が妙だったからな。ああ、それと、スケープゴートにした神原直忠氏ですが、自宅の前で爆弾を運ばせ、その時に指紋をつけた。氏もあなたと会ったと証言してますよ。以上の事から、あなたが真犯人という事は明白です。今のうちに自首を勧めます」

仲西は静流に一歩ずつ近寄った。


今よ。

美由紀は長谷川からコッソリ奪ったナイフを握り、一瞬の隙をつき、ナイフを静流の首に当てて構えた。

「あっ!」

と、長谷川が声を出す。

「あなたが……あなたが夫を殺した! あなた、あの人の事何にもわかってないわ! 私がどうしてあの人と結婚したと思う? あの人、ここで私に土下座したのよ! 俺はとんでも無い事をやらかした……。俺は人を一人殺した。それでも、俺はお前を愛してる。そう言って泣いたのよ。私はそれを見て、あの人と結婚する事を決めた。なのにあなたは……過去の事にずっと囚われて……!」

喉元に当てるナイフの刃が少しずつ食い込んで行った。静流の首から血が流れた。

「離れなさい! さもないと、あんたも木っ端微塵よ」

「押せるものなら押してみなさい! そんなもの、どこにあるっていうの!」

静流はクックックと笑い、ポケットからスイッチを出した。

「こうなる事を予想して多めに作っておいてよかったわ。さあ、離れなさい!」

「私もあの人の所へいけるならそれでいいわ! 早くしなさい!」

「バカな真似は、やめろ!」

仲西が怒声をあげた。普段他の人には敬語を使う仲西が、こんなにも怒るのは珍しかった。

「南山静流! お前は井上百樹の復讐をしたつもりなんだろうが、あんたがそれをして、金剛美由紀が今度はあんたを殺そうとしてる。復讐は復讐を産むだけだ! この連鎖を断ち切るには、自分の意思でそれを止めるしかない。あんた、多分息子のためにやったことなんだろうがな、息子は思いとどまったんだ! それは、息子の意思だ。あんた、そんな事もわかんねぇのか!」

「私だってそう思って殺すのを何とか思いとどまってたわ! でも、あいつの顔を見たら抑えていたこの怒りが、一気に放出したのよ! あなた達も離れなさい! 巻き添えを食うわよ」

「押したきゃ勝手に押しやがれ! けど、お前は他の人の気持ちも考えろ! ここで全員を殺したとする。なら、綾乃ちゃんはどうなる! 一日であの子は大切な人を二人お前が葬るんだ! 大切な人を失う悲しみは、お前が一番よくわかってるだろうが!」

仲西の恫喝に、静流の目から涙が溢れ持っていたスイッチを下に落とした。それを見た美由紀は静流を離し、一人その場に座り込んだ。

「南山静流! 逮捕する」

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