ジャックという男①
酒場に着くと店の主人は前と変わらず迎え入れてくれた。しかし、ジャックが姿を現すと少し顔色を変えた。警戒しているような感じではなかったが、明らかに空気感が変わったのがわかった。
「マスター、いつもの頼むよ。アキヤマは何にする?」
ジャックは慣れた様子で店主に注文した。
「じゃあ俺はビターで」
「お、大人だね。嬢ちゃんはどうする?」
ジャックの言葉にビターを頼みたくなっているのが見て取れたが、前回の反省を生かしたのか「ゴンリジュースで……」と悔しそうに言った。
「はは、別に今飲めないのを悔しがる必要はないさ。大人になったら良さが分かるもんなのさ」
いやそれ火に油を注いでいるだけな気がするんだが。
それに対しアイラは悔しそうに小さな声で「はい……なのです」と返事をした。店の主人は冷たく冷えたビターを俺とジャックに、ゴンリジュースをアイラに配ってくれた。
「それじゃ、とりあえず乾杯」
「「乾杯」」
ジャックに続いて俺とアイラも乾杯と声をかける。
「それで? 何が聞きたい?」
「えっ」
直球だったので少し驚いてしまった。
「夜になるのも近いからな。なるべく早くことは済ませたいだろう?」
「そ、そうだな……んじゃ、遠慮なく。まずは……あんた何もんなんだ?」
「がはは、直球だな。アキヤマ。だが手っ取り早い質問だ。それに答えるには俺の所属している組織について説明しなくちゃならんのだが……いいか?」
「ああ、聞くよ」
俺がそういうとジャックは俺の耳元に口を近づけてコソコソ声で話してくれた。
「俺は紅蓮の牙という組織に所属している。紅蓮の牙というのは魔法教会を倒すべく結成された組織だ」
「倒す!?」
俺は大きい声でそう反応してしまった。
「声がでかい!」
怒られてしまった。しかしジャックは気をとりなおして続ける。
「知っての通りこの世界は魔法教会が牛耳っている魔法至上主義の社会だ。それによってもたらされたものは確かに多いだろう。しかし、君も知っているかもしれないが、魔法至上主義の社会には弊害がある。魔法を使えない人は仕事をもらえず、結果として人間らしい生活を送れないことが多い。別に魔法自体が悪いわけじゃないが、紅蓮の牙はそういった現実を良しとしている魔法教会に不満を持った者たちが集ってできた組織だ」
ジャックは説明口調でスラスラと言葉を綴った。
「んで? あんたはその組織の幹部ってわけか」
「わかってしまったか。説明が省けたな。そうだ。俺は紅蓮の牙のリーダーをしている。ジャックだ。改めてよろしくな」
ジャックはそういうとまた握手を求めて来た。いや、リーダーとまでは予想していなかったんだけども。俺はその握手に応じると「ああ。よろしく」と当たり障りのない返事をした。アイラは何を話しているのかわからず、いきなり握手をした俺とジャックを見て困惑していた。アイラには内容はあとで話すといい、ジャックとの話に戻る。
「リーダーとまでは思っていなかったよ。それで、なんでさっきは助けてくれたんだ?」
「そんなの君たちが困っていたからに決まっているじゃないか。しかも相手は魔法教会ときた。紅蓮の牙の長としても助けないわけにはいかないだろう」
今度はヒソヒソ話ではなく普通のトーンでジャックは言った。
「それだけ?」
もう秘密にする内容ではないのかと思いこちらも普通の大きさの声で応対する。探りを入れるようにジャックの目を見るが、その目は全く揺るがずこちらを見つめてくる。
「ああ。それ以外に理由がいるか?」
組織のリーダーともなると、心が全く読めないものなんだと感心する。
「いや。んじゃ、アレスのこと知ってる様子だったのはなんでだ?」
アレスと話していた時、明らかに知り合いのようだった。そのことについても気になっていたのだ。しかし帰って来たのは予想外の返事だった。
「それは……今は言えない」
「どういうことだ?」
「私の生い立ちに深く関わることでね。まだ君には言うべきことではないとそのままの意味さ」
ジャックの言い分は当たり前のことではあった。今日初めて会ってしかも助けてもらったのだ。色々教えてもらえるだけでもありがたいと思わなければならない。
「そうか。ならいいや」
「他に聞きたいことは? 答えれることなら答えるが」
「んじゃ遠慮なく聞かせてもらうと……魔法防いだのどうやったんだ? 何かカラクリがあるんだろ? 魔法道具とか」
ただの剣であんな炎を防げるとは思えなかった。しかし俺の問いに対し、ジャックの口からは本当か嘘かはわからないが、シンプルな答えが返って来た。
「いや? あれは剣を盾にして炎を受け切っただけだ。二回目のも、ただ切っただけだ」
ただ切っただけ。意味がわからなかった。
「え? 魔法は切れるものなの?」
「ああ。切れるぞ」
その簡潔なジャックの答えになんだかからかわれているような気さえしてくる。
「どうやって?」
もっと具体的に知りたいと思い追及してみる。……しかし。
「どうやっても何もガッと切るだけだ。こうな? ガッとな?」
返って来たのはなんとも抽象的な答えのみ。全く意味がわからなかった。ふざけているのかと思うぐらいだったが、全然そんな様子もない。ため息をつくとどうした?といった感じでこちらを見てくるからどうしようもない。
「聞きたいことはそれくらいだよ」俺は諦めた。
「そうか。ならこっちの話をしていいかな?」
「俺に何か話したいことがあるのか?」
質問するだけだと思っていたので、紅蓮の牙のリーダーからの話となると身構えてしまった。しかし、それを一瞬で見抜かれてしまったようで
「まぁそう身構えるな」と言われて頭をポンポンとされてしまった。こんな子供扱いされたのは何年ぶりだろうか。そんなことを思っているとジャックから予想外の言葉を告げられた。
「アキヤマ。紅蓮の牙に入るつもりはないか?」
「……!? 俺が!? なんで俺なんかを?」
全く想定していなかった提案だった。そもそも紅蓮の牙という組織を今聞いたばかりなのにその勧誘?
しかもこんな得体の知れない男を? 理解が追いつかない。
「そう悲観するような男でもないだろう。君は立派な男だ。魔法教会に立ち向かい、魔法の使えない女の子を助けようとしたではないか。理由なんてそれだけで十分なくらいだよ」
立派だなんてそんなふうに言ってくれたのはジャックが初めてだったのかもしれない。その言葉に俺は嬉しくて少し泣きそうになってしまった。それは嬉しい誘いでもあったし、魔法教会を倒すなんて考えたこともなかったので新しい考え方を俺に与えてくれた。しかし、しばらくはサラのお願いを果たさないといけない。
「ありがとう。そんなふうに言ってもらえて嬉しいよ。でも今はまだやるべきことがあるから。紅蓮の牙には入れない」
「……そうか。紅蓮の牙のリーダーからの誘いを断るとは君はなかなか大物になるのかもしれないな」
ジャックはまたがははと笑う。
「でも、目的的には多分、紅蓮の牙と一緒だと思う。だから入れないけど、協力はできると思う」
「なるほどな。俺の下に入れば命令には従わざるを得なくなるしな。よしわかった。ではこれから君たちと紅蓮の牙は協力関係にあるとしよう。いいかなお嬢さん?」
ジャックはずっと話に入れていなかったアイラにも同意を求めた。
「はい……大丈夫なのです。これから旅を続けていくにあたって協力者がいてくれた方が心強いのです」
「なら決定だな。俺たちは次に王都ロマネへと向かう予定だ。君たちはどうするつもりだ?」
ジャックは俺とアイラの方を向き、コップを置いて改まって聞いてきた。
「俺たちは……まだ決めていなかったけど……この街の魔法教会の企みも壊してやったことだし、次の街へ向かうのがいいのかな? アイラ?」
「そうですね。私たちも王都へ向かうということでいいと思うのです。ただしいくつか街を経由して調査する必要があるので一直線にというわけにはいきませんが」
アイラは腕を組み考えながら言った。
「なら王都に来たら合流しよう。それぞれの街の酒場には紅蓮の牙のメンバーを散らしてある。君たちに協力するよう言っておくから、頼ってくれて構わないぞ。合言葉は燃え上がれと聞かれたら真紅の魂と答えるといい。あ、あと次の街まで送っていこう。方向は一緒だからな。ついでだ、ついで」
「何から何までありがとう。ジャック。頼らせてもらうよ」
「ああ。構わんさ。ただし俺たちが困った時には力を貸してくれよ?」
ジャックはそういうと俺の肩をポンと叩いて立ち上がった。
「ああ。もちろんさ。まぁ俺たちが力になれることなんてそんなにあるとは思えないけどな」
そういうとジャックはまたがははと笑い言った。
「そんなことはないさ。あの化け物鳥を一人で倒した君だ。頼りにするときはきっとくるさ。おっと、もうこんな時間だ。通り魔が出るという時間が迫っている。早く帰らないといけないんじゃないか? あ、あと集合は明日の正午にこの酒場でいいか?」
ジャックに言われて気づいたが確かにもう夜が迫っていた。
「ああ!それでいい!」
そう言うと急いで勘定を済ませ店を出ようとする。しかし、ジャックは「勘定はいいから早く行きな」とまるでドラマのワンシーンのような言葉を放ち、俺たちはそれに甘え店を出た。アイラを連れて急いで倉庫に帰っていく。
昨日と変わらぬ道だったが、リゼを救えたことで街はいつもより輝いて見えた。しかし倉庫に帰る頃には日没ギリギリで肝を冷やした。通り魔の件は解決していないのでそれは少しこころ残りだったが、あいつは俺たちの手に余る。ここの魔法教会の魔道士には悪いが、あれだけ私腹を肥やしているのだ。ほっておいたとてバチは当たらぬだろう。
下手に解決しようとして死ぬわけにもいかないので心を鬼にして、街を去る決断をした。倉庫に着き、寝る準備をすると、濃厚な一日の疲れが押し寄せ、またしても気づかぬうちに寝てしまっていた。倉庫の布団は床が硬いはずなのに、疲れからかとても心地よく眠りにつくことができた。




