水鏡①
俺は白い宝玉を手に入れた後、サラと洞窟を歩いていった。進むと、アイラたちと揉めたときと同じ顔の岩があった。しかし、今度は目ではなく、口が大きく開いている。今度は穴が二つ空いていたりはしないようだ。
口の目の前までたどり着くと、突然前と同じ三つ編みメガネのマドルカの姿が目の前に現れた。彼女は白衣を翻し、口を開いた。
「あらあら、こんなところまでご苦労様でございますことね」
「マドルカ……」サラは憎しみを込めてその名を呼んだ。
「どうやら白いほうは手に入れたみたいだけど、この先はそうは行くかしら? 赤いドラゴンでもう魔力も消耗しているんじゃない? 今なら引き返すのを許してあげるわよ?」
マドルカはパチンと指を鳴らす。洞窟の右側の壁に大きな穴が開く。
「特別に入り口に戻る穴を用意してあげたわ。もし家に帰って休んでからもう一度来たいというなら、特別に逃げ帰ることを許してあげます」
俺は一瞬その親切に思える申し出に心動かされた。実際、俺たちはもうだいぶ魔力を消耗している。
「この腐れ外道が。そんな手に乗るわけないだろうが」サラは吐き捨てた。「どうせあの穴の先は即死級のトラップになっているんだろう? お前みたいなクズのやりそうなことだね。しかし、ここまで来て今更こんな手を使うということは、ここはかなり終盤ということらしい」
マドルカはしばらく黙って、
「考える時間が必要なら、開いておいてあげるわ。大サービスよ〜?」
といい残して姿を消した。
「心臓を取り戻したら必ず後悔させてやる。首を洗って待っておけ」
行くか、と俺は口にした。サラは頷き、俺たちは顔岩の口の奥へと歩いて行った。しばらく天然の岩肌が続いていて、丁寧に要所に設置されていた光もなくなり暗闇に包まれた。サラが魔法で明かりを灯さないと、満足に進めないほどだった。
しばらく歩くと、行き止まりに滝があった。不思議なことに滝壺から水が溢れることはなく、水にはかすかに青い光が灯っている。他に出口はなかった。
「なんだ? ここが終着点か?」
「いや、アキヤマくん。それはないだろう。あの女は黒と白の宝玉を集めろといっていた。片方だけ拾って終了なんて甘い終わり方を選ぶはずがない」
話していると、突然、ゴゴゴ、と大地が動くような振動があった。
「な、なんだ!?」
「天井が下がってきている! 天井を破壊したらこの洞窟ごと崩落する可能性がある。出口を探すしかない!」
サラの指示通り、俺たちは必死に周囲の岩肌を触って確かめたが、どこにも隠し通路のようなものはない。
「まさか、マドルカはここに俺たちを閉じ込めてまとめて始末するつもりだったんじゃ……」
「あの女はこんなトラップで私たちが仕留められると思うほどバカな女じゃない。これはただの余興のはずだ。どこだ……どこにある」
「もしかして、あの滝のところか?」
俺は意を決して滝壺に入り、冷たい水に浸った。奥まで泳いで、滝を潜ってかわし、奥へと入った。岩肌に乗り上げると、奥に通路があるのを発見した。サラを大声で呼ぶ。彼女は俺のいる場所まで泳いできた。急いで彼女を引き上げる。そうして、なんとか天井が下がり切る前に滝壺を泳いで通路へと辿り着くことができた。
奥を歩きながら、俺はサラの濡れてぴったりとくっついた服をチラリと見る。
それに気づいたサラは、「あまり見てくれるな」と顔を赤らめた。
幼女の姿で顔を紅潮されるといけないことをしている気分になるのでやめてもらいたい。
二十メートルほど岩肌に覆われた通路が続いた後、薄く水の張った空間に出た。天井は低いが、体育館ほどの広さはある。また地響きの音がして、今度は俺たちが歩いてきた穴が閉じていった。
「逃げ道はないということか」
サラは決意を灯した緑色の瞳を大きく開き、その空洞を見渡した。地面に張った水が青く光を放っていて神秘的な光景を作り出している。そして、中央には三メートル四方ほどの大きさの巨大な鏡が座していた。
鏡には俺とサラがきれいに映っていた。しばらく眺めていると、鏡の像はゆらめき、突然鏡は粉々に砕け散った。
「な、なんだ!?」
「わからん。だが落ち着けアキヤマくん。なるようにしか、ならないさ」
一息開けて、鏡のあった場所からふたりの人間が現れた。それは俺とサラの姿に瓜二つで、憎悪に燃えた表情を浮かべていた。
「なんだ、お前たちは?」
俺が訊くと、向こうに立つ偽物の俺が答える。偽物の俺というのも変な話なので、偽アキヤマということにしよう。
「俺たちはお前たちだよ。能力も精神も、すべてお前たちを模して作られた仮初の存在だ。まったくあの女も、面倒臭いことを押し付けてくれた」
「まあそういうな。アキヤマくん。あのふたりを殺せば、私たちが本物に成り変わることができるんだからな」
偽サラは恍惚とした笑みを浮かべる。
「あのふたりさえいなければ、俺たちはまともに暮らしていける」
偽アキヤマは俺を睨んで、殺す、と口にした。
「どうやら話し合いに通じるような輩でもないらしい。戦わざるを得ないみたいだ。アキヤマくん、やるぞ」俺の目の前にいる本物のサラはいった。
「ああ。わかった。相手はどうする?」
「当然、自分自身だ! かといってあっちのサラがアキヤマくんを狙ってこないとも限らない。気を抜くんじゃないぞ!」
サラの目は、少し輝いている気がした。俺はリブロをポケットから取り出し、臨戦態勢を整える。
「やるぞ」
サラの一声で、戦いの幕は上がった。




