負け犬の矜持①
その日は朝からそわそわしっぱなしだった。校長に指定された夜までの間、授業に集中なんてできなかった。午前の授業は火の授業で、この前の事故で規制がかかったのか、その内容は命の危険がない講義形式だった。ソレイユはつまんなそうにしていたが、こちらとしては嬉しい限りだった。なんせただ魔法の勉強をしていればいいのだ。これまでのことを考えると天国のごとく。だ。
しかし、講義形式となると意外と講義のレベルは低く、そこはやはりサラの知識の量、質の高さが上回っていた。それもそのはず、魔法教会は数百年前に発足して以来、魔女から魔法の知識を教わることを禁止して来たのだ。魔法の発展はそのせいで数百年文どころか、数千年の魔女の魔法の知識を不意にして来たのだ。
そして午後は土の授業。魔女から魔法文の知識を教わったことを隠すため、ゴーレムの魔法について皆から聞かれても、企業秘密と言って通した。アリスの態度は……と言うと、通常通り、まるで何もなかったかのように振舞っていた。俺もそれに合わせて普段通りに過ごした。
そして訪れるは夜。
帳が降り、学園に暗闇が訪れた頃、俺は一人、廊下の突き当たりへと向かった。そこは相変わらず何もない壁があるだけだった。本当に、どう言う仕組みでこの壁が開くようになっているのか。と言うかそもそも魔法の知識の発展が遅れているはずなのに、こういった魔法道具などの発展は著しい。これにも理由があるのかもしれない。
「ラン」
俺は覚悟を決めて校長に渡された魔法陣を実行した。するとあの時と同じように何もなかったはずの壁が開き、階段が現れた。そしてその階段を昨日と同じように降りて行く。地下何階かわからないほど降りたところに、二度目の扉がそこにあった。
その扉を開くと、中に広がっていたのは……昨日とは違う部屋だった。高級そうな家具は一切なく、前の世界で見たような科学の結晶、機械類が並んでいた。
「は……?」
この世界に来てから、機械という機械は見かけたことがなかった。そこに来てのコンピュータ類が並ぶ現実に、俺の脳はついていけていなかった。
「ほっほっほ。来たか。アキヤマくん。驚いたかね? この摩訶不思議な道具たちを見て。どう思ったかね?」
どこから現れたのか、ダンテ校長が後ろから話しかけて来た。
「驚きましたよ……」
俺は振り返って言った。
なんせ前の世界で見たものがこちら側にあったんだから。まぁそんなことはこのおじいさんには絶対に言わないが。
「そうじゃろうそうじゃろう!」
ダンテは満足げに髭を手でいじった。
「それで。俺は何をさせられるんですか?」
「ふぉ? 切り替えが早いやつじゃのう?普通、この道具たちを見た後のものはもっと驚きを噛みしめるものじゃぞ? まぁいいがの」
「なんかすいません……こういう性分なんで」
ほんとは見たことあるからなんだけど。
「ふむ。その性格、嫌いではないぞ。それでは追加課題の説明をしようかの?」
「お願いします」
ここまで来たらもうなんとか課題をこなすしかない。たとえそれがキメラ合成だったとしても。だ。もしこの後にさらなる被害が出るというなら、それを食い止めるためにも。
「追加課題は……キメラの合成じゃ。これは魔法教会からの依頼でな。高度な魔法かつ危険な魔法であるため特に優秀な生徒にしか頼めないんじゃよ。そのためのS+制度……というわけじゃないが、優秀な生徒を振り分けられるのは強みじゃのう。それでじゃな、今回の課題は……初めということじゃし、簡単な合成魔法にしようかの? そうじゃな……弱く単純な魔物……そうじゃ!プニリンなんてどうじゃ?」
「へ」
ダンテの口から出て来たのは、かつて少しだけ一緒に旅をした、懐かしい魔物の名前だった。
「そうじゃそれがいい。そうじゃな……プニリンと同じ地域に出没する魔物、ジャルとの合成なんかがいいかのう?なぁに、そんな緊張しなくても大丈夫じゃ。そこの道具をいじって魔力を供給するだけじゃから」
「いや、あの……」
「さ! さっさとやってしまうと良いぞい!」
ダンテは有無を言わさぬ微笑みで圧倒的なプレッシャーを放つ。機械を見てみると、液晶にキーボードのような印が映し出されていて、ディスプレイには見たこともないようなソフトが並んでいた。
「そう、その印を触ってじゃな。母体をプニリンに選択、合成をジャルにして……決定を押してその掌のマークのところに置いて魔力を供給するのじゃ」
俺はだいぶ迷ったが、このままここで逃げてもおそらく誰も救うことができない。苦渋の選択で、指示に従うと、魔物を選択して決定すると、並んでいるガラスの容器のうちの二つに魔法陣のマークが発生した後、プニリンとジャルが現れた。プニリンは中央の大きなガラスの容器の中に現れ、ガラスの容器は上方向に向かって伸びる管によって他のガラス容器に繋がっていた。
掌を液晶にあて、一呼吸置いてプニリンの方を見た。プニリンもまっすぐ俺を見ていた。今から何をされるのかわかっているのか、わかっていないのか、俺のことをじっと見つめていた。あれはかつて会ったプニリンじゃない。プニタローは死んだんだ。俺を庇って。
今一度犠牲を出してしまうことを心の中で謝りながら、魔力を供給した。
「ぴ、ピギィィィィィィィィ!!!!」
「ギャオォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
密封されたはずのガラスの容器の中からプニリンとジャルの悲鳴が響き、それは始まった。魔物達の体が瓦解し、ジャルの容器からプニリンの容器へとナニカが移動していった。そして二つの個体だったモノはプニリンが入っていた容器の中で、再び形成を始めた。それはまるで粘土をこねるように、ぐにゃりぐにゃりと形を変え、そして。
そこに出来上がったのはおぞましい何か。ジャルの頭にプニリンの体。それは説明すれば面白いようにも思えるぐらいの容姿だったが、実際見ると気持ち悪い以外の形容のしようがなかった。
……それは、恨みがましそうにこちらを見つめていた。
俺は恐ろしくなって目をそらした。そのときガラスに反射して見えたダンテの顔はこれまで見たどんな笑顔よりも恐ろしい、気味の悪い笑顔だった。これまで見て来たダンテの優しそうな表情はなんだったのかと思うぐらい衝撃的で、多分それは一瞬の隙に溢れでたものなのだろう。振り返ると元の表情に戻っていた。
「うむ!よくやったのう!素晴らしい出来じゃ。普通最初は形の形成まできちんとできるものは少ないからの?あのアリスですら形成までに一ヶ月はかかっていたぞい?あ、これは秘密じゃがな?」
ニヤリとそう言うダンテの表情は相変わらずの優しい顔つきだった。きっとこの老人はこのやさしそうな面の皮をかぶってここまで登って来たのだろう。そして、あの表情から察するに、何かを企んでいることは間違いなさそうだ。アリスがなんで教えてくれたのかはわからないが、大量虐殺、と言う情報の真偽を確かめる必要がありそうだ。どう止めるかは後で考えるにせよ。
「そ、そうなんですか。なら今回の課題はクリアですか……?」
「そうじゃな! 問題なくクリアじゃ! 合成の部分はの?」
「合成の部分……は?」
「言ってなかったかの? キメラの合成は合成したキメラの管理を決めるまで責任を持たんといかんのじゃよ?つまり。有用なキメラは脱走時の捕獲、不要なキメラの処分までできて一人前、と言うことじゃ。なぁに。今回は弱い魔物同士の合成じゃからの、ただの殺処分じゃ。簡単じゃろ?」
それは当然の帰結だ。でも、そんな身勝手なことって許されるのか? 勝手に捕まえて来て勝手に合成して勝手に殺す。そんなことって……
「こ、このキメラを殺せって言うんですか?」
俺は戸惑いながら、ダンテに聞いた。
「その通りじゃ! これは訓練でもあるんじゃからのう? 脱走時のキメラの処分、捕獲は魔法教会に入ったとしても必要なことなんじゃぞ?」
ダンテの発言はひどい内容ではあったがかなり重要な事実を教えてくれた。魔法教会はやはりキメラの合成を常時行なっていて、上位の魔導師の慣例業務に入っている。これはかなりの情報だった。何を企んでいるのかまではわからないが、確信が持てた。魔法教会は野放しにして置いたら何かをやらかす。それはこの学園も同じかもしれない。これを阻止するためには。
……この機械。ぶっ壊して逃げるか。もちろん今すぐにという話ではない。そんなことをすればここで始末されてジ・エンドなんて話になりかねない。脱出ルートを確保してから破壊工作に及ぶ。小物っぽいが仕方ない。
「どうした? 緊張しておるのか? なぁに、今回は初回じゃからな。そんなに気構えずともよい。魔法陣は持っておるか?」
「ええ、まぁ」
ここ最近は緊急で危険が訪れることが多いので常に持ち歩いている。重いものでもないし。
「とりあえず移動するかの?」
そういうとダンテは俺の方とキメラの方に腕を伸ばし、指を鳴らした。瞬間、目の前が草原の広がる例の授業で使った空間へと変わった。そして目の前には先ほどのキメラが一匹。後ろにはダンテ。逃れることはできなさそうだ。
嫌な仕事をこなすことになってしまった。




