少女は伏せる
貧民街に行くと、街の様子は変わらず寂しいままだったが、子供たちは相変わらず遊んでいた。しかし、一人足りない。少女、リゼが見当たらないことに気づく。
「よお、お前ら」
フィンとマットに声をかける。二人は遊んでいるが、どこか元気がない。
「あ、おじちゃん」
「おう。なんか元気ないな、お前ら」
「うん……」
少年たちはこの前の元気さを失っているようだった。
「リゼはどうした?」
「うん……それなんだけど。病気だって」
フィンは言った。
「病気?」
俺はしゃがんでフィンに視線を合わせる。
「うん。なんか前から持ってた病気らしいんだ」
マットは答えた。
「でもつい最近まで元気に遊んでたじゃないか?」
「そうなんだけど……あれは無理して遊んでたらしいんだ。リゼのおうち行ったら今は相当悪いから会えないって言われちゃった」
フィンはしょんぼりして言った。
「そっか」
「ねぇ、おじちゃん。クフイカ草っての買えない? それがあったらリゼ、良くなるかもしれない」
マットは気づいたようにいうが、フィンはそれを聞いて反論する。
「ばか! あれすごく高いんだぞ! このおじちゃんにそこまで迷惑かけられらんないだろ!」
「そ、そうだよね……ごめん。おじちゃん。聞かなかったことにして」
子供達はこの歳にしてしっかりと育っているようだ。それにしても俺は少女一人助けられないで、異世界まで来た意味がないだろう。自分にできることならなんでもやってやろうと決意する。
「いや、任されたぞ。魔法道具屋の主人は俺の知り合いだからな。掛け合ってみよう」
「ほんと???」
マットは目を輝かせて言った。
「おじちゃん……本当に無理はしないでね……」
「大丈夫だって! それじゃ、早速行ってくるよ。待ってってくれ」
子供たちは笑顔で俺を見送ってくれた。子供達の期待に応えるためにも、魔法教会専用のクフイカ草を手に入れなきゃ。そのためにも急いでRMIに戻る。
店に着くと、ドアを勢いよく開ける。店内を見渡すと、都合よく客はいないようだった。そんな俺を見てルシエラは驚いた顔をしていた。
「一体どうしたんだい?」
「クフイカ草、魔法教会専用らしいけど、俺が買うことってできるか?」
「返ってくるなり何かと思えば……それは可能さね。まぁあんたとはもう浅からぬ中になったわけだし、特別に横流しするのは可能さね」
ルシエラは呆れた顔をして言った。
「それじゃ!!」
それを聞き明るくなった俺を見るルシエラの顔は浮かなかった。
「ただし、それは在庫があればの話さね」
「え?」
非情な宣告だった。魔法教会専用の棚を見ると、確かにクフイカ草の所には売り切れという赤文字がデカデカと書かれていた。
「そんな……」
「そんな深刻な顔をして一体どうしたっていうんだい?」
「実は……」
貧民街の少女のことを話す。
「なるほどねぇ……」
ルシエラの顔は険しい。
「貧民街の子供には、珍しいことはないさね。衛生的に優れない環境じゃ、病気になることも多い」
「そうなのか……でもなおさら、救ってやらなきゃ」
ルシエラは目元に皺を寄せて、俺を睨んだ。
「むしろ、品切れで良かったんじゃないのかい?」
「なんでだよ!!」
「私に怒ったって何にもならないさね」
ルシエラはまた呆れたような顔をした後、続けて言う。
「あんたが一回その女の子を助けたとて、クフイカ草なんて貧民街の人にゃ手に入れられないようなもんに頼って、生きながらえて、次に同じようなことになったらどうなる? どうやって生き延びるさね? 半端な覚悟で助けてありもしない希望を見させるのも酷ってもんだと私は思うさね」
ルシエラの言っていることは正論ではあった。でもそれが目の前の少女を見捨てていい理由にはならない。この世界に来てから、もう逃げないって決めたから。
「それでも俺はリゼを助けたいんだ。なんとかならないか?」
はぁと大きなため息を吐くルシエラ。
「まったく、筋金入りのバカみたいだね。あんた。なんとかならないから言ってやってるさね。在庫が入ってこないのにはしょうがないさね」
「ぐ……」
「あ、でも一つ方法があることはあるさね」
ルシエラは思いついたように人差し指を立てた。
「なんだ? それは? 頼む!教えてくれ!!」
「自分で取りに行けばいいんさね」
「どこに行けばいい?」
俺はルシエラに思い切って詰め寄り、訊ねた。
「近い! 近いさね! ここら辺だとクフイカ草が生えているのはアマネの西にある山の頂上付近さね」
老婆の顔が赤くなる。気色悪いだけだが、中身は少女なことを考えると悪いことをしたと思う。しかしそんなことを気にしている時間はない。
「よし! いく! 今すぐ行ってくる!」
「バカもん! 話は最後まで聞くさね!」
見た目は老婆だが、また年下に怒られてしまった。
「な、なんだよ。まだ続きがあるのかよ」
「その山の頂上には大きな鳥の魔物が住み着いているらしいんさね。だから最近めっきりクフイカ草の仕入れができていないんさね。だから行くなら十分な用意をしてから行くことだね。できることなら戦わずにすむようにね」
「大きな鳥……か。わかった。用心して行くことにする。とりあえず子供たちに店にはなかったってこと伝えてくる!」
俺はそういうと慌ただしく店を出て、再び子供達の元へと戻った。日の暮れ出した街を駆け、貧民街へ向かう。子供達は座って俺がくるのを待っていた。俺を見たとき、マットは期待を込めた目をしていた。
「すまん。店にも置いてなかった。売り切れてるらしいんだ」
「そっか……」
マットはしゅんとして、地面を見つめた。
フィンは必死に振り絞った声で、
「いいんだ。おじちゃん、ありがと。リゼもきっと良くなるよ。気にしないで」
俺のことまで気にかけてくれている。こんなにもいい子に育っている子供達が貧民街で暮らしているなんてと関係のない怒りまでもが込み上げてくる。
「いや。俺が取りに行ってくる。だからそれまでちょっとだけ待っててほしい」
俺は子供達に真摯な目を向ける。
「ほんと?」
マットはそれを聞いて喜んでいるが、フィンは驚いた顔をした。
「ダメだよ。おじちゃん、危ないよ!」
「なんだよ、フィン。取って来てくれるって行ってるんだからいいじゃん」
「バカ、マット。それでおじちゃん死んじゃったらどうすんだよ」
危うく子供達で喧嘩が始まってしまいそうになったので、止めに入る。
「いやいや。大丈夫。これでもおじちゃん強いから。ここだけの話、魔法も使えるんだぜ?」
「ほんと?」
マットは再び目を輝かせる。
「ああ。だから、安心して待っててくれ。フィンもそんなに心配すんな」
フィンは相変わらず不安そうに俺の顔を見上げる。行ってほしそうでもあり、行ってほしくなさそうでもある。
「な」
フィンの頭を撫でた。
「うん。わかった。気をつけてね。お兄ちゃん」
フィンは初めて俺のことをお兄ちゃんと言った。
「気をつけて。お兄ちゃん」
マットも続けてお兄ちゃんと言った。呼び方が変わっただけだが、なんだか子供達に認めてもらえたような気がした。貧民街を後にして、倉庫に向かって走りだす。の反対側のRMIの倉庫までの道は長い。早く帰って明日出かける準備をしなければ。心境は一転して上向き、俺は街を走る。
宵闇はすぐそばにまで迫っていた。




