3. 王女の告白
それから俺は、王家特有の『特別待遇』だと認められ、国の様々な施設の、無償での使用を許可された。
所持金なしの俺にとっては非常にありがたい。といっても行くところは一つだが。
国の中央に、高くそびえ立っている図書館。本来でも一応、無料で出入り可能な場所だ。マリルの話によると、この国は魔法に秀でた国なので、図書館にも、他の国にはないくらい、魔法の本——魔導書が豊富であるという。
俺は日中そこに入り浸って、魔法の勉強をすることにした。
この世界においては、言語間の壁などない。魔法の粒子が働くことによって、自動的に脳内で母国語に変換されるようだ。俺が日本語で喋っても、あっちの人たちからすれば異世界語で聞こえるといった風に。本に関しても同じで、俺からしてみれば、普通に日本語で書かれているように見える。なので、その点で行き詰まることはなかった。
魔法には、『攻撃魔法』『補助魔法』『特殊魔法』の、大まかに分けて三種の魔法が存在する。攻撃魔法はその名の通り、敵を攻撃する魔法。補助魔法は、仲間のステータスを上げたりなど、補助効果を一時的に付与する魔法。どちらにも該当しないものが特殊魔法といった感じだ。この辺はAAでも一緒だったのでよく覚えている。
俺の得た『ラブ・アロー』は、おそらく特殊魔法だろう。特殊魔法の一例に、対象の感情に強く働きかけ、対象を『魅了』させる魔法があると書かれていた。悪質な商売人がこの魔法を利用して、購買意欲を煽る犯罪行為が近年多発しており、問題となっているらしい。もしかして、俺がこの世界に来たばかりの時、リンゴのような果実に強く駆り立てられたのは、この類の魔法が使われていたからなのかもしれない。後で王女様に告発しておこう。
図書館は18時には閉まる。その際、俺は魔法の器具を使って、数冊の本を複製し、王城の自室へと持って帰る。本来なら禁止されている行為だが、そこは特別待遇を利用した。
王城に戻るとまず、マリル、アランと3人で夕食をとる。朝食時も含め、食事の際はいつもこのメンバーだ。マリルは基本的に、アランのことを鬱陶しそうにしているが、先日と違って、無闇に追い出そうとまではしない。やはり、マリルにとって、アランは大切な友人なのだ。
自室では複製した本を読み漁ったり、ミッション一覧やヘルプのページを読み返したり、訪れてきたマリルやアランと話をしたりする。
ミッションのページを開く度に、『現在のSCORE:0ポイント』が目に入ってくる。それを見るたびに不安と焦りを掻き立てられるが、まだ焦る時ではない、今は準備をすることが大切だと自分に言い聞かせていた。
ミッションのページを読み進めていく上で目についたのが、『ボスの初撃破ボーナス』だ。国やダンジョンを支配し、人々に恐怖を与えている存在を、このゲーム上では『ボス』とされている。ボスには3つの位があり、それぞれの位と、初撃破ボーナスは、『小ボス:1000ポイント 中ボス:5000ポイント 大ボス:10000ポイント』となっている。冒険を進めていく上で、『ボス』と呼ばれる存在を見つけ、倒していけば、効率よくポイントを増やしていくことができる。そのためにも、世界の隅々まで訪れることが大切になってきそうだ。
◇
「明日、この国を出る」
ゲームが始まって6日目、夜の自室にて。部屋に訪ねてきたマリルとアランに、明日冒険に出発するという意思を伝えた。
「……行ってしまうのですか」
寂しそうに眉をひそめ、肩を落とすマリル。
「そうだな。そろそろ冒険を再開しないと——」
その時。マリルはその小さい体で、勢いよく俺に抱きついてきた。ちょ…ちょっと待ってくれ! 女の子に抱きつかれたことなどなかった俺はひどく動揺した。
恥ずかしさに耐えきれず、引き剥がそうと肩に手をかける。
「ベントさん…。貴方、私の夫になる意思はないですか? 」
「おっと……? 」
おっとってあれだよな? 夫だよな? マリルの夫ということは…。王家の一族になるってことか!? いや、それよりもまず、こんな美少女の夫だなんて……。
「悪い話ではないはずです。この国は平和で、戦争もない。そんな我が国の王家へ招こうというのです……。冒険の旅なんかより、ずっと幸せな生活が待っているはずです……」
確かに彼女の夫となれば、幸せで自由な生活が待っているかもしれない。
しかし、それは3年の間だけだ。重要なのはそこから先。3年でSCOREを貯めきれなければ、俺には永遠の束縛が待っている。
「……すまない、マリル。俺はその申し出は受けられない」
彼女にこの感情を植え付けたのは俺だ。自分の命を守るためとはいえ、こうなってくると、少なからず罪悪感を感じてしまう。でも、マリルを苦しめることになったとしても、俺はここを出ていかなければいけない。
「……そうですか。やはり貴方はそう言うと思っていましましたよ」
「やはりって……? 」
「貴方が魔法の勉強をしていた時のあの目…。あれほどの真剣な眼差しに会うことなんてなかなかありません……。貴方にとってこの旅には、それほどにまでかけなければならない、なにかがあるのでしょう……」
そうだ。彼女の言う通り、この旅は俺の人生を賭けた旅だ。決して引くことはできない。それにしても、俺ってそんな真剣に勉強してるように見えたのか……。
マリルは肩を、小刻みに震わせていた。目には綺麗な涙が滲んでいる。
「……ごめん」
俺は、無意識のうちに謝っていた。
「謝らなければならぬのは私の方です。こんな引き留めるような真似をしてしまって……」
マリルはそのまましばらく泣いたままだったが、急に袖で涙を拭ったかと思うと、いつになくスッキリとした、わだかまりのなさそうな顔を見せてくれた。
「よし! そうと決まれば……最高の旅立ちができるよう、私たちが準備を整えてあげましょう! アラン! 」
「おぉ! もしかして、あれを用意するの!? マリル!?」
あれ? あれってなんだろう……。
「ベントさん。では、明日の朝食で。楽しみにしていてください。お休みなさい」
「お休みなさーい! 」
そう言って二人は出ていってしまった。
それにしても、夫になれ……か。いきなりそんなことを言わせるなんて、この『ラブ・アロー』という魔法は、予想以上の、半端じゃない力を持っているみたいだ。この先、できるだけ使用は控えよう。
彼女のためにも、冒険が終わったらまた訪ねてきてやろう。もしかしたら冒険の道中で、戻って来なければならない要件が発生するかもしれないが。RPGゲーでは、序盤に訪れた街に重大な秘密があるなんてことはザラだし。そこは定かではないが。とにかく、いずれは戻ってくることにしよう。
◇
朝食のベーコンエッグを食べた後、俺はいつもの二人に、宝物庫へと案内された。
一度も鍵を使うことなく、スムーズに進んでいく一行。
「ここって施錠とかしてないのか? 」
「……魔法の鍵で、関係者しか開けられないようにしています」
「あ、そうですか」
ホント、万能だな魔法って。
「着きましたよ」
宝物庫と書かれた扉を開けると、そこにあったのは、古びた棚の数々だった。よく見ると、埃一つも被ってない。手入れは行き届いているようだ。
「確か……ここですね」
マリルが、一番右にある、上から3段目の引き出しを開ける。すると、そこから出てきたのは、明らかに入りきらないだろうと思われるサイズの、大きな大剣だった。
柄は金色、刃は赤色をベースに、金色の碑文が刻まれている。文字は読むことができない。この剣には、あの魔法の粒子は働いていないらしい。
マリルから手渡されたそれを持ち上げてみると、これがものすごく軽い。俺でも簡単に振り回すことができそうだ。長さだけ見ても、1.5メートルは優にありそうなのに。見た目とのギャップがすごい。
「それは、我が王家に伝わりし家宝の剣……。100年に数グラムしか採れないとされているミスリル鉱石をふんだんに使用した宝剣です。その切れ味は市販の剣では決して味わえないでしょう」
「家宝の剣……。そんなものを俺に渡してしまっていいのか?」
「大丈夫です。その剣はおそらく、貴方以外の人には扱えませんから」
「どういう意味だ?」
「その剣は……私が心から愛した者にしか、力を発揮できない魔法が使われています」
「俺には……この剣が使えるのか?」
「ええ、おそらく。貴方がそれを軽々と持ち上げているのが、何よりの証拠です」
「なるほどな……」
「そちらの木の剣は私が預かっておきます」
俺は言われた通り、木の剣をマリルに渡し、大剣を背中に背負った。
「似合っていますよ」
「そうか? ありがとう」
こんな序盤で、あの貧弱な剣から、王女からも好評な強い剣に乗り換えられたのはかなり大きそうだ。
この他にも、身につけているだけで防御力が上がるという腕章、服や靴などの一級の装備品、10トンまでならどれだけの物も入れることができるという魔法のバッグ、最後に1000万ゴールド相当の財宝を受け取った。
「この国は他の国々とは異なる通貨を使っていますので……。そちらの財宝を使って換金していただけますか? 」
「わ、わかった」
思わずドン引くほどだこれ。これ以上のものがあるのかというほどの装備品の数々。申し訳ないとすら思えてくるほどだ。
「それでは外に出ましょうか。見送りです」
◇
「お別れですね」
「……そうだな」
マリルの顔には一点の曇りもない。俺を笑顔で見送ろうという意思だけが感じられる。
「欲しい本がありましたら、国を出る前に図書館で複製してきてください。百冊程度なら、そのバッグに入るでしょうから」
「わかった。色々ありがとうな」
「いえいえ」
「……」
「……」
しばしの気まずい沈黙が流れる。先に俺から言いたいことを言わせてもらおう。
「また戻って来るよ」
「……本当ですか?」
「本当だ」
返答を聞いたマリルは、また目に涙を溜め、俺に抱きつき、顔を胸に埋めてきた。おぉ……、美少女からの抱擁はやっぱり威力が高い。
「マリルは本当にベントさんにゾッコンだな〜」
隣ではその光景を見ているアランがニヤニヤしている。
「アランも元気で」
「だいじょーぶ。あたしはいつも元気だから! 」
そう言って、アランはグッと親指を立てた。
「ベントさん。また会える日を楽しみにしていますよ」
抱擁を解き、俺の顔をしっかりと見直したマリルはそう言った。
「俺も楽しみにしてるよ」
俺は二人を安心させるように笑顔を見せ、それを最後の言葉にして、国を後にした。