始まりの街②終
ルクスの外れにあるというアイラの師匠の家は、街からしばらく南に歩いた森の中にあるらしい。後から聞いたのだが俺が魔物に襲われたのは東の森で、その時出てきたのがルクスの東門だったようだった。
今度は南に用があるので、南門から出て、森の中を歩いていく。道中何度か魔物と遭遇したものの凶暴さは東の森に比べて穏やかなものだった。それもありアイラの魔法のおかげで楽々撃退することができた。プニリンは歩くたびに後をついてくるので、結局アイラの師匠の家に行くのにもついて来る事になってしまった。
「お前は人間と一緒にいていいのか?」
俺はプニリンに問いかけた。魔物に俺の言葉がわかるはずはないのだが、ついそう言葉を発していた。それに対しプニリンはプニリンでプープーと返事をするが何を言っているのかは全くわからない。しかし、いつまでもついてくるのを見ると良いのだろうと判断する。
「お前も物好きな奴だな。プニタロー」
俺はその魔物をプニタローと名付け、ポンポンとその頭を優しく叩いた。プニタローも嬉しそうにプープーと返事をした。
「なんなのです? そのプニタローって」
その様子を見ていたアイラはまた不審そうに俺の方を見て言った。年下の女の子に不審がられるのはあまり気持ちのいいものではない。いや、人によっては違う意味で気持ちがいいものであるかもしれないが。
「何ってこいつの名前だよ。今名付けた。よろしくな!プニタロー」
プニリンに向かって呼びかけるとプープーと鳴いて飛び跳ねた。
「ほら気に入ったみたいだぞ」
「確かに……でも魔物に名付けをするなんて。アキヤマさんあなた相当変わった人なのです」
どうやらこの世界では名前をつけるのは特別な事らしい。それも魔物に対しては特に。
「名前というのは神聖なもの。時に名は魂を縛るのです。だから簡単に名づけるモノでは……」
「魂を縛る? ははは、そんなバカな」
眉唾な話だ。オカルトですか? 俺はバカにして笑った。
「……」
アイラの反応はよろしくない。
「え、本当なの?」
アイラは頷いた。
「だから、プニタローのことは大事にしてあげなきゃだめなのですよ」
「そんなの、当たり前だろ。な。プニタロー」
プープーと鳴くのを都合よく解釈する。人間がペットに話しかけるのは、自分の都合よく解釈するためと思っていたが、まさか自分でする事になるとは。そうこう言っているうちに随分と歩いたようだった。
「あ、あれがお師匠様の家なのです」
アイラは素朴な感じの、言ってしまうとおんボロの木造の家を指差して言った。
「ほう。なかなかいい雰囲気の家だな。ふむ」
俺がそう言うと、プニリンも同意したのか、プープーと鳴いていた。
「アイラなのです。お師匠様、いますか〜〜」
アイラはドアをノックした後、尻尾をぴょこぴょこさせながらドアの向こうに向かって話しかけた。
「ああ、入ってらっしゃい」
その声は……若い女の子の声だが、話し方は大人びている。
「失礼するのです」
アイラはドアを開けた。ギィィィとおとぎ話でドアを開けるときのような音がした。
中に入ると、ソファにグダッと寝転んでいる10代そこらの白銀の髪をした女の子がいた。服はゆったりとしたフォルムで、ゲームでよくみる魔道士の衣装をパジャマ風に着やすくしたような感じだった。目は片方は髪で隠れていて、見えている方の目は青かった。
アイラの目は黒だし、青い目もいるということはここは多くの人種が集まっているようだ。などと考えて見たものの、よく考えてみれば多人種どころか多種族が集まって暮らしているのに気にする方がおかしいかもしれない。
それにしてもこの子……10代そこらでここまでのグダリよう。このまま育つとだめな子に育ちそうだ。というかこの子は何者なんだ? なんでこんなところに……?
「駄目じゃないか、こんな昼間っから寝っ転がって、子供は子供らしく外で遊んできたらどうだ? あ、外には魔物がいるのか。じゃあせめて室内でできる遊びとかだな」
そう言って、少女を抱き上げ、座らせる。するとアイラは「な、な、なんてことを・・・」と何か恐ろしいものを見たような顔をしている。
「おい、貴様。軽々しく私に触るな」
少女というか幼女と呼んだ方がふさわしいその容姿から、とてつもない圧力のあるドスのある声が放たれた。俺はそれが目の前の幼女から出された声と気づかず、思わず周りを振り返ったが、誰もいない。やはり声は目の前の幼女から聞こえたのであっているようだった。
そしてその後、幼女が手のひらを俺の方に向けると、突然幼女が遠ざかっていった。
「え……?」
ガッシャーーーン、と大きな音が響く。それが自分の体が原因で発せられたものだと自覚するのにしばらく時間がかかった。俺は何かにぶつかったのだ。強烈な痛みが体を襲う。痛みと向き合いながら、自分の身に何が起こったのかを確認する。遠ざかったのではなく俺の方が吹き飛ばされたのだと理解した。俺は気づけば壁に激突し、床に寝転がっていたのだ。
「お師匠様!! ゴメンなさい! この者が無礼なことを……!!」
アイラが必死に頭を下げて幼女に謝っている。幼女は偉そうに腕を組んで俺のことを見下ろした。なんて冷たい目で見るんだろう。
「アイラ、もしかしてこの幼女って……」
「お師匠様なのです!!!」
アイラは必死になってそう言った。が、衝撃だ。幼女がお師匠様とはこれいかに。
「ファッ!?」
「変な驚き方をするやつだな。しかしその幼女というワード、聞いたことないがそこはかとなく不快だ、今すぐやめろ」
幼女から罵倒されている……だとッ!?
「くだらないことを考えているのでしょうけど、さっさと自己紹介を済ますです。アキヤマさん」
俺は考えていることを当てられ、アイラから催促されるので改めて自己紹介をしようとする。
「ちょい待ちな。その前に適当に椅子に座りなー」
幼女は指を振りかざし、その瞬間遠くにあった椅子が二脚と机がソファの方に寄っていく。
「うわっ!?」
俺はついびっくりして声を上げてしまった。しかしそんな俺の様子にもサラは気にもとめていないようで、話を進めようとする。
「んで、お前がアイラの言っていたアキヤマってやつだね?みたところここら辺のやつじゃないみたいだが……」
幼女なのにしゃべり方がしっかりしすぎじゃないか? これじゃ幼女先輩だ。
「ああ。どうやってここにきたのか全くわからないんだ。この世界のことも、全く」
「ほう?」
幼女は興味深そうにこちらの顔を見てくる。
「そんで? あんたは?」
お師匠様にその口の利き方は!とアイラが口を挟んでくるも、幼女は気にせずに答える。
「ああ、いいよ。今はこの見た目だしね。私は、サラ・アイバーン。この通り街のはずれでこっそりと暮らすしがない魔女さ」
「魔女……サラ・アイバーン……さん」
ゴクリと唾を飲む。いちいち出てくるワードがビックリすぎる。
「サラでいいよ。ついでにそのしゃべり方も気軽でいい。そのままにしてくれ給え。たとえ私が何歳であろうともね」
ん? 今気になることを言ったな。まさかその見た目で年上の年下パターン……? 俺は混乱した。
「えっと、何歳かって10歳そこらにしか見えないんですが……」
「んー、この歳の姿になるのは4週目、とだけ言っとくね」
それ以上は聞くなと言わんばかりのオーラで圧力をかけてくる。4週目、とはどういうことなのかわからないが、年上なのは間違いないようだ。
「それで? アキヤマはどこから来たんだ? 国名とかはわかるのか?」
幼女なのに年上、という衝撃から抜け出せないうちにサラから質問を受けた。
「日本って国なんだけど……」
「日本か……聞いたことないな。3世紀生きてるこの私が知らないんだから、相当隠された国なのかもしれないね。あるいは、違う世界……? まさかね」
サラは饒舌に語り始めた。しかし気になることを言ったぞ。3世紀生きてるだとか……冗談だよな?本当だとしたら300ウン歳?四週目ってまさか……余計頭の中が混乱する。
とりあえず目の前の幼女(風老婆)の言葉に答えることにする。
「俺も一体何がなんだかわからないんだよ。魔法とかいうとんでも文化が当たり前になっているし」
「ほう。君は魔法を知らないのか。それは興味深いな。あと今すごく失礼なこと考えただろお前。間違っても婆という言葉を私に使うなよ?消し炭にするからな? ……それにしても、ふむ」
そう恐ろしいことを言ったあとサラは舐め回すように俺の体を見回した。危なく俺は消し炭になるところだったらしい。
「君は魔法の素養があるようだけど、魔法には興味はないのかい?」
サラは値踏みするように俺の方を見てそう言った。
「えっ!?」
俺は喜びから思わずそんな声を出した。こっちに来る前に散々夢見た--中学生の頃に、だが--魔法が、使える? またまた衝撃の事実。
「ふふ、どうやら弟子が一人増えるようだ」
サラは優しく微笑みながら言った。表情から何から、確かにこの人は妙齢らしいということがうかがえた。
「どういうことです??」
アイラが口を挟んでくる。
「その坊やは魔法を使いたいみたいだから、坊やにも教えてあげるっていうことさ」
その言葉を聞いて、アイラはなんだかショックを受けた様子だ。いや俺を坊やって呼ぶ人は初めてだ。しかもそれが年下にしか見えない人からだなんて、笑える。
「魔法使えるようにしてくれるなら、それはもう。お願いします」
とりあえず夢のような話、魔法を教えてくれるというんだから大人しく教わろうではないか。
「ふむ。心得た! 大船に乗ったつもりで任せたまえ!」
サラはふんとない胸を張り、偉そうに腕を組んだ。そんな成り行きで俺はサラに魔法を習うことになったのだった。
「ところで、そのプニリンはなんだ?」
初めて会う人が怖いのか、プニリンは部屋に入ってからもずっと俺の後ろに隠れて震えていた。しかしサラには丸見えだったようだ。
「魔物に襲われてたの助けたら懐かれちゃって」
「ほう!! 魔物を助けたと!」
何が面白かったのか、サラは随分食いついてきた。
「ああ、いじめられてたら助けないわけにはいかないだろ?」
「そのせいで大量の魔物に襲われることになったですけどね」
アイラが口を挟んだ。
「なにおう! まぁアイラに助けてもらわなけりゃあぶなかったのは事実だけどさ」
「ほうほう!! それにしても魔物がなつくとは。こいつは面白いことになりそうだ」
よくわからないが、サラはゲスい微笑みで俺を見つめていた。
これから俺の身はどうなってしまうのか。というかサラ信用して大丈夫なの? そんな不安もあったが、魔法を使えるかもしれないという期待とごちゃ混ぜになってよくわからない感情だった。
「よし!それでは!」とサラはパンと手を叩きながら言ったので俺は「魔法の授業か!」と期待を込めて言ったが。
「いや、それはまた明日にしよう」とピシャリと言われてしまった。
「なんで?」と聞くと、「いや、だるいし。今日は疲れたから明日ね」となんともニートのような答えが返ってきた。
アイラもやれやれといった感じだったので、しょうがなくその日は出直すことになった。プニタローとアイラとともに帰ろうとすると引き留められた。
「ああ、そのプニリン、置いていきたまえよ」
「え? プニタローを?」
予想外の展開だ。
「待て君、そのプニタローっていうのはまさかこいつの名前か? お前がつけたのか?」
「ああ」
やはりだめなんだろうか。
「面白い!! うん!! これからが楽しみだ」
サラはニタァと笑った。それはそれは意地の悪い奇妙な笑みだった。この人は、一体どんな人なんだろうと不安になる。
「まぁいい。そのプニタローだがな、さすがに街の中に連れていくのはよろしくない。森の中に戻すのも人の匂いがついているからな。私が預かっておくよ。なぁに心配するな。手荒な真似はしないさ」
手荒な真似って何。聞くのも恐ろしいわ。しかし論理的にサラは正しかったので、渋々了承する。
「わかった。じゃあ頼む。プニタローもいい子にしてるんだぞ」
プニタローは少ししょんぼりしたがプープーと返事をした。もしかしなくてもプニタロー、めっちゃ頭良くないか。
普通に話の流れを理解しているようだ。そうしてプニタローとサラに見送られて俺とアイラは街に帰った。