一瞬の邂逅
暗闇が街を支配する一歩手前。俺は街を駆け抜けていた。夜のアナウンスが放送されてからしばらく経つ。
街の中心を通り抜け、倉庫のある市場通りへと走る。
ある時ふと、街灯の光で道の真ん中に人影が写っていることに気がついた。ずっとうつむきがちに走っていたので気づくのが遅くなってしまった。おいおい、俺以外にこんな夜に出歩いている奴がいるのかと顔を上げる。
そして足を止めた。魔法教会の人間がパトロールでもしていたのかとも思ったが、それは間違っていると気付かされた。魔法教会の魔道士とは違う赤いローブを頭からすっぽりと被っている。その赤は赤というより赤黒だった。
それはまるで人の血の色……
そいつは俺に気づくとすぐに俺に近づいて来た。それは一瞬で、近くに来るまで近づいたと感じさせないような自然さだった。
「お前は魔道士か?」
耳元で問われる。直感で気づいた。……これはあれだ。……この街に出るという通り魔だ。それなら答えはもちろんNOだ。噂では魔法使いのみを狙っているらしいから。
「違う。旅の者だ。魔法なんて使えない」
魔法教会の魔法陣は。だけどな。嘘だが、魔法教会には属していないし、しばらくは魔法が使えることは知られないだろう。
「ならいい。早く帰れ」
そいつはそういうと再び街灯の陰へと消えた。案外簡単に見逃してもらえるもんだなとホッとする。しかし近づいて来たとき、全く気配を感じなかった。まるで、そこにいるのが当然のように近づいていた。恐ろしい感覚だ。
しかしなんとか見逃してもらえたらしい。魔法使いを狙っているというのは本当だったようだ。なんてことを考えながらも体は自然と倉庫の方へ向かっていた。倉庫にたどり着くまで、止まらずに走った。走り続けていたからなのか、それともあいつに出会ったからなのか、心臓はばくばくと音をたてて鼓動を続けている。倉庫に帰るとアイラが部屋で待っていた。
「どうしたのです? アキヤマさん。汗びっしょりなのです」
アイラは心配そうにそう言った。
「ああ。なんでもない……」
「なんでもないって顔じゃないのです!何があったのです?」
「リゼが……病気で……」
「リゼさんが!? でもどうしてそれがアキヤマさんのその状態に繋がるのです?」
「最後まで……聞いてくれ……。リゼが病気になって……治すにはクフイカ草が必要で……でも在庫は店になくて……」
アイラは俺のいう通り、最後まで黙って話を聞いてくれているようだった。倉庫の小さな部屋で二人きり、俺が話をやめるとしんと静まりかえる部屋で、アイラはじっと俺の目を見て話を聞いている。
「そんで……クフイカ草を取りに行こうと思って……子供達にそれを伝えに言って……。そうだ。その帰り道だ……。俺は通り魔に会った。そんで今帰って来た」
「……!」
アイラは尻尾をぴんと立てた。
「通り魔に会ったんですか!? 無事だったんですか!?」
「それは俺を見たらわかるだろ」
「確かに。なんともなさそうなのです」
アイラは俺の体を全身チェックするように見て言った。
「あいつ……気配を消すのが異常なほどうまかった。気づかないうちに近づいて来て……お前は魔道士か?って聞かれたんだ」
「それで何て答えたのです?」
「もちろん違うって答えたよ。魔法使いは殺されるって噂だったからな」
「それは賢明だったのです……。無事でよかったのです」
アイラはホッとしたように言った。ただでさえ夜に帰るのが遅くなって心配をかけていたのだろうと思うと申し訳なくなる。
「ああ。すまん。心配かけて」
「大丈夫なのです。それよりクフイカ草の件についても聞かせて欲しいのです」
「ああ。そうだな。リゼは今かなり危ない状態で、クフイカ草があればなんとか持ちこたえられるらしいんだ。でも店には在庫もなく、今手に入れようとすれば、自分で取りに行くしかないらしいんだ。でも、その生息地である西の山の頂上には大きな鳥がいるらしく、最近はそのせいでクフイカ草が取れてないみたいで、行くのは危険を伴うらしい。もちろん俺は行くけどな」
「なるほど……。大きな鳥……ですか。……?」
アイラは途中で何かに気づいた様子を見せた。しかししばらく黙り、何かを考えているようだった。
「アイラ……? どうした?」
「……ああ。すみません。少し気になることがありまして。でもそうですね。それ、私もついて行くのです。リゼちゃんを救うため、というのは私も協力する理由になるのです」
「そ……っか。ありがとう。アイラ」
そう言いながら頭を撫でると、アイラは少し身震いしてからこちらを見た。
「それはクフイカ草を手に入れてから言ってください」
「それもそうだな」
「明日の出発は早い方がいいと思うのです。だから、アキヤマさんも早く寝るのですよ!」
そういうとアイラはさっさと布団に潜ってしまった。はみ出ていた尻尾がしゅるりと布団の中に入っていく。
「そうだな。でもまだやることが残ってるよな……」
俺は一人、ボソッとつぶやいた。明日行く山にどんな鳥が住んでるのか知らないが、今のままの魔法だけじゃいけないことはわかりきっている。新しい魔法を考えなければ。そう考えれば考えるほどアイデアというものは浮かばないもので。時間だけが過ぎていき、うとうとし始めてしまい、手がつかなくなり結局俺もすぐ寝ることになった。
結局この街に来てから一つも魔法を考えつくことができていない。何を手掛かりにしていいかが思いつかないのだ。そんな不安の中、頼りになるのはギガプニリンを倒した時の油を使う魔法のみ。それだけでなんとかなってくれればいいと思いながら眠りにつく。倉庫に敷いた布団は床の硬さが伝わって来て寝にくかったが、体と心の疲れは再び俺をまどろみの世界に引き込んで行った。




