2. 王女とメイド
何かのパーティーかと見紛うほどの、数々の装飾で彩られた広い部屋に俺は案内された。天井には大きなシャンデリアが。ここまで大きなものを生で見るのは初めてだ。
部屋には先ほどまで数人の兵士がいたが、王女の指示により全て出て行ってしまい、今部屋にいるのは、俺と王女、そして一人のメイドだけだ。
「こちらが本日の夕食になります」
メイドによって運ばれてきたのは、パンにサラダにコーンスープ、そしてステーキ肉だ。絵に描いたような豪華な夕食。伊達に王家の夕食ではない。
「遠慮しなくていいのですよ」
料理の前で固まってしまっている俺を見かねて、彼女は言った。彼女からしてみれば特別なものではないのだろうが、俺からしてみれば年に一回あるかどうかといったメニューだ。
「味は私が保証します。こちらは、ミノタウロスのヒレ肉になります。この近くの森には、2メートルほどの大きさの、無数のミノタウロスが生息しているのです。そしてソースは、この国の一流の料理人が、10年研究して作り上げた秘伝のソースを使っています。好みに合わぬようでしたら、別の料理を用意させますが」
いや……すいません。その真逆なんです。というか……ミノタウロスの肉って今言った? そういえばAAにもそんな名前の魔物がいたな。ボスとまではいかないが、そこらの雑魚魔物よりは強い魔物だ。こいつに苦しめられるプレイヤーも少なくないと聞いた。2足歩行の、牛のような魔物で……。ダメだ。姿を思い出すと食べるのが戸惑われる。
とにかく食べてみよう。王女様が直々に勧めてくれているのだ。固まっているのは失礼だろう。それに、時間が経てば料理は冷めていく。できれば温かいままの料理を食べて欲しいはずだ。
それじゃあ早速……ステーキを一口。
「ふぁ……!」
ヤバい。思わず変な声が出てしまうほどの美味さだ。予想を遥かに超越している。まず何より柔らかく、そして肉汁が……。もはや筆舌に尽くしがたい。
「気に入ってくれたようですね」
微笑ましそうに王女が笑いかけてくる。その笑顔は普通の少女のようで、王女とは言っても、俺たちと同じ血が通った人間であることを教えてくれていた。
「えっと……ありがとうございます。いきなりこんな豪華な食事を恵んでくださるなんて」
「そうかしこまらないでください。最初、処刑台で話していた時のように、堂々としてくださればいいのですよ。それともう一つ。私のことはマリルと呼んでください」
「じゃあ……えっと……。ありがとうな。マリル」
「……ふふっ」
よほど嬉しかったのか、笑顔を通り越してにやけ顔になっていた。
というか、いきなり名前で呼んでくださいなんて。清純そうに見えて、意外と強引なのか?
「で、どうしてマリルは俺のことを助けてくれたんだ? 情報を喋らないなら、容赦なく殺してしまうんじゃなかったのか? しかもそれだけじゃなく、こんな豪華な食事まで用意して」
「食事だけではありませんよ。寝床もちゃんと用意してあります。客室はほとんど空いておりますから」
「そうか。ありがとう。で、どうして助けてくれたんだ?」
彼女をこうさせたのは俺自身だ。こんなことをわざわざ聞かなくても、理由は俺自身が一番よくわかっている。しかし、彼女自身は理解しているのか。なぜ自分が、見ず知らずの、怪しい男の命を救ってしまったのかを。
「どうして……ですか。どうしてでしょうね。自分でも不思議なんです。ただ……」
「ただ? 」
「貴方には死んでほしくないと思いました。処刑台にかけられた貴方を見て、この人は殺してはならない人だと、このまま見殺しにしてはいけないと……強くそう思ったのです」
案の定、彼女自身、自身の心に植え付けられた恋心を自覚してはいないらしい。
「正直、迷いもありました。が、私は自身の気持ちに従うことを選びました」
マリルは胸に手を置き、悔いはないといった清々しい表情で、静かにそう言った。
俺はあのガチャ結果を見た時、本当にこの能力で大丈夫か? という不信感があった。が、やはり俺のガチャ運は強い。この能力でなければ、あの場を掻い潜ることはできなかったかもしれない。
それにしても、そんな私情だけで死刑囚を無罪にさせてしまうのか……。恋心って凄い。俺は大した恋をしたことないからよくわからないが。
「それってもしかして恋じゃないですか!? 王女様!? 」
場違いな元気の良い声が響く。誰だ?と声の方を見ると、そこにいたのは、俺たち二人の料理を運んできてくれたメイドさんだった。
「こら、アラン! この方の目の前ですよ! 騒ぎ立てないでください!」
「えぇ〜、大丈夫ですよ王女様ぁ〜。この人優しそうだし、そんなことで怒ったりしませんよ! 」
アランと呼ばれたメイドは、俺の元にズカズカと近寄ってくると、両手で俺の手を包み込んだ。
「いやぁ〜、それにしても危機一髪でしたね! マリルがいなかったら、今頃首ちょんぱでしたよ!? 私、わかってたんです! この人は悪い人じゃない、この国を厄介ごとに巻き込むような人じゃないって! だから私、嬉しかったです! 貴方がこうして助かってくれて! 」
「あはは…。ありがとう…」
この子、取り敢えず声が無茶苦茶でかい。こうも近場で叫ばれると、耳がキンキンする。いや、本人には叫んでるという自覚さえなさそうだ。
というか、メイドの立場で主君を呼び捨てにするのはいいのか…?
「だから騒がしいと……言っているでしょう! 」
「あぁっ! 」
マリルがアランを、強制的に俺から引き離す。
「ごめんなさい。彼女が失礼な口を」
「いや……大丈夫だ」
失礼以前に、俺なんて不法入国者だし。
「先に紹介しておきます。彼女の名はアラン・ラディオ」
「どーもー!」
大変元気の良い挨拶をしてくれた、アラン・ラディオという少女。透き通った水色の短髪と、赤い髪留めが特徴な美少女だ。とにかく、元気がすごくいい。彼女を見ていると、こちらまで元気が湧いてきそうになる。
「我が王家に仕えるメイドの家系で…彼女も同じようにメイドとして仕えてるのですが…私と彼女は幼馴染で、二人きりの時はいつもこんな感じです」
「幼馴染?」
「この子は昔から落ち着きがなかったんです。まだ幼い頃、この子がこっそり王城に侵入したことがきっかけで私たちは出会いました。同年代の仲間がいなかった私にとって、彼女はありがたい存在でした。ですから私は彼女と、立場など関係なく、友人になることを望んだのです」
なるほど。この子のこの態度は道理で。
「というか、料理を運び終わったならさっさと下がりなさい! 」
「えぇ〜、いやですよぉ〜」
「いや、じゃないです!」
子どものように地団駄を踏んで反抗するアラン。が、マリルは容赦なく彼女を羽交い締めにして、部屋の外に連れ出そうとする。
「マリル! 俺は気にしてないから、そんなことしなくて大丈夫だぞ!? 」
そう言ってマリルを止めようとしたが。
「私が嫌なんです」
と、マリル。
もしかしてこれが嫉妬ってやつなのか?
気づくと二人はいよいよ扉の前まで差し掛かっていた。
「離せ〜! 」
「離しません!」
「あっ……そうだ! 王女様! 」
「なんですか!アラン!」
「王女様、あの人の名前とか、あの人からの自己紹介をまだしてもらってませんよね!? ほら!だから私を連れ出すのは、後にしてくださぁ〜い!」
「……そうでしたね」
自己紹介か……。そういえばこっちはまだ名前さえ名乗っていなかったな。俺の名前は…あれ、なんて設定したんだっけ。えっと……そうだ。ベントだベント。
「答えられる範囲で構いません。名前だけでも教えてくださいますか?」
立ち止まって、アランを羽交い締めにしたまま、マリルは尋ねた。
「名前はベント。歳は23。それと…冒険家だ」
話せるのはこれぐらいか。冒険家か…。まあ、あながち間違ってはいないだろう。SCOREを貯めるには冒険が必須になってくるだろうし。
「ベントさん……ですか。いい名前です」
マリルは小さく呟き、クスリと笑った。
「ではベントさん。これからよろしくお願いします」
「あぁ。よろしく」
ん?これからって……?
扉が勢いよく閉められる音がした。多分、マリルがアランを部屋の外に連れ出すのに成功した音だろう。