fighting in the rain④終
声の主の方をみると、それは魔法教会の金髪の男、アレスだった。魔法協会員の証である六芒星が背中に記されたローブを着て、不遜な態度で立っている。
リゼの母親は怯えた目でその男を見ていた。
「何って、病気の女の子を助けるんだよ」
俺は臆さずに答える。こんなところで時間を取られている場合じゃない。はやくリゼにクフイカ草を渡さなければならないのに。
「そのクフイカ草を使ってか? そいつはいただけねぇなぁ。それは魔法教会専用の魔法道具だ。悪いことはいわねぇ。そいつをよこしな」
アレスはふざけた要求をしてきたが、このひとふさだけ渡して立ち去ってもらおう。そう考え、アレスにクフイカ草を渡そうとすると、アレスは口を再び開く。
「あんたら、よくこれを手に入れられたな。それもあんなにたくさん」
アレスはアイラの方を指差して言う。
「カバンの中のやつも出しな。全部だ。なぁに、魔法教会にはだまっといてやるから」
あまりの言い分に怒りがこみ上げてくる。
「ふざけるな」
思わず反射的にそう言ってしまった。そんなことしてる場合じゃねぇんだ。魔法教会がどんだけ偉い? 病気の女の子をたすけることすら自分たちの利益のために許さない連中がふんぞり返ってるなんてふざけんな。そんな理不尽あってたまるか。俺は立ち向かってやるよ。魔法教会が支配するらしいこの世界に。そんなイライラと決意とを胸に、覚悟を決めた。言ってしまったものはもう仕方ない。どうにでもなれ。
「あ?」
アレスは俺の言葉に怒りを感じたようで、目を見開き俺を睨んだ。額には青筋が浮かんでいる。
「今なんつった?」
アレスは首をかしげ、睨み続けながら脅すように言った。
「ふざけんなっつったんだよ。病気の女の子を助けさせることも許さないなんてお前らクソだよ。いや、違うな。クソに失礼だ。お前らはクソ以下だ。やっぱりお前らに渡すクフイカ草なんて一本たりともねぇよ」
言ってやった。この先どうなったっていい。このムカつく野郎に一言言わないと気が済まなかった。
「お前、死刑確定だわ」
アレスは指をポキポキと鳴らしながら不敵に笑って言うとこちらに向かって腕を伸ばした。まずい。こいつ街の人まで巻き込んで攻撃してくる気だ。避けても後ろにいるアイラとリゼの母親に被害が及んでしまう。軽率な発言をしたと思ったが後悔はしていなかった。
くそったれな社会にうんざりするのは二度目だ。この世界でもくそったれな社会を恨んで潔く散ってやる。そんなことを思った。死にそうになるの何回目だよ。学習しねぇなぁ。そう自分の愚かさを笑う。
「ボアドラゴニア」
アレスは歯をむき出しにして笑いながら叫んだ。アレスの腕からドラゴンの形をした大きな炎が放たれ、ぐねぐね動きながらも真っ直ぐ俺の方に向かって迫ってくる。一瞬のはずのその時間はゆっくりと流れ、炎が迫っている様子をひたすら眺める。この世界に来てから何度目かの死の予感。
ああ。クソに失礼だからな。また死んだ。そう思い思わず目を閉じた。
ガキィン!!!!
直後、金属同士がぶつかり合ったような大きな音がした。俺はまだ死んでいないみたいだと実感する。どうやら死の予感はまたしても外れることになったようだった。
「よく言った。青年よ」
低く、すこし掠れた男性の声。
俺は青年と呼べる年じゃなくなってるんだというツッコミは空気を読んでこころの中に収めておく。ゆっくりと目を開けるとそこには髭を生やした渋いおじさんが立っていた。そのおじさんは真正面から大剣でアレスの放ったドラゴン型の炎を受け止めていた。
「よぉ、青二才。こんな街中であんな魔法は汚ねぇじゃねぇか」
そのおじさんはアレスに向かって言った。
「ジャック……!!! またあんたは俺の邪魔すんのかよ」
「俺は俺の信じたように生きるだけだ。お前こそこんなとこでなにやってる。グレイが泣くぞ」
おじさんがグレイという名前を出した途端、アレスの顔が変わる。
「グレイは死んだ!! もういない!! 俺は……俺こそ自分が生きたいように生きるだけだ!!」
アレスは吠える。
「もういいや、めんどくせぇ。お前ら全員まとめて死ね」
アレスはなにやら脱力した様子でうなだれた。そして次の瞬間目を見開き、笑いながら唱える。
「ははは、みんな焼けて焦げ尽きて死ねぇ!!ボアドラゴニアマキナ!!!」
アレスの右腕から炎が放たれるが、今度はさっきのとは様子が違う。右腕自体が炎に包まれている。また、放たれる炎は色がさっきとは異なる。青い炎。確か青い炎は赤い炎よりも温度が高いと聞いたことがある。その青い炎が再びドラゴンの形となってジャックと呼ばれたおじさんに迫る。しかしジャックは焦らずに剣を構えた。
「ふん!!!」
ジャックは青い炎が一番近づいたタイミングで剣を振るった。ジャックの剣先は炎を真っ二つに切り裂き、切り裂かれた炎は勢いを殺され、消滅した。
「まだやるのか?」
ジャックがそう牽制した直後、アレスの後ろからジュリアンが走って来た。
「ちょっと、アレス……もうすぐ査定なんだから、あまり騒ぎを大きくしないで……帰るわよ」
ジュリアンはそういうとアレスの手を掴む。
「チッ! くそっ、ジャック。またあんたは俺の邪魔を・・・ッ!! 今日は見逃しておいてやる。でも次会った時は覚えてろよ。お前ら」
そう捨て台詞を残すとジュリアンに連れられアレスは去っていった。
「大丈夫か? 君」
ジャックと呼ばれたおじさんは地面に腰をつけていた俺に手を差し出してくれた。
「あ、ああ。ありがとう。えっと……ジャックさん?」
手を引かれ立ち上がり、尻についた砂をはたきながら言った。
「ジャックでいい。青年よ」
ジャックはアメリカンなノリで話しかけて来たので、フランクに接した方がいいのかと考えて返事をする。
「そっか。じゃあ、改めてありがとう。ジャック。俺はアキヤマ。よろしく」
「アキヤマくんか」
「こっちもアキヤマでいいよ」
ジャックに言われたように返すと、ジャックはがははと笑った。
「そうかそうか。アキヤマ。さっきのは立派だったぞ」
「いえ……軽率だったと思います」
「でも後悔はしていないという顔だな?」
俺は図星を突かれ目を丸くする。それを見てジャックはまたがははと笑った。
「気に入ったぞ。アキヤマ。それより早くクフイカ草を届けないでいいのか?」
言われてはっと思い出し、急いでリゼの母親にクフイカ草を渡しに行く。
「これ! クフイカ草です。リゼに飲ませてあげてください」
リゼの母親も唖然としていて俺に声をかけられて初めて正気に戻ったようだった。
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
「いえ。お礼はいいですから。さ、はやく」
俺がそういうとリゼの母親は迷わず家に戻り、リゼにクフイカ草を処方しに行った。
「さ、アキヤマさんも飲むのです。調理するのは時間がないの生でどうぞなのです」
アイラはそういうとクフイカ草を俺に差し出してくる。しかし、草だぞ。直接食べるって……そう考えるとすこし尻込みしてしまう。その様子を見ていたジャックはなかなか食べない俺にしびれを切らしたのか、アイラにクフイカ草を渡すように言うと、それを受け取った。そして俺に近づいてくると言った。
「アキヤマ。あれだけのことを言っておいて猫耳の嬢ちゃんに心配をかけさせるもんじゃないぞ」
そう言うとジャックはその大きな手につかんだクフイカ草を俺の口に突っ込んだ。
「ぐぇ」
口に入れられた後は顔を掴まれ、無理やり咀嚼させられる。青汁を200倍ぐらい苦くしたような苦さに鼻を通るのは青臭い匂い。端的に言うとクソまずだった。それを無理やり飲み込みクフイカ草の味の感想を言う。
「まっっず!!! マジか!!! まっっっっっっず!!!」
俺が大声でそう言うとジャックはまたがははと笑う。キッとジャックを睨むが、ジャックはそれを見てまた笑った。
「それで、ジャック。助けてもらってなんだけどあんた何者なんだ? あの魔法を剣で受けたり魔法を切るなんて。只者じゃないだろ」
ジャックは俺の目を真っ直ぐ見つめた。
「聞きたいか?」
俺はジャックの目を見つめ返し言う。
「ああ」
しばらくジャックとの睨みあい(?)が続く。アイラはそれを黙って見守っている。
「いいだろう。ただし、ここじゃなんだ。一杯やりながらにしよう」
ジャックは盃をくいっと飲むジェスチャーをして言った。
「それもそうだな」
俺はその日初めての心からの笑みをこぼして言った。リゼは体調を戻し、母親からはずいぶんと感謝されてしまった。
フィンとマットも泣いて喜んでいた。アイラの目にも涙が浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。もちろん俺の目にも。
その場を離れると、俺たちはジャックに話を聞くため酒場へと向かった。




