心臓の在処①
エタらせないために、最後まで書き切るために。
(名前は変えたが)戻ってきました。
毎日六時頃、更新予定です……。
声は確かに聞こえた。
しかし、部屋には置物もなく、人が隠れる場所は存在しない。石の壁と、ふたつの宝箱が鎮座しているのみである。
「おい、ここだよ。ここ」
俺は視線を下げた。宝箱をよく見ると、両方に口と目がついていた。
「ようやく目があったな」と左の宝箱はいった。
「キョロキョロしやがって。ここまでたどり着いたとは考えられねぇ野郎だな」と右の宝箱がすぐ返す。
「お前らは?」尋ねた。
「よくぞ聞いたな! 俺たちこそあのクソアマ魔女の最後の難関。トレジャーズ!」と左の宝箱。
「お前はどちらの願いを叶える?」と右の宝箱。
俺は眉をひそめた。意味がわからなかったからだ。
「勘の悪いやつだなぁ。つまり、こういうことだよ」
左の宝箱は蓋を大きく開いた。中には、四角い半透明な障壁の中で躍動する心臓の姿があった。
「サラの心臓!」
俺が手を伸ばそうとすると、左の宝箱はすぐに蓋を閉めた。
「待て待て。話は最後まで聞けって」
「せっかちな奴だな。そんなんじゃ、本当の願望を叶えられなくなるぜ?」右の宝箱はいった。
「どういうことだ?」
「俺の中は、ゲートになってる」
右の宝箱の蓋が開いた。なんと、その下にはかつて富士の樹海で自分が飲み食いしたゴミが散らかった地面が見えていた。
「うそ、だろ?」
「俺を選べば、お前は元いた世界に帰れるってことだ」右の宝箱がいった。
「なぜ、サラの心臓と、その二択になる?」
「それがお前の真なる願いだからだよ。すでに、水鏡はお前の深層心理を把握した。この最後の宝物殿は、封じられたものと、辿り着いた者の真なる願いの天秤となる」
俺は声が出なかった。ふたつの宝箱を交互に見る。ふたつの宝箱は蓋をわずかに開けたり閉めたりして、中身をちらつかせている。
「両方ってわけにはいかないよな?」
俺は苦笑いで尋ねた。
「いくわけねぇだろド阿呆」
左の宝箱が毒づいた。
「ま、よく考えるこった。時間は腐るほどある」
右の宝箱は笑った。
どうする?
俺は考え始めた。元の世界に帰りたい、と思っていないわけではなかった。この世界には命の危険も多いし、俺では力不足なことも多々あった。しかし、サラに心臓を取り戻してやると息巻いておいて、今更逃げ出すのか? それも、何も説明もせずに。
「なぁ、ちょっと相談しに出てもいいか?」
俺は後ろを振り返った。しかし、さっきまで空いていたはずの風穴は塞がっている。
「ダメだ。これはあくまで、ひとりの試練だからな」左の宝箱はいった。口元はいやらしく歪んでいる。
「ひとりじゃ何も決めれないか? お坊ちゃん?」右の宝箱が嫌味ったらしくいった。
「くそっ、いいよ。自分で考える」
聞いた俺が馬鹿だった。自分だけのことを考えるなら、右の宝箱。サラへの恩義を貫くためなら、左の宝箱。でも、もし右の宝箱を選んで、それが罠だったら?
「そうだ。罠だな。あのマドルカのやることだ。信じられるわけがない。俺は左の宝箱を――」
「待て待て」と右の宝箱が焦って口にした。「罠じゃない。誓って罠なんかじゃない」
「焦って否定するあたり、怪しいな」
「証拠だ! 証拠を見せてやる! 右手を中に入れて、向こうの世界のものを取ってみろ!」
右の宝箱は蓋を開けた。向こうにワインの瓶が見える。
「それでお前を選んだことにはならないのか?」
「ならないから!」
「試すだけだぞ」
俺が右手を突っ込むと、左の宝箱の中から光が漏れた。俺は不審に思いながらも、中のワインの瓶を掴んで取り出した。
石の地面にガラスの瓶が転がる。ラベルには、確かに日本語で富良野と書かれている。地方ワインだ。
「ほらな、本当だっただろ?」
右の宝箱の安心したような声。
「ああ、すごいよ。本当に繋がっているんだな。ということは、今俺がそこを潜れば、本当に元の世界に帰れるってことだ」
「ようやくわかったか!」右の宝箱は偉そうにいった。
「でも、なんで俺が右の宝箱に手を突っ込んだ瞬間、左の宝箱が光った?」
俺が訊ねると、宝箱達は両方白々しく視線を逸らした。
「まさか、このゲート、サラの心臓からエネルギーを奪って俺の世界と繋がっているのか?」
「そそそそそそんなわけ」
「なななななないだろ」
トレジャーズは仲良く動揺した。
俺が向こうに戻ってしまえば、サラは心臓を取り戻せない上に、魔力も大量に消費する。そんなことになれば……。
結論は明らかだった。
「俺はサラの心臓を取り戻すためにここまでやってきた。元の世界をちらつかせようと、その目的には変わりない。俺はサラの心臓を選ぶ」
「わりぃな、相棒」と左の宝箱は告げ、蓋を完全に開いた。
逆に、右からはガチャリと鍵が閉まる音がした。
俺は半透明の立方体を手に取り、いつのまにか元に戻っていた風穴から、サラの元に戻ろうとした。
「ひどいぜ、アニキ」
後ろから、微かな泣き声が聞こえた。
俺は振り返った。
左の宝箱の顔は消え失せ、蓋が固く閉ざされた右の宝箱の悲しい顔だけがその場に取り残されている。
「なんでお前は消えないんだ?」と俺は聞いた。
「選ばれたほうだけが、開放される。それが約束だったからだよ。俺は用無し。マドルカに魂を囚われてから幾数年。ここで待ち続けていたけれど、これからはここで無意味に朽ち果てることしかできない」
くそぉぉぉ、と大声で泣き始める。
「お前もマドルカに利用されていたのか?」
「そうだよ。元は無害な魔物だった。ダンジョンの奥深くで、宝箱のふりをしてなんとか生き延びてきた。それが捕らわれて、実験台として、魂を引き抜かれ、別の宝箱に魂を移された。俺はもう蓋を開けない。できることなんてなくなった」
「そう、か」
「お前が気にする必要はないよ。ただ、今は虚しい」
しょんぼりとする宝箱にかける言葉もなく、俺は歯を食いしばって踵を返した。




