水鏡③終
「おい、何をするつもりだ」
偽アキヤマは、怪訝な顔で俺を睨む。
「さあ、なんだろうな?」
「どうせはったりだろ。俺がよく使う手だ」
俺は鼻で笑う。よくわかっているじゃないか。でも、たまにあるんだよ。本当になんとかできる案が浮かんだときがな。
「なあ! サラ!」と俺は呼びかけた。
「なんだ! アキヤマくん!」
偽サラの雷魔法を避け、サラの白銀の髪が揺れる。
「やつらを倒さなくてもいい! 時間を稼いでくれないか!?」
「どれくらいだ?」
「三十分あれば十分だ!! できるか?」俺は偽アキヤマの放った炎の魔法をかろうじて避けた。服が焦げる。
「できるか? だと? 私を誰だと思っている?」
「余裕か?」
サラは一瞬顔をしかめ、偽サラと偽アキヤマをそれぞれ一瞥して答える。「それだけに目的を絞れば、可能だ」
「なら、頼む!」
「わかった! アキヤマくん、こっちに来い!」
サラは俺に向かって手を伸ばす。
俺は彼女へと駆けていき、その手を掴んだ。一瞬でサラの体は俺の胸元に収まり、ぷっくりとした唇が微動する。
「プロテクト、ゼロ」
声が洞窟に反響すると、地面から湧き出た土はサラと俺を包み込み、徐々に太く丸い土の塊へと変貌していった。
中は暗く、サラと俺は密着していた。
「なんでこんなに狭いんだよ」
「こら、耳元で囁くな。土の壁を最大限に厚くするために、中の空間を小さくする必要があるんだよ」
「そういうことか。なら、明りを頼む」
「君は頼み事ばかりだな」
サラは指をパチンと鳴らし、人差し指の指先を光らせた。赤い土の壁が視界に入る。
ドゴォ、という激しい音とともに土の球体が揺れた。
「そんなに長く持つという保証はない。結構魔力を使うから、正直これを破られたあとは私もそんなに戦えないぞ」
「ああ、俺がなんとかするさ」
「頼もしいことで」サラは土の壁に手を当て、目をつむった。「私は魔力を追加してなるべく壁が壊れないように善処する。アキヤマくんはあいつらを倒す手立てを考えてくれ」
「ああ、もちろんそのつもりだよ」俺はリブロのページをめくり、白紙のところで止めた。「今から俺はリブロの新たな章を書き上げる。大丈夫。頭の中ではもうできているんだ。雷・土・風の魔法を組み合わせる」
「聞いたことのない組み合わせだ。土は雷と相性が悪いからな」
「いいんだよ。サラは頑張ってこの城壁を守っていてくれ」
「ふふ、わかったよ」
俺は白紙のページを見つめ、ポケットからペンを取り出す。頭に思い描いていた文章を綴り、綴り、綴り。これまで見てきたコードの組み合わせで、成功するかはぶっつけ本番。まったく胃のキリキリとする環境だ。
ペンの音が走り、土に衝撃が響く。その繰り返し。サラは衝撃のたびに苦しそうな顔をしていた。その表情はだんだんと苦悶に変わっていき、荒い息遣いがふたりだけの世界に響いた。
「…… だ、だめだ。アキヤマくっ……ん! もう、もたない……。私の魔力はもう、すっからかんだ」
サラがゆっくりとアキヤマに体重を預けるのと同時に、土の壁は粉々に崩れ去った。
偽サラと偽アキヤマは横並びで立ち、狼のように鋭い目で俺たちを睨んだ。
「ようやく追い詰めたって顔だな」
俺はサラを背負ってふたりを睨み返した。
「まさにその通りだ。魔力が尽きるまで永遠に魔法勝負をし続ければ、まだ勝機はあったかもしれないというのに。まったくお前は馬鹿だ。今、サラは魔力が尽きお荷物と貸した。一方お前は俺たちふたりを同時に相手しなきゃならない」
偽の俺は冷めた目をしていた。何にも暖かさを感じず、すべてを諦めた頃の、俺の瞳そっくりだった。
「わからねぇか。俺は、こっちの世界に来てから変わったんだ。諦めの悪い男にな」
リブロを開き、できたてほやほやの違法建築魔法陣の束を構える。幾何学模様の周囲に描かれたmagi codeは俺が実行するのを待っている。
「ラン、チャプター7」と俺は呟いた。
リブロが光り、偽アキヤマと偽サラは身構えた。とっさに偽の俺が幼女をかばっていたのは、誇っていいところだろう。
洞窟の壁から突起が現れ、螺旋状になってふたりを襲う。土の魔法で発生させた突起を風魔法でさらに鋭くしているのだ。
「こんなもの、魔法を使わずとも避けられる。サラ、こっちだ」
偽アキヤマは偽サラの手を引いて二本の螺旋の中央へ身を引いた。
「ハードボイル」偽サラが俺に手を向けて呟いた。
熱された水蒸気が俺に襲いかかる。咄嗟に腕を体の前に出した。暑い。腕はやけどし、顔にも熱風が届いている。でも、ここで終わるわけにはいかない。
「両サイドから、攻められたら、当然そっちに、行く、よなぁ」俺は息を吸わないようにして必死に虚勢を張る。「でもそっちは、死線だぜ」
リブロが2回目の光を放ち、俺は両手で螺旋を形作っている土の紐に触れる。
「ここらへんの岩肌は赤いだろ。銅が酸化してんだ。それを土魔法で固めて、風魔法で紐状にする」
一瞬にして紐に電気が通った。両端は繋がっている。電流は螺旋状に流れ、磁力を生む。
「アラン、お前の技を思い出したよ」
俺は最後の魔力を振り絞り、リブロが三度目の光を放つのを見届けた。黒い円錐状の塊が俺の目の前に形成されていく。
「チャプター7、ドリルドコイルッ!!」
金属性の高いドリルは回転しながら偽サラと偽アキヤマに向かって超高速で一直線に猛進していった。勢い余ったドリルは向こうの岩肌にまで到着し、ガガガ、と衝撃音を出して、次の部屋への扉を突き破る。ドリルは魔力を失い、回転を止めた。
偽アキヤマと、偽のサラの姿はなくなっていた。ようやく俺は、最後の戦いに勝ったらしい。「よかった」と心からの呟きが口から漏れた。サラをその場に下ろし、目をつむったままの彼女の肩にそっと手を置く。
「サラ、終わったよ。お前の心臓、取り戻してくる」
俺は立ち上がり、奥の部屋へと歩いた。
扉は壊れていたので、隙間からその部屋へと入った。この魔法が何回も使えるなら、別に洞窟をマドルカの指示通り律儀に通る必要もなかったかもしれない。
部屋には、宝箱がふたつ置かれていた。両方とも豪華な装飾が施されており、正面には魔法陣が描かれている。
右の宝箱の蓋が開いた。
「よくここまでたどり着いたなぁ、クソ野郎」




