絶対的なガチャ運
その日は大晦日だった。
きっと今頃、多くの人間は、家族や恋人と共に、新たな年の訪れに心を躍らせていることだろう。俺はといえば、いたって普段通り、アパートの自室でテレビを見ながらゲームをするのみだった。
太陽が沈みはじめる頃、俺は晩飯でも買いにいこうと外に出た。
大晦日ということで、普段より通行人や車は少ない。これが年の明ける直前になると、初詣への大量の参拝客で賑わうことだろう。即ち、外に出るなら今しかない。そう考えた。
徒歩5分のところにある、気兼ねなく行ける距離に建っているコンビニ。道中は、普段なら何の危険もない道だった。
しかし、そこで事件は起こった。横断歩道を渡る際、信号無視した一台の赤い自動車が、俺目掛けて飛び込んできたのだ。
どしんと、鈍い感触が。辺りが一瞬にして暗闇に包まれる。そこで俺は自覚した。俺は交通事故によって、死んでしまったのだと。不思議と、痛みは感じていなかった。
次に意識を取り戻した時、俺はパイプ椅子に座らされた状態だった。体には血一つ付いておらず、車にぶつかられた形跡はどこにもなかった。全身ジャージ姿の、服装までそのままだ。
部屋にあるものは、俺が座っているこの椅子のみという、非常に殺風景な部屋。出入口はどこにもなかった。
戸惑う俺の前に、何もないところから突然、仮面をつけ、漆黒の鎧を身に纏った、1人の男が現れた。男といっても、身長と肩幅の比からそう推測しただけで、実際のところはわからない。
『——』
男の顔が俺の方に向くと、電波のようなものが、ピリピリと脳内を駆け巡った。俺はこれを『テレパシー』だと瞬時に理解した。具体的な、組み立てられた言葉でなくても、ニュアンスだけはそれに乗って伝わっていた。
男はそのテレパシーを使って、次のことを説明した。
俺は交通事故で死んでしまったこと。このままでは、俺は成仏させられ、再び輪廻転生の流れに巻き込まれることになるということ。しかし、これから異世界で行われるゲームに勝利すれば、報酬として蘇ることができ、さらに自由に好きなオプションを付けることができるということ。しかし参加すれば、同時に敗北時の罰を受けるリスクも背負うことになること。そして、そのゲーム『SCORE7×7』のルールだ。
このゲームの舞台になるという『アビリティ・アドベンチャー(通称AA)』というソーシャルゲームの名を、俺は知っていた。ファンタジー世界を舞台にして、様々な魔法を駆使しながら、魔王討伐を目指すゲームだ。俺も手をつけたことがあるゲームだったが、そのゲームはたった一週間で、サービスを終了してしまった。トップクラス…とまではいかないまでも、能力の多様性や、マップの広さなどによって、ネットではそこそこ高い評価を持っていたのに。俺も、伸び代があると思ったゲームだっただけに、終了の知らせは少しばかり残念だった。まさかこんな場所で、再びその名を聞くことになるとは思わなかったが。NからSSRまでの尺度の能力が存在することや、特殊能力ガチャの排出率などはAAそのものだ。
しかし、異なる点が一つ。このゲームタイトルの由来にもなっている、SCOREの存在だ。原作ではガチャを回すのに『クリスタル』という名のアイテムが必要だったのだが、本ゲームでは、そのSCOREを使用するらしい。そしてそのSCOREを、3年以内に、7×7——7777777ポイント貯めることが勝利条件だ。基本的には、AAにSCOREのシステムを組み合わせたゲームなのだろう。
ゲームを有利に進めるためにはガチャを回す必要があるが、なにも考えずに回し続けると、勝利条件のSCOREがなくなってしまう。ガチャを回すタイミングと、その内容が、最重要視されるゲームだ。
参加者については、?/7人となっているが、俺を含めて7人、このゲームへの参加を募り、その内何人が参加を決めてくれたのか、明らかでない状態にあるということか。とにかく、同志がいるかもしれないというのは少なからず心強い。
『——』
そこまで理解したところで『ゲームに参加するか?』という意のテレパシーが送られてきた。
報酬が、現世への復活権+オプション。罰が、我への永久の服従。紙にはこのように書かれている。
男の説明によると、ゲームに勝利すれば、元の世界で再び生を取り戻し、同時に好きな特典を付けることができる。大金を得ることは勿論、全世界を屈服させるほどの権力、好みの女からの愛を独占すること、不老不死まで、何でも、いくつでもだ。逆に敗北すれば、この男に永久の服従を強いられることになるらしい。こいつの下について、永遠に、逃げ場のないところで働かされ続けるなんて、考えただけでゾッとする。このゲームの発案者からしてみれば、この報酬に対し、このくらいのリスクを受けるのは妥当だと考えたのだろう。
さて、俺はこのゲームに乗るのか?それとも、乗らぬのか? 生憎、俺は賭け事には乗らない性分だ。負けた時の後悔を考えると、俺は下手に勝負に乗ったりなんてできない。ただし…それはあくまでも『勝てるか負けるかわからない勝負』だった場合だ。その勝負が俺にとって『極めて有利な勝負』であるならば、別の話だ。
ザッと話を聞いてみたところ、このゲームで一番大切なのは、一回一回のガチャ結果に他ならない。なので、ガチャ運に自信がある者なら、ゲームに乗っておいても悪くないかもしれない。しかし、所詮は運だ。運に絶対的な自信が持てる者なんて、果たしているのだろうか。
いや、いる。俺こそは、ガチャにおいて、百発百中で狙いを引き当てるとまで自負することができる、絶対的なガチャ運の持ち主だと。
俺が最初この力に気づいたのは、6歳の時に、特撮ヒーローのグッズが欲しいとガチャガチャを回した時。レッドの姿がデザインされたキーホルダーを、欲しい欲しいと思って回してみたところ、見事にそいつを当てることができた。
それから大きくなってソーシャルゲームに手を出してみた結果、排出確率関係なく、何回でも狙ったものを当てられることがわかり、この力が確信に変わった。気づけばゲーム内ランキングにおいて、廃課金者に並んで最上位に名を連ねるようになっていた。
俺はガチャに対してとんでもなく強かったのだ。
俺は、口元の笑みで余裕を演出しながら、男の問いに頷いた。
『——』
楽しみだ。最後に送られてきたテレパシーからは、そのような意味合いが感じられた。現れた時と同じように、スッと男は消えていった。
それとほぼ同時に、ポケットから小刻みな振動が伝わってくる。ポケットに手を入れると、握り慣れた大きさのものが。俺愛用のスマートフォンだ。振動は、メールが来たことを報せる、バイブレーションだったのだ。
この愛機と再会できたことの喜びを噛み締めながら、メールのページを開くと、新着のメールが一件。件名はなく、本文にあったのは添付ファイル一つで、おまけに差出人の欄が空欄となっている。差出人を記載せずメールを送るなどできるはずがないのだが……。そんな異常に、血の気が引いていくのを感じながら、添付されたファイルをタップする。すると、アプリが勝手にダウンロードされ始めた。『異世界ツール』という名のアプリであった。タップする度に一々心臓を荒ぶらせる自分に呆れながら、されどもそれを抑えることができぬまま、そのアプリを開く。
スプラッシュスクリーンが表示された後、『設定調整』という画面に移った。手引によると、異世界に行く前に、異世界ネームなどの設定調整を行ってもらうと書かれている。今からそれを行うようだ。
まずは、異世界ネーム。基本的に、ソーシャルゲームでのユーザー名は『スカイフィッシュ』で統一しているのだが、これから異世界で名乗っていくとなると、ちゃんとした名前が必要だろう。こうやって名前を決めるのは個人的に苦手だ……。なので、傍にあった『おまかせ』をタップした。画面には『異世界ネーム:ベント』と表示された。ベント。異世界人の一般的な名前はわからないが、悪いとは思わない。何より、おまかせで選んでくれた名前だし……。これでいいだろう。決定をタップした。
坦々と進めていこう。次は人種。人間族・エルフ族・獣人族など、多種多様な人種があるようだ。人間族でいいか。それ以外の種族を選ぶと、これまでとの違いに大きな違和感を感じることになりそうだ。
三つ目——いや、LASTと書かれているからこれが最後か。最後はタイプだ。攻撃タイプや防御タイプなどから選べる。攻めるのが好きだから攻撃でいいだろう。適当に決めすぎじゃないかって?こういうのは結局ガチャ結果がよければなんとかなるだろう。
それらの設定を終えると、画面には『設定ありがとうございます。では最後に、貴方は蘇って何がしたいですか?』という質問が。勝てる見込みがあると思ってこのゲームへの参加を決めたので、具体的な目的があるわけではない。勿論、報酬が魅力的だったというのも、理由の一つではあるが。『幸せになりたいから、自由になりたいから、力が欲しいから』と、曖昧な言葉を入力していった。
『ありがとうございます。それでは楽しい異世界生活を』
思わず失笑してしまった。峻厳な罰を用意しておきながら、何が『楽しい異世界生活』だ。
いや、こうなったら、自分の力で意地でも楽しい異世界生活にしてやろう。このゲームの難易度のほどはわからないが、流石に最強能力を連続で引いてクリアできない難易度はないだろう。
『扉に入り、まずはチュートリアルに挑戦してください』
俺のことを歓迎しているかのように、光輝く扉が現れたことを確認し、スマートフォンを閉じる。
いくら自信があるといっても、少なからず不安はあった。この胸の高鳴りの内、7割は不安が占めているだろう。でも、もう決めてしまったことだ。やるしかない。
扉の前で、一、二回深呼吸をする。依然として鼓動は収まらない。
とにかく、まずはチュートリアルだ。怖がることはないだろう。
「…行くか」
短いその言葉だけを部屋に残し、俺は扉を開けた。