lesson crisis⑥終〜水の魔法編〜
まず左側へ走り込んで行った俺に対し、カマイタチは先ほどまでとは段違いの威力の風の刃を俺に向けて放ってきた。遠いうちはそれを避けるのはそこまで難しいことじゃなかったが、一瞬でも立ち止まろうものならその隙を逃さず攻撃を仕掛けてくる。
一回り大きくなった体が攻撃に与える影響は凄まじく、大きな尻尾から放たれる風の刃に当たろうものなら、腕の一本や二本、平気で飛んでいきそうな威力を目の当たりにした。逃げるのにも必死だが、ただ逃げているだけでは課題がクリアできない。
別にクリアしなくてもいいといえばいいのだが、今後の潜入活動のためにもなるべく教師の評価は勝ち取っておきたい。そんなことを考えている間にも、カマイタチは攻撃をどんどん仕掛けてくる。早く何か手を考えなくては。
俺は必死に考えた。これまでと同じように。魔法は思考力でいかようにもその風貌を変える。状況が変われば、最適な魔法も変わってくる。今回は水の魔法の課題なので、他の魔法で乗り越えるわけにはいかない。しかし、だからといってさっき作った水の魔法を使ったとして、相手はあの大きさだ。たとえ火の魔法の時のように追尾して水を発生させたところで、尻尾で振り払われておしまいだろう。
ラムザールの方を見ると、早よしてくれんかとばかりにヒゲをいじりながらそっぽを向いている。せめて、見ろよ!! と心の中で全力のツッコミをするも、ラムザールにはその思いは届かない。なんでこんな目にあってるんだろう。いっつもいっつも……
嘆いていても始まらないとこれまでの生徒の魔法を振り返って見る。しかし思い出すのはどれも水の中にカマイタチを閉じ込めるというもの。俺の魔力放出量で作り出せる水の量では一回り大きくなったカマイタチを包み込むことはできない。
ならどうすればいい??
……思いついたのはシンシアの魔法。大量の水を作り出し、そして【凍らせた】。
氷……? そうだ。氷だ。シンシアは水を凍らしていた。魔法文は見してくれなかったから、どういう風に凍らしているのかはわからないが、どうにかして考えるしかない。
ヒュン、と耳元で音がした。
思考に深く入り込みすぎていたところで、カマイタチの攻撃が頭をかすったのだ。髪の毛が少しだけ切り落とされてしまった。というか今の首に当たってたら……。そう想像するとゾッとして、再び必死に逃げ出す。
足が止まることなく、なおかつ氷の魔法の魔法文を考えなければならない。
氷……氷……氷はどうやってできる……? 自分自身に質問をしながら頭を整理していく。
氷は水を凍らしてできる……そんなことはわかりきっている。それはどういう時に起きる……? 水の【温度が下がった時】にできる。
ふとシンシアが魔法を使った時のことを思い出して見る。魔法で作り出した水が端からパキパキと凍って行った。その時は何にも考えていなかったが、今考えて見るとおかしいことが一つある。あの時、あれだけの氷ができていたにもかかわらず、俺は特に何も感じることなくシンシアの魔法を見ていた。
そう。それだけの氷ができていたにもかかわらず、寒いともおもわなかった。そんなに近くなければ当たり前かと思うかもしれないが、違う。あの時、俺はむしろ少し暑いと感じていたくらいだった。これは仮説だが、氷の魔法は水の魔法でできた水の熱を奪うことによってできるのかもしれない。シンシアのようには行かなくとも、硬い氷が作れればなんとかカマイタチを倒すことができるかもしれない。そう一筋の光が見えかけた頃、ラムザールがようやく声をかけてきた。
「大丈夫かのぉ? 無理なら辞めてもいいんじゃよ〜」
遅い! 遅い上に素直に頷き辛い言い方をするじじいだ。こちとらようやくなんとかできそうになってきたんだ。このままで終われるかよ。
「いや!! 大丈夫だ!!!」
大声でラムザールの方を向いて返事をすると、その隙も見逃してくれなかったカマイタチの風の刃が襲ってくる。身を転がすようにして避けると、ポケットに入れていた紙とペンを持ち、みんなと逆方向に走っていく。後ろ向きになるのは攻撃が見えなくなるのでできるだけ避けたかったが、みんなに魔法陣を描いているところを見られるのは少しまずい。
必死に攻撃を避けつつ、紙に魔法陣の枠を書き、サラの書いた魔法文単語帳に書いてあった単語を必死に思い出しながら魔法文を書き入れる。
[1, charge magic power, to 2]
;魔力を貯める、命令文2へ
[2, convert water at my both hands, to 3]
;両手の位置で水の魔素に変換、命令文3へ
[3, transfer heat from the object on the left hand to the one on the right, to 4]
;左手のオブジェクトから右のオブジェクトへ熱量を移動、命令文4へ
[4, select the object which the left or the right, to 5]
;右か左のオブジェクトを選択、命令文5へ
[5, release the object at the my timing, (if both objects is selected)end, or to 4]
;自分のタイミングで選択したオブジェクトを放出、もし両方のオブジェクトが選択されていたら終了、または命令文4へ
これまでの経験で魔法を放つとき、方向の指定はしなくても、自分のさじ加減でできるということがわかっている。ただ、方向の指定がなければ完全に自分の感覚任せになってしまい、まるでボールを投げるかのように魔法を放つことになる。しかし、方向指定をしている暇も、調整する暇もなかったので仕方なく最低限の文で仕上げる。
カマイタチの攻撃は何度も俺の体をかすめ、体はすでに傷だらけだった。しかし、この魔法がうまく行けさえすれば、なんとかなるかもしれない。そう期待を込めて魔法を起動させようと魔法陣を書いた紙を握り、カマイタチの方に体を向ける。
「散々痛めつけてくれたし、やり返したって恨むなよ!!! ラン!!!」
内心はうまく発動してくれるかドキドキだったが、皆の手前、格好をつけて魔法を起動させる。魔法陣が青白く光り、模様が浮かび上がり、魔法陣はふたつに分かれ両手の上に移動する。両手を体の横に移動させると、水が両手から発生した。
「あんなとこで水を発生させてどうするんじゃ〜? 本当に大丈夫かの〜? 辞めといたほうがいいんじゃないかの〜?」
ラムザールがそう舐めたセリフを吐いたが、それは無視!
両手の上で形を留めた水は徐々に大きくなっていく。この大きさも指定をかけなければ自分の想像力次第になるのだ。魔法文は魔法のきっかけ、想像力の道しるべになるような意味合いなのかもしれない。それか人間の脳にかかる負担を減らすために一個一個の命令文について想像力を働かせることになっているのかもしれない。真偽はわからないがとにかく自分がいいと思った大きさで水を発生させるのを中断する。
その時点で水の大きさはバランスボールほどの大きさになっていた。少し大きくしすぎたか? と思いながらも、カマイタチの攻撃を避けつつ、魔法の進行を待つ。右手の水から少し蒸気が上がりだす。そして左の水は徐々に凍り始めた。やがて左手の水は完全に凍った氷になり、右手の水は目には見えないが高温の水蒸気が止まっている状態へと変化した。
「キィィィ!!!」
カマイタチは何か異変を感じたのか、ひときわ大きな風の刃を飛ばしてきた。……しかし。
キィン!!!
俺は左手の氷を縦にしてその攻撃を完全に防いだ。そのまま左手の氷を盾にしてカマイタチに近づいていく。攻撃は全て氷で防ぎつつ、接近する。そして最接近したところで氷をカマイタチに向かって放つ。カマイタチがそれに注意を向けている隙に体の後ろに回り込み、右手の水蒸気をカマイタチに向かって放った。
「ギィィィィ!!」
カマイタチは後ろから高温の水蒸気で熱され続け、前は冷たい氷を受け止めていた。苦痛の声をあげ続けると、カマイタチはぐったりして動かなくなった。俺はホッとして顔を上げる。皆のところに戻ると、ラムザールは意外そうな顔をして俺を待ち受けていた。
「これは……」
ラムザールは開いた口がふさがっていない。相当驚いたのだろうか。それもそうだろう。なんせ最初の時点で死にかけていたのだ。ちょっと困らせてやろうと高難易度の課題をふっかけたのかもしれない。
「なんです?」
「いや……よくやったの。文句なし、課題クリアじゃ。高難易度じゃから追加点を与えておこう!!」
俺が傷だらけなのもあってか、皆は前の授業の時とは異なり、温かく迎えてくれ、また褒め称えてくれた。
「さすが入学でSランク!」
「痺れた!」
「氷の魔法を使えるなんて、シンシア以来だ!」
なんだかこういう対応は久しぶりで、単純に嬉しかった。しかし褒め称えられる一方で、相変わらずアランは俺の方を睨んでいた。まるで、俺ならもっとうまくやれるがな、と主張しているような態度だった。
授業が終わると、再び教室に戻り、今日の授業はこれで終わりということになった。授業は一日に二個しかないらしい。それもそうだろう。一つの授業にかかる時間がすごく長いからそうならざるを得ないのである。
そうして皆が帰路につく中、俺は本来の目的である捜査の方を進めようと学園内を探索することにした。
授業編、一旦区切りです。




